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この記事は1月いっぱいTOPにだしておきます。更新記事は次からになります。
***** みなさま、長い間の友情または新しい出会いに感謝します。私は去年の12月から骨転移への放射線治療を行なっています。2009年の8月から数えて6回目なのですが、さらに7回目も行なうことになりそうです(放射線治療は1回で終わるものではなく、最低でも15回ほどはつづける。つまり延べ90回は軽く超えています)。近藤先生がおっしゃるには、こんなに放射線治療を受けた人は珍しく、普通はよそへ行って抗がん剤治療をやり(近藤先生は抗がん剤をやらないので、やりたい人=大部分はよそへ行く)、とっくに亡くなっている、とのことです。つまり長生きしているから、骨転移が進み、放射線治療がこんなにできるということです(骨転移は命と関係ない)。 命に関係ある臓器転移ですが、2年前に消えた肝転移が、1年半で6センチになりました。がん細胞の分裂速度がだいぶ速くなっています。いつ頃から症状がでるかはまだわからないのですが、あと4ヶ月から半年位ででてくる可能性があると思っています。 そこでお願いがあります。 私の最後の望みは在宅医の網野晧之医師に看取っていただくことです。在宅で死ぬためには人手がいります。もちろん無理ならばホスピスに入るつもりですが、一生の最後にみなさまにお世話になるのもそんなにご迷惑ではないかもしれないと思い、お願いするだけお願いしてみることにしました 在宅で大変なのは夜の時間です。私には妹一人しかおらず、妹一人が毎晩私の世話をすることは無理です。そこで、みなさまに交代でうちに泊まっていただけないでしょうか。泊まって世話をする人が必要になるのはいつのことなのか、そしてそれがいつまでつづくのか・・・いまの時点ではまったくわかりません。期間は1ヶ月~2ヶ月を想定しています。肝臓がんは症状がでて発見された場合、余命1ヶ月ほどだからです。その期間に1日か2日、うちに泊まっていただけないでしょうか。 お願いするのがいつのことだかわからないので、その時点で無理ということになるかもしれませんが、葬式は行ないませんので、その代わりにぜひお願いします(もちろんその時にお断りくださってもかまいません)。葬式では私はすでに死んでいますが、ここで来て下されば最期のお別れができます。お礼は1晩(いまの予定では前日7時ころから翌朝7時ころまで)1万円とさせていただきます。 尚、火葬場に来ていただく人も親戚とごく内輪の友人とさせていただきます。みなさまをお招きできなくて、ごめんなさい。でもいままでに十分交流させていただいたと思います。お香典、お花のたぐいも一切ご遠慮申し上げます。自宅にお線香をあげにきてくださることもご遠慮下さい。勝手ばかり申しましてすみませんが、よろしくお願い申し上げます。こんなに変わった人間とおつきあいくださり、ほんとうにありがとうございました。おかげさまでとても幸せな一生でした。 いま痛みがあって手紙をだすなどの作業がむずかしいので、ブログに掲載します。これをお読みになって「一肌脱ごう」と思って下さるかたは、以下のうちあてはまるものを選んでメールまたはハガキなどでご返事をくださるようにお願いします。夜の世話が必要になって死ぬまでの期間は2ヶ月と予定します。男性も歓迎ですが、家事、看病に慣れているかたのみお願いします。締め切りは1月いっぱいとします。 1、1日なら泊まれる 2、2日泊まれる 3、それ以上泊まれる ○日 4、都合の悪い曜日 5、その他 ご意見をどうぞ 6、お名まえ 住所 電話番号(住所録をなくし、ありとあらゆる友人の電話番号がわからなくなってしまいましたので、お知らせください)。 ★ いつお願いするかは、きざしがみえてからスケジュールを組みたいと思います。そのときにまたご連絡させていただきます。(ということは御返事をメールでいただけると大変便利です)。 メール lumokurago@yahoo.co.jp 電話 03-3334-3824 住所 168-0082 東京都杉並区久我山3-10-36 なまえ 渡辺容子 よろしくお願いいたします。 「国民の生活が第一」は今何処 民主党政権初の介護保険「改正」 (さとうしゅういち JANJANBLOG)
介護保険がまた改悪される。私の場合、週2回2時間ずつ来てくれていたヘルパーさんが、週2回1時間40分ずつに短縮されることになる。身体介護(入浴)30分のあと、いまは生活援助(買い物または掃除、洗濯、調理各30分)90分がついて、合計2時間だったものが、身体介護のあとの生活援助は70分に減らされるということだ。 いまでも2時間でこれだけの家事をこなすのがぎりぎりなのである。それが20分も減らされたら、もちろんいままでと同じ仕事はできない。どこを減らす気であろうか。 私のようなベッド上で生活している障害者や高齢者がそれでやっていけると思いますか?? 私は、12月中旬、ベッド上の生活になってから、ご近所の「チーム松庵」の4人のかたがたに、必要な昼と夕方、食事の配膳やこまごまとした世話を交代でお願いしている。それでやっと生活できているのだ。 介護保険の枠でもっとヘルパーを雇えばいいと言う人もいるかもしれないが(要介護2なのでもう少し雇える)、ちょうど2時間で終わる仕事を考え(私が)、2時間で終わりそうにないときは、何かを省略してもらったりする必要があり、おしゃべりする暇もなく(当然と言われるかもしれないが、私はヘルパーと利用者は人間同士なので、少しくらいのおしゃべりは仕事として必要だと思っている)、ヘルパーさんには申し訳ないが、けっこう気をつかっているのだ。 なので、ご近所の人に来ていただくほうが、おしゃべりもできるしずっと気が楽なのである(強く辞退されるかた以外には日当をお払いしている)。 しかし、だれにでもこういう「ご近所の人」がいるというわけではない。私はとても幸運なのだ。 民主党はヘルパーの賃金を4万円あげるとマニフェストに書いたとのことだが、JANJANの記事によれば、今度の改悪でそれもできなくなるとのこと。いまでもヘルパーの給料は結婚できない低賃金なのである。 政府はいったい何を考えているのか? じつはいま、「カムイ伝」を読んでいるのだが、まるで江戸時代である。年金問題も同じ。 ほかの仕事も低賃金にしておけば、若者は低賃金でもヘルパーの仕事を選ばざるをえなくなると考えているのか。老人介護の世界は、姥捨て山ならず、若者捨て山になってしまう。 父の特養でであった、とってもやさしい若者(特に男性がほかの職の男性に比べ、とってもとってもやさしい)に、こんな苦労を強いて、大人(こんな社会を作った責任のあるのは50代以降かしら)はよく恥ずかしくないな。 ★ 網野先生のプロジェクトのため、警備会社にお知り合いのいらっしゃるかたは、ぜひメールでお知らせください。lumokurago@yahoo.co.jp
御返事ありがとうございます。先方に知らせたところ、医師会に相談してみるが、網野先生に診てもらいたい気持ちは強いとのことでした。 昨日、近藤先生の診察でした。左足の麻痺ですが、原因病巣が特定できず、先生も迷っていました。症状は3週間くらい変わらないので、急に悪くなるとはあまり考えられず、私は股関節の手術をしているので、足の不自由なのには慣れているから、少し様子見したら、と言いましたが、それは素直な考え方だが、医者は万一のことを考えるということで、第2腰椎までの広い範囲を20グレイ照射しようということになりました。ここに肝臓は入りますか? 偶然肝転移が入ってしまうなら、それはそれで仕方がないと思います。できれば肺転移が育つまえに肝転移で死にたいですが。(注:肝転移のほうが楽に死ねる)。 昨日、はじめて名古屋から近藤先生の外来に来た患者さんに会いました。彼女の話があまりにあまりにひどいので、本名をだして、「本」に書いてやろうと思いました。植松稔氏(注:三次元ピンポイント照射で有名)です。彼女はたった15ミリのまったく大きくならない「乳がん」を彼のもとで8年間も経過観察していて、多いときは年に3回もPETの検査を受けていたそうです(注:植松の親病院=院長が植松をリクルートした=には儲けのために3台のPETがある)。「後悔しない治療」を読んで、植松氏のやりかたがおかしいと思い、とうとう近藤先生を受診したそうです。もちろん近藤先生は「がんもどきだよ」と言ったそうです。 植松氏は10年前には近藤先生が「僕の後継者」とまで言っていた人なので、無知でやっているのではなく、真実を知ったうえで、金儲けしているのです。これはもう犯罪ですね。 私の診察のときに、この話題になり、植松氏(慶応でも外来をもっている)は慶応に来ていた年金生活者のかたの私のようなただの転移を、慶応で十分に治療できるのに、鹿児島(注:植松の病院がある)まで連れて行って500万もふんだくったと怒っていました。 近藤先生は医者に絶望していると言って、川端英孝(虎の門病院乳腺外科部長)もむかし自分に近づいてきて、自分を利用して名前を売ってひどい治療をしていると怒っていました。 話が前後しますが、名古屋からきた人が言うには、植松氏のピンポイント照射は後遺症がひどく、胸ぜんたいと腋の下まで皮がむけてやけどのようになった人が少なからずいて、ネットにその写真を公開している患者もいるそうです。私も一人みましたが、目をそらさずにはいられないようなひどさでした。放射線でなぜこんな後遺症がでるのか、まったく理解できません。それでも何も知らない患者たちは胸がなくなるよりはよかったと言い、植松氏を崇拝して、いいなりになっているそうです。 怒! 怒! ひどいものです。犯罪です。(植松氏については本名をだして「本」に書くか、あとでもっと詳しくここに書きます)。 渡辺容子 1.28 近くに話のわかる医者がいるといいですね。 世田谷はいるはずなのですが。 第二腰椎をターゲットにしますと肝臓の左葉に 当たると思います。肝転移もいろんなタイプがあるようです。 私の経験では全体にべったりと転移しているのはスピードが速いようでした。 ぽつぽつと固まって転移している場合は周りには正常組織が多いのでしょう、 ゆっくりのようです。 医者は簡単に算術医に変わることができますからね。 算術は、社会全般が認めるわけですから許されます。楽勝ですよ。 逆に、投薬減、検査減、集検反対などを主張すると社会で嫌われるのです。 彼のやり方は医療商人そのもので、まあ普通ですね。お金がほしいのでしょう。 商人ですから当然ですね。 ところで、home securityの会社、たとえばalsokなどに知り合いは いませんか。実は今、かかわっている独居老人の安否確認システム の開発が財政難に陥っていまして、スポンサーを見つけようというのです。 中国の大学教授、医者の給料は極端に安いですね。私の財力にも限度が ありますし。alsokあるいはセコム辺りが援助してくれるとありがたいという 訳です。お知り合いがいらっしゃったらご紹介ください。 そのシステムの概要ですが、カメラで得られた画像をあらかじめ考えておいた絵に コンピューターが置き換え、その推移を示し、危険性の有無を自動判定するというものなのです。 たとえば転倒して起き上がれないというような状況をコンピュータが判断し、 知らせるというような。昨年、当院の患者さんで三名の方が孤独死しました。 仕方がないという見方もありますが、死後何週間も経ちますと腐敗がひどく、 また、老人の中には、直接的監視でなければ、 遠方でも家族に観ていてもらいたいという人もいるのです。 この方法はコンピューターがグラフィックスに置き換えますので直接的監視ではありません。 家族はインターネットで置き換えられた状況を観ることができます。 危険は自動的にメールで知らせます。 今のところ人工知能で判断するという方法は日本では開発されていないようです。 本法は中国杭州の工科大学の先生が開発したもので、 私の関係するソフトウェア会社の中国支社から、相談を持ちかけられました。 現在日本と中国で実証研究中です。 もしも、お知り合いがいらっしゃったらご紹介ください。 網野 1.28 【つづき】 今日、友人の車で捕獲器を例の獣医さんにもっていってもらいました。「助かりますが、ただでいただいてしまっていいのか? 悪い」とおっしゃっていました。ちびの抜糸もかねていたのですが、すでにぜんぶ抜けていました。 植松のような医者が「普通」とは!絶対に本に書いてやります。「書いてやる」は私の口癖で、ひどい判決がでたときなどに言っています。裁判官の本名を出して批判しています。私は(先生と違って)あまりにひどい場合は個人のなまえをださなければならないと思っています。 警備会社ですが、私は企業にまったく縁がないので、友人らに聞いてみますね。 さて、痛みの相談です。12月に照射した胸椎の腫瘍が原因の神経痛ですが、一時かなりおさまっていたのに、ここ1週間ほど、右の胸が常時痛くなりました。放射線の効き目がでるまで数カ月かかることもあるので、様子をみています。薬はアセトアミノフェンが少し効き、あとはロキソニンしか効きません。でかけるときは両方飲んでいきます。あと、腰痛などに使っていた母の塗り薬(サリチル酸メチル入り)が効くのですが、短時間です。いまは貼り薬(なにが入っているのか不明)を貼っています。 どうしても明け方に薬が切れて、痛くなります。アセトアミノフェンとロキソニンをとっかえひっかえ合計1日4回(6時間ごと)にしてもかまいませんか? 渡辺容子 1.30 こんにちは。 私も本当に怒ると名指しで攻撃するでしょうね。 しかし、人間皆五十歩百歩で、ある部分では、 私も商人になっているのです。程度の差は あるでしょうがね。ですので、私の場合あまり強く 批判できないかなと思うわけです。 教え子の方に関係者がいらっしゃったらで結構ですので、 ムリしないでくださいね。今のところ、自力で開発できそうです。 痛みは神経痛ですね。神経ブロックがよいと思います。 ロキソニンなどのプロスタグランジンを抑制する薬は、胃潰瘍を 起こすでしょう。一日4回でもかまいませんが、胃潰瘍の薬を 前もって飲んでいた方がよいでしょう。ガスター20mg、あるいは PPI(オメプラール10mgなど)。 神経ブロックの代わりに鍼でもよいでしょう。この場合回数を増やす必要があるでしょう。 網野 1.31 辛口ですみません。でもほんとうのことだと思います。
昨日、日本年金機構に勤める教え子が遊びに来てくれた。社会のことをよく考えているしっかり者である。彼女も猫好きで2匹飼っている。去年の8月に来てくれたとき、うちに来たばかりの臆病者のニイニを抱き上げて、私に渡してくれた。ニイニは私からも逃げ回っていたので、私がニイニを抱いたのはそれがはじめてだった。 ところが昨日はニイニは彼女からも逃げ、こたつのなかに入りっぱなし。 猫話に花が咲き、原発について話し・・・、同級生の噂話になり・・・、弟がアニメの仕事をしているが、会社がつぶれてしまったとのこと。彼女自身も3月でリストラされてしまうかもしれないとのこと。お母さんが心配して、近所のスーパーの求人のちらしをもってきたそうだ。彼女はたしか27歳。 いまの若者はほんとうに大変である。仕事を選ばなければ何かはあると彼女は言うけれど、正社員の仕事などほとんどなく、身分の安定しない派遣やアルバイトばかり。決まった仕事をつづけられず、いつリストラされるかの不安をかかえた一生を送らなければならないなんて! そんな若者たち(年収200万)が「年金貴族(年収300万~400万)」を養っている。おかしくない? 絶対におかしい。 年金の額は現役時代の給料の額で決まる。つまり高額所得者は、年金も高額。貧乏だった人は年金も少ない。共済年金と厚生年金と国民年金の格差がものすごい。 ほんとうならば、高額所得者は貯金があるだろうから、年金はいらない(または少額でもやっていける)。貧乏だった人は貯金も少ないだろうから、年金が必要だ。それなのに、逆になっている。 つまり「格差」は一生つづく「身分制度」なのである。江戸時代でもあるまいに。 「年金貴族」のみなさん、自分たちが不公平にたくさんもらっている年金を返還して、真の意味で若者のためになる使い方を考えて、国会議員を動かしませんか? 「年金改革党」でもつくったら、若者に支持されるかも。そんなところから日本を変えていきませんか? また、60歳で定年退職しても普通に暮らせる人は、再雇用など希望しないで、若者に仕事を譲りましょう。 こんな仕事のない社会、若者の希望を奪う社会をつくってしまった責任は私にもみなさんにもあります。
2、原発を作ったのは庶民ではない。だいたい、「庶民」がたとえ原発を作りたいと思っても、「エライヒト」がその気にならなければ、庶民だけで作ることは不可能
注:庶民とは、政治家でもお金持ちの社長でもない、普通に働いて暮らしている人 「エライヒト」とは、庶民でない人、つまり政治家や財界人(大金持ちの社長) さて、ゆうだい君は原発を作ったのは東電、原発を作るきっかけを作ったのは日本人、世界中の人々であり、その中には自分や北村さん(「ニュースの窓」しっぴつ者)も入っていると書いていますが、それは間違いです。ゆうだい君だけでなく、ほかにも同じ意味のことを書いている人がいますし、そう思っている人は大人もふくめてたくさんいると思います。 でも違います。日本に原発を作ったのは、日本を自分の国のために利用しようとしたアメリカと、自分の国の国民を大事にするよりも、アメリカの作戦に便乗してひともうけしようと思った大物政治家(中曽根康弘・元総理大臣など)や大新聞社の社長(読売新聞・正力松太郎)などです。こう聞いて、みんなはびっくりしたかもしれませんが、「政治家」「エライヒト」のほとんどは、国民のことではなく、自分たちのもうけを考えているのです。中にはまじめに国民のことを考えている人もいますが、そういう人は珍しいのです。 1954年3月(おじいちゃん、おばあちゃんが子どもだったころ)、南太平洋のビキニ環礁(島のようなもの)でアメリカが水爆実験を行い(注―後ろにつけます)、第五福竜丸という漁船が被ばくして、機関長・久保山愛吉さんが亡くなり、他の乗務員も次々にがんにかかってほとんどが亡くなりました。 注:アメリカは南太平洋だけで100回以上の核実験を行っています。ほかにも自分の国の砂漠などで核実験を何百回も行っていますーそこでも被ばく者(アメリカ人つまり自分の国の国民)がでている。つまり、自分の国の国民が被ばくすることを知りながら、その人たちを犠牲にして実験していたのです。世界ではいろんな国が2000回以上の核実験を行いました。核実験のことも調べてみよう。 1954年は、アジア太平洋戦争が終わって9年目です。この戦争の最後にアメリカは広島・長崎に原爆を落とし、何十万人という人を殺しました。そして多くの人が被ばくして苦しんだので、日本人は放射能に対して非常に敏感になっていました。だから第五福竜丸事件(=アメリカの核実験)が起こって、日本では核実験反対の声が高まり、おかあさんたちによる署名運動がはじまり、短い間に成人国民(大人)の半数以上である3000万の署名を集めました。 さて、このころ、アメリカと旧ソ連はそれぞれ資本主義、社会主義の勢力を広げようと争っていました。そんなときにこの署名運動をみて、アメリカはどう思ったでしょうか? 日本の大人の半数以上がアメリカの核実験に反対したので、きっと「この国は危ない。へたするとソ連の仲間になってしまう。なんとかこっち側につけておかなければ」と思ったのです。そのため、アメリカは「原子力の平和利用」という魅力的なことばを作り出して、日本に売り込みました。原爆を落とされ、第五福竜丸は被ばくさせられたのに、「核兵器」ということばは「原子力」とかえられ、「平和」ということばが入っているので、ついこのあいだ、大人の半数以上が核実験反対の署名にサインしたにもかかわらず、みんな、アメリカと読売新聞のキャンペーン(「平和利用は危険でない」「原子力発電は経済を発展させる」)にコロリとだまされてしまったのです。 第五福竜丸事件ははした金でかたをつけられてしまい、かわりにアメリカから日本に濃縮ウラン(原発の燃料)が導入されたのです。こういうのを「政治的とりひき」(どこかで損をしてもべつなところで得をとる)と言います。このとき、第五福竜丸の乗組員は「国」の発展のために犠牲にされました。「国」というのは、けっして一人ひとりの国民のためにあるのではありません。もしそうであれば、このときも「国」は、第五福竜丸の被ばくした乗組員のことを考えて、アメリカにきちんとした補償を要求したはずです。しかし、「国」は日本を利用しようとするアメリカに協力しました。 つまり「国」ということばの意味は、単純に考えれば国民一人ひとりが集まったこの「日本国」のことだとなりますが、その中身は、日本のためにならないと知りつつ、自分のもうけのためにアメリカに協力する政治家や財界(大金もちの大企業など)だといえると思います。 話を戻すと、原発を作ったのは「日本国」という「国」であると言えます。ていねいに言えば「国」を自分の思うとおりに動かしている政治家や財界が作ったのです。アメリカが日本を旧ソ連の仲間にしないために、自分の国の仲間(というより手下)にするために。 ついでに言っておくと、「庶民」が原発でなくても、何かを作りたいとか、逆になくしたいと思っても、「庶民」の望みと「国」の望みはまったく逆である場合が多いので、庶民の望みは聞きとどけられないことがほとんどなのです。庶民の望みと「国」の望みがなぜ逆かというと、庶民はここで言えば、放射能をなくして子どもたちが健康に過ごせることを望みますが、「国」は子どもたちのいのちではなく、自分たち(政治家や財界)のもうけを望むからです。ちょっとむずかしくなってきました。でも、このことは政府が子どもであっても1年に20ミリシーベルト浴びても健康に害はないと言い張っていたことでよくわかりますね(もともとは年に1ミリシーベルトまでだったが、事故があってそれでは守れないので勝手に変えてしまった)。 みんな、政府の言うことにだまされてはだめだよ。自分のいのちを守るためには大人の言うことは疑おうね。私の言うことも疑って、自分の頭で考えて、何が正しいのか自分で判断することが大事だよ。 「ぼくのおとうさんは東電の社員です」 私なら、子どもたちにこんなことを書く。
***** ゆうだい君、そしてゆうだい君に手紙を書いてくれたみんなへ みんな、いっしょうけんめいに考えて手紙を書きましたね。それだけ原発事故がみんなにとってショッキングなできごとだからだと思います。いままで何も考えずに、電気をつかって長い時間ゲームをしたり、パソコンをしたりしていたのが、事故が起こって放射能がもれて、それがこの先、何百年ものあいだ、消えることがないというのですから、それはそれは大変なことです。大人は節電、節電と言ってさわいでいます。そして、放射能の影響は大人よりも子どもがうけるらしい。わたしたち、どうなるの? いつまで生きられるの? がんになるの? そんなのいやだ。ぼくたちには将来の夢があるのに、と、きっと不安でいっぱいでしょう。 むかしも原発事故はありましたが、日本にとってこんなに深刻な事故ははじめてです。たった1回の事故がとりかえしのつかない事態を招いてしまったのです。日本は半永久的に放射能で汚染されてしまいました。土や水が汚染されたために、食べ物も汚染され、どの食べ物なら安全なのかさえはっきりしません。おかあさんたちはみんなのことを考えて、いてもたってもいられない気持でしょう。ではどうしたらいいのでしょうか? 起こってしまったことは取り返しがつかないとしても、今後、みんなが元気で生きていくためにできることを探して、それをやり遂げなければなりません。 これから、みんなの手紙を読んで感じたことを書きます。 1、大人は平気でウソをつく。 一番大事なことです。みんなは、テレビをみたり、新聞を読んだり、大人たちが言っていることを、ほんとうだと信じて、その情報をもとに手紙を書きましたね。でも、テレビや新聞や大人たちのほとんどが言っていることは、ほんとうとは限りません。全員ではありませんが、大人は平気でウソをつくので、ほんとうのことを知ることはむずかしいことなのです。なぜ大人は平気でウソをつくのでしょうか。 「わたしのお母さんも平気でウソをつくの?」と思った人がいるかもしれません。ちょっとむずかしいけれど、大人には「役割または立場」というものがあります。その「役割または立場」が大人にウソをつかせるのです。枝野前官房長官は原発事故が起こったとき、「ただちに健康に影響はない」と言いつづけました。しかしこんな重大事故が起こったのははじめてなので、「ただちに健康に影響はない」かどうかはわからなかったはずです。事故が拡大した恐れもあるからです(その可能性はいまでも完全に否定することはできません)。だからこの発言はウソなのです。枝野前官房長官は政府を代表して、このウソをつきました。理由はパニックを起こさないためとかなんとか言っていますが、事故の重大さを国民に知られたくなかったからです。「健康への影響がでるかどうかはわかりません。今後政府として責任をもって事故を終わらせ、影響について調査して、ご報告します」というのがほんとうでした。 枝野前官房長官は「官房長官」という政府を代表する立場にいたから、平気でウソをついたのです。本心でどう思っているかはわかりません。それに、枝野さんも自分の子どもにこんなふうに平気でウソをつくとは思えません。家では「いいお父さん(という役割)」をやっていることでしょう。 枝野さんのなまえがでたので、ついでにこんな話もしておきます。みんなは経済産業省(原発をとりしきっている国の役所)まえで、福島のお母さんたちをはじめ、全国からたくさんの人が集まって、すわりこみをし、テントをはって泊まり込んでいるのを知っていますか? 今日で139日目です。人々はあんなに恐ろしい事故を起こした原発(日本に54基ある)を全部廃止してほしいと、経産省まえにテントをはって必死でうったえているのです。 ところが枝野経産大臣が、今日(1月27日)夕方5時に、テントを撤去(無理やりとっぱらってしまう)するといっています。経産省まえにテントをはることは、なぜいけないのでしょうか? 経産省の敷地内だから、とか火事が心配だとか言っているようです。しかし、よく考えてごらんなさい。経産省の敷地は国民のものではありませんか? 経産省の大臣の給料も、職員の給料も国民ーみんなのお母さん、お父さん、すわりこんでいる人たち・・・が払っているのです。経産省は国民のためにあるのです。それなのになぜテントをはってはいけないの? それに大人が泊まっているテントの火事が心配なら、普通の家ぜんぶの火事が心配でしょう。ほんとうは撤去させる理由がないから、こじつけているのです。これも「ウソ」の一つです。原発を廃止しようという国民の声がこれ以上大きくなると困るので、ウソをついてもつぶそうとしているのです。 「国民主権」ということばを知っていますか? 国のあり方、法律や経済、ここでは原発を廃止するかどうかを決めるのは国民だという意味です。しかし現実に国民一人ひとりが話し合いに参加して国のあり方を決めるには国民の数が多すぎて不可能です。そのため選挙で議員を選び、選ばれた議員たちが国会で話し合って国の方針を決める制度を「議会制民主主義」といい、日本ではこのやり方をとることを憲法できめています。 主権は国民一人ひとり、みんな一人ひとりにあります。だから原発を廃止したいという意見を経産省に言っていくことは国民の権利なのです。経産省はテントを撤去したりしないで、きちんと意見を聞くべきなのです。国民の意見を聞かない政府は民主主義の政府ではありません。 もう一つ、政府は重大な情報を隠していました。スピーディ(SPEEDI)ということばを聞いたことがありますか? 政府は原発事故がいつか起こることを想定して、そのときの風向きによって原発からもれた放射能がどの方向にどのぐらい拡がるのかをシミュレーションするコンピュタを作っていたのです。何億円だったか、すごい大金を使って。 スピーディの情報も隠されていました。ちゃんと計算して汚染地図もつくっていたのに、一番大事な避難するときに公開しなかったのです。政府は原発からの距離のみによって(風向きは考えず)同心円の避難区域を決めました。ほんとうは風が北西に吹いていたので、原発からの距離は遠い福島県の飯館村や川俣町の山木屋地区の汚染が原発のかなり近くよりもひどかったのです。何も知らされない人びとは20キロ圏内から、より汚染のひどい飯館村のほうに避難し、よけいに被ばくしてしまったのです。事故があってすぐ、もっともたくさんの放射能がでていたとき、なんの情報も流さなかったために、子ども連れで給水車に並んだり、なにも知らずに外で遊んでいた子どももいました。 政府はこのスピーディの汚染地図を事故が起こった3日後にはアメリカ軍に教えていたのです。日本人に公表されたのは、それより9日も遅い3月26日になってからでした。そんなときに発表しても意味がありません。人々はそれまでのあいだにもっともひどい被ばくをしてしまったからです。政府ってものすごい大ウソつきで、子どもたちのいのちより、アメリカ軍を大事にしてるんだなあと思いませんか? 大人が平気でウソをつくことについては、いくらでも書けるので、この辺にしておきます。だから、子どもたちはテレビをみたり、新聞を読んだり、大人の話を聞くときは、それがほんとにほんとのことなのか、いつも疑問をもつ必要があるのです。 (つづく) こんばんは。昨日で5回目の放射線治療が終了し、今日から6回目が始まりました。こんなに放射線受けている人、いるのでしょうか。長生きしているから骨の治療が必要になるとも言えるので、文句は言えません。
現在、飲んでいる薬はデュロテップMTパッチ2.1mg=オキシコンチン20mg、+経口オキシコンチン10mgで合計30mg/day、とアセトアミノフェン750mgを一日2回。痛みはなんとかやりすごしているのですが、左足が筋力低下で足をひきずり、ほとんど歩けません。痛くて起きあがるのが大変で、トイレもベッド上でしていたせいでしょう。いまは夜以外はトイレに行くようにしています。 消化管がほんの少しつまっているのではないかという疑問がでてきました。げっぷとおならがひどく(もうずっとまえからですが)、たまに少しだけ食べた物が戻ってきます(少量なのでそのまま飲みこんでしまいます)。金曜日近藤先生に言ってみます。肝転移は2年前に2センチだか3センチだったのが、背骨に照射したときに、偶然一緒に照射されて消えたのですが、その後1年半で6センチになっています。大きくなる速度が非常に速いと思います。一度照射されたのでがんの性質が悪くなったのでしょうか。それでいよいよかという思いがでてきて、死後の手配などをノートに書こうと思っています。 家の新築ですが、来週から半分取り壊すことになりました。残りの半分に住みつづけ、できあがったら引っ越します。5月にはできあがると思うので、間に合うとは思うのですが、どうしても間に合いたいという強い気持ちはなく、とにかく両親の遺した大量の物の片づけが終わったことで、ほっとしています。やってみて、妹ひとりでは無理だったと実感したので、決心してよかったと心から思っています。 馬の話がなかなか書けませんが、お待ちください。 渡辺容子 1.17 こんばんは。 多分、左足の麻痺がありますね。 私も中枢性ですが左の麻痺がありますので なんとなく状態がわかります。 消化管の症状は食道裂孔ヘルニアではないでしょうか。 食道に胃の一部が飛び出しているのです。歳をとると皆なり、 私もすでにそうなっています。 通過障害に加えて胸やけが伴っているようでしたら胃酸を抑える薬が必要 でしょう。逆流性食道炎という病態です。 新居が楽しみですね。 昨年暮れに亡くなった方のご遺族の相談にのっているのですが、遺灰の一部を 人造ダイヤモンドにして、残りを海に流すことになりました。私も海がいいかなと 思っており、遺言書をつくってあります。ダイヤモンドにするには60グラムの遺灰が 必要で1カラットを作るのに100万円くらいかかるようです。遺灰を粉末にするのは、 池袋の葬儀屋が1万5千円で引き受けてくれますし、船の手配もしてくれます。 渡辺さんは故郷の山へ散骨でしたね。唯物論者の私はゴミとして捨ててほしいですが、 無理のようですので、海ということにしました。もちろんダイヤモンドはお断りです。 暮れに亡くなった方は奥様の意向でダイヤモンドということになりました。 現在ビールを飲んでいます。アサヒのスーパードライです。カシスの発泡酒はおいしかったのですが すぐうりきれになりました。 網野 1.17 こんばんは。私の左足のことですが、麻痺となると、手術が必要になるのでしょうか・・・。これ以上ひどくならなければ、このくらいは仕方なしとして、手術はしたくありません。脊椎の手術なんて大変そうですから、残りの時間を楽しいことに使いたいと思います。 今日、付き添ってくれた友人に逆流性食道炎のことを話したら、食べてすぐ横になるとなりやすいと言っていました。私は10月か11月ころから、起きていると痛いので、食べたらすぐに横になっていました。ちょうどそのころにげっぷがでるようになったと思います。おなかがすかず(寝てばかりなので当然ですが)、いつもお腹が張っているのはこのせいですね。秋からだいぶやせてしまいました。「悪液質」かなと思っていました。近藤先生にも相談し、薬を飲むかどうかを決めようと思います。 遺骨でダイアモンドができるらしいことは新聞の広告で知っていましたが、ほんとうに利用する人がいるのですね。夫さんが大好きなのですね。いいことです。 葬送の自由をすすめる会のパンフをとりよせたところ、いまはもう、どこに遺骨をまいてもいいそうです。粉にするのも自分(家族)でできるとのことでした。船を仕立てる必要もなく、どの船からまいてもいいが、船長には断っておいたほうがいいだろうとのことでした。 私は母とまえの猫の遺骨と一緒に、牧場の親戚に粉にしてもらって、まいてもらおうと思っています。(父は父の母親の実家が寺だったため、断り切れず墓をつくりました。木の墓標です)。 渡辺容子 1.18 消化管には麻薬が影響しているかもしれません。逆流性食道炎への 私の対処法は右を下にして横になり胃の内容を腸へ落としていく方法が 効果的でした。げっぷは空気の飲みこみが原因とされているようで、 唾液を飲み込む時に空気も飲み込んでいるのですね。そこで、唾液を できるだけ口の中にためて嚥下の回数を少なくするとよいかも。 少し離れた酒屋でカシスの発泡酒をみつけました。これから飲みます。 どこにまいてもよいということは、下水道でもよいのでしょうか。少しずつ トイレに流してもらいたいですね。北欧は公園の芝生に撒いているとききました。 麻痺があっても歩けるなら放置がよいかもしれません。手術は大変そう。 網野 1.18 こんばんは。逆流性食道炎の対策は先生の真似をしてみました。私は左を下にして本を読むくせがあって、右を下にすると痛いので、いつも食後すぐに左をみて寝ていました。いまは右を下にしても痛くなくなり、よかったです。げっぷは、顔面神経麻痺のため、口の右のほうが閉じないので、そこから空気が入っているのかなと思っていました。おならはなんでしょうか? すごいですよ。 もう長くないと思うので、友人らにそう言うと、「がんばれ」とか「長生きして」とか言う人が多いので、うんざりします。もうすぐ死ぬということを認めてもらいたいですね。先生が「トイレに流してもらいたい」なんておっしゃると、笑ってしまい、うれしくなります。みんなには死ぬことは自然なのであり、悪いこと(!)だという偏見を捨ててもらいたいです。この3月で58歳ですからね。友人の多くには孫がいますし、十分長生きです。 ビデオプレスの松原さんが、人間は50歳にもなると歯も悪くなるし、悪いところがいろいろとでてくる、もともと50歳までの寿命としてできあがっているのだ、と言っていました。確かに。 渡辺容子 1.19 こんばんは。 げっぷもおならも原因は空気の飲みすぎと言われます。 呑気症というのですね。嚥下の回数が多いのです。 心理的要因が考えられます。とりあえずは唾液の飲み込みを少なくする のがよいでしょう。子供のころ豆を食べすぎてお腹がパンパンに なったことがありました。翌日腹痛とおならで大変でした。いろんな原因がありますが、頻度の高いのは aerophagiaです。 寒いですね。外の猫にはペットボトルにお湯を入れて湯たんぽ代わりに しています。そのほかほっかいろを段ボールのそこに敷いていますが、 少しは暖かいですかね。 現在、カシスの発泡酒を飲んでいます。 網野 1.19 こんばんは。今日は近藤先生の診察でした。逆流性食道炎のことを言ったら、「ぼくもだよ。あんなの珍しくない」と言われ(やはり老化現象ですね)、薬のことなど言いだせませんでした。私はそろそろ(がんの症状として)食べられなくなってくると言われました。やはり悪液質なのでしょう。疲れてしまったので、詳しくはまた明日書きます。 ![]() チャー吉の去勢済みがはっきりしたので、猫の保護活動をしている獣医さんに捕獲器が必要かどうか聞いたら、ほしいというので、そちらにあげることにしました。 渡辺容子 1.20 こんばんは。外は寒いでしょうね。こんな日も競馬はあるのですか? 昨日の続きです。いま問題になっているのは左足の麻痺で、近藤先生の診立てでは、このあいだ照射した第5胸椎よりも下に転移があって、神経を巻き込んでいるとのことでした。放射線治療は1度に2ヶ所しか保険適用できなくなったそうで、坐骨+大腿骨が麻薬で治まっているなら、そこを中止して背骨にかけようかと言われました。大腿骨が折れそうなのだと思い込んでいたのですが、先生はそんなことは言ってないと。麻痺は3週間位同じ程度で続いているので、急激に進むことがなければ、あとまわしにしたいと思っています。来週金曜日まで様子をみます。 それと肝転移ですが、10月に60ミリだったものがこのあいだのCTで70ミリになっていました。ここに放射線をかけるとすれば22グレイかけられるとのこと。 ただ、2年前に背骨と一緒に偶然放射線がかかって、画像上消えた肝転移ですが、その後1年半で60ミリになったことを考えると、放射線がかかったせいでがんのタチが悪くなり分裂速度が速くなったと思われます。とすると、また照射して小さくなっても、さらに急に大きくなる可能性もあります。骨転移もこれからどんどん進行すると思われるので、対応が大変になる一方です。肺転移はホルモン剤が効いているらしいです。 以上を総合的に考えると、肝転移は放置がいいと思われます。これも来週までに考えてくることになっているのですが、私としては放置の方向にいきつつあります。 画像上消えたときの大きさがわからないので、正確に計算することはできないのですが、私が戯れに計算したところ、余命予想は5ヵ月から8、9ヵ月というところでしょうか。(何センチになれば死亡するのかも知らないのに勝手な計算です)。 先生に看取っていただくのが人生最後の希望なので、夜、うちに泊まってくれる人を募集(お願い)しようと思って、文章を作成中です。1~2ヶ月は必要でしょうか? 渡辺容子 1.21 こんばんは。 猫はくっつきながら寒さをしのいでいます。 当院関連の猫も避妊・去勢を終えた猫には耳にしるしをつけています。そういう きまりなのでしょう。 今の季節、競馬は千葉の中山、京都、小倉と決まっています。 馬は寒さに強いのかな。今日は2レース当たりました。ついているほうです。 何が面白いのかわかりませんが、賭けは未来予測ですから、時間との関係が おもしろいのでしょう。毎週レースがあるので、退屈しのぎができます。実は、 平日の賭けは株の取引をしているのです。本を書くのは止めてしまっていますから、 これらで、ずいぶん助かります。本は書き始めてはいるものの、完成には程遠いです。 脊椎に放射線をかけるのはよいかもしれませんね。肝臓はゆっくりでいいのでしょう。 網野 1.21 こんにちは。雨もやんで寒さも落ちついたようです。さっき、犬を連れたお客さんが来たら、ニイニはピンポンが鳴るとさっと逃げるので犬が入るまえに逃げ切り、お客さんと遊ぼうとしたチビは思わぬ犬の出現に驚いて、天井まで飛び上がりました。しっぽがぶっとくなっていました。さぞかしこわかったのでしょう。お客さんはすぐに帰ったのですが、なかなか部屋に戻ってきませんでした。 さて、馬の話をします。1980年頃、倉本聡脚本の『北の国から』を放送していました。先生は忙しくてご覧になっていないと思いますので、まず簡単にテーマを。東京住まいの父親と子ども二人(兄と妹)が父親の離婚で、父親の故郷である富良野に戻ります。父親が物質主義、効率主義などを嫌う昔気質の人間で、廃屋で手作りの生活を始めます。水は森の奥から自分で引いてきて、電気は自分で作った風力発電。電気や水が通ったときに、親子で大感動、大喜びします。視聴者は自分の生活を振り返り、今の暮らしでの物の過剰さ、本来の物の大切さを感じさせられます。ま、こんなテーマで進んでいくのですが・・・ あるとき、真冬の雪道で東京の叔母さんが兄妹を車に載せて運転していて、立ち往生します。すごい吹雪で車が雪に埋まってしまいます。父親らは車をだして探そうとするのですが、雪が深くて車は使えません。馬なら大丈夫かもしれないと、部落で馬を飼っているじいさんが馬をだします。そして埋れている車を発見するのです。文明の利器は自然には勝てず、むかしから飼っている馬が役に立つのです。でも部落で馬を飼っているのもすでにそのじいさんの家だけになっています。 別の回の話になります。馬を飼っているじいさんの家は貧しくて、これ以上馬を飼いつづけることはできなくなり、売らざるをえなくなってしまいます。部落の者もぎりぎりの暮らしなので助けることもできません。馬を売った晩、じいさんはしこたま飲んで酔っ払い、「あの馬には名まえもつけていなかった。ただ馬と呼んでいた。家族同然だったのに、いまごろは馬肉になっているだろう」と涙します。そして帰り道、じいさんは橋から川に転落して死んでしまうのです。 馬を飼いつづけられなくなって、一つの時代が終わりました。じいさんもまた、新しい時代などみたくないとでもいうように、古き良き時代の終りを人々に知らせながら、馬と一緒に死んでしまったのです。 馬を飼い、家族の食べ物は畑で作り、自給自足の暮らしをして、少しの現金収入を得る・・・などという暮らしがいまどきできるはずがありません。 『北の国から』は人気番組だったので、数年に1度2時間ドラマという形で続編が放映されました。子どもたちの成長を追ったものです。最後の番組はいつだったでしょうか。成長した兄が結婚することになります。彼は結婚にあたって、父親と同じ、自給自足の生活を選びとるのです。 都会に住むわれわれはとてもそんな生活はできません。しかし、倉本聡はこの現代にあっても、むかしながらの暮らしが最も人間的なのだということを主張していました。私はせつなくせつなく、彼の作品に感情移入してみていただけですが・・・。 ***** 処方のお願いです。 デュロテップMTパッチ2.1mg 10枚 オキシコンチン 5mg 何錠まで一度にだせますか? たくさんお願いします。 酸化マグネシウム ?mg 1日3回 30日分 ***** 以上です。おっと、去年だしていただいた処方箋の請求書がまったく届いていません。ちゃんと請求してください。どうぞよろしくお願いします。 渡辺容子 1.22 こんばんは。 富良野は石狩川の支流、空知川の源流の辺りにありますね。自然主義の国木田独歩が空知川の畔にてを書いたという。盆地なのでかなり寒いところでしょう。泊まったことはありません。緯度は私の生まれた美唄と同じくらいで、山二つ東という位置関係です。私の祖先はアイヌから土地を奪って開拓したのでしょう。あるいは、アイヌは農耕民族ではなかったから、「勝手にしやがれ」といったかもしれない。 美唄はアイヌ語でピパオイといい、カラス貝の多いところという意味だそうです。昔は石狩川の氾濫が多く、沼地が広がっていたと思います。そこを明治政府の屯田兵が奪って行ったわけです。石炭が取れましたので戦中戦後は炭鉱で栄えました。今は米の産地で、すし飯にちょうどよいとのことです。昔は北海道米はまずくて食えなかったのが、温暖化でちょうどよくなったのですね。高校生のころ、授業が終わると自転車で石狩川へ遊びにいきました。途中の沼は渡り鳥の休憩地になっていて、にぎやかでした。 我が家の馬は私の2,3歳の記憶でぼんやりとしか残っていません。ある時、馬が消えてしまいました。どうしたのかと訊きましたが答えてくれません。病気で死んだとしばらくたって聞きました。今思うと、馬肉にでもなっていたのかもしれませんね。私の動物好きはこのころに形成されたのか。犬も好きでした。飼い犬のしろが死んだ日の朝、「何とかしろよ」と私を訴えるような眼でみました。何もしてやれない自分が情けなく、ただ、がんばれよと言って学校へ行きました。帰ってきたら畑の傍らで死んでかたくなっていました。そこに穴を掘り埋めて墓としました。しばらくたった夕方、その墓へ眼を向けると、突然青白いひかりが飛び出して真っすぐ私に向ってきました。私の周りを一回りして空高く舞っていったのです。宗教を信じない私ですが、その青いひかりはしろの魂のように思っています。私は古典的唯物論者ですが、この事実は否定できません。実際経験したことです。 明日処方箋送ります。代金は私が払っておきます。プレゼントですので気にしないでください。 網野 1.22 こんばんは。処方箋、今日着きました。ありがとうございます。お金まで払っていただき、なんと言えばいいのか。ほんとは大笑いしてしまいました。先生はもう仕事をやめる方向ですね。HPも閉じてしまったのをみました。だからいいのかな? 赤ひげ先生というあだ名をつけよう。 赤ひげ先生、もう新患は診ていただけないでしょうか? 乳がんの患者さんのお父さまで、肝臓がん+肺転移で、今日、近藤先生の診察を受け、「自分は手術も抗がん剤もやらない」とじぶんからおっしゃって、近藤先生は喜んで握手なさったそうです。世田谷区代田(井の頭線東松原)なのですが・・・。うちより遠いですかね。まだ症状はまったくありません(胸が痛くて受診し、レントゲンで肺転移がみつかったが、痛みはその後治まった)。私とも、楽しくやりましょうと言って握手しました。娘さんができれば網野先生に診てもらいたいと言っていますので、ちょっと打診です。 しろのお話、かわいがっていらっしゃったので、魂が戻ってきて、お別れの挨拶をしたのでしょう。私も子どものころは、いろんな動物を飼っていました。うさぎ(台風で小屋が倒れ、逃げてしまった)、(夜店で買ったひよこの大きくなった)ニワトリ(飼いきれなくなり、そのころはまだ近所にあったニワトリを飼育している家に持っていかれてしまいました。親はそこで飼ってくれると言っていましたが、オスだったので食べられてしまったでしょう)、セキセイインコ、手乗り文鳥、犬・・・。猫を飼ったのは児童館の捨て猫が最初なので大人になってからです。 近藤先生も動物好きだったそうですが、お母さんが動物嫌いで、猫が死んだのを「ネコイラズを食べたネズミを食べたせいだ」とおっしゃったそうですが、いま思えばお母さんがネコイラズを食べさせたとしか考えられないとのことで、恨んでいるそうです。それから飼っていたニワトリをクリスマスに料理されてしまい、それから10年以上、鶏肉が食べられなかったそうです。暇になっていろいろ思い起こすとひどい母親だったとおっしゃっていました。 私は30代ころ、新得にある共働学舎という障害をもった人と健常者が一緒に暮らしている農場に通っていました。自閉症の子供を連れて行っていました。北海道の大自然もすばらしかったし、学舎のみんながやさしかったです。 今日から家半分を壊し始めました。チビはまったく動じないのですが、兄ちゃんが家の様子がおかしいので、ノイローゼ状態・・・とまではいきませんが、いま外にだしたら、家がわからなくなって帰れなくなると思うので、用心に用心を重ねています。職人さんがでいりするので、ケイジに閉じ込めていますが、エサをいれたすきにニイニがでてしまい、結局私のベッドにもぐりこんで抱かれていました。チビはへっちゃらです。いつでも女はたくましいのか。 渡辺容子 1.25 こんばんは。 兄ちゃんの血統は極端に臆病です。 ちびの方は大胆ですね。同じ動物でも性格 が違いますね。新居で飼うことを想像すると 楽しくなるでしょう。 新得は母の父親たちが、兵庫県から夜逃げしてきた 熊牛という変な名前の土地に近いです。帯広に近い のですね。冬は寒かったでしょう。 北海道の寒さは尋常ではありません。よく暮らしていたものだと 感心します。冬山でテントに寝たことがあるのですが寒くてきつかったのを 覚えています。北海道の冬山は低山でも厳しいです。 本題に入れずにビールを飲みつつ考えているのです。代田は環七沿いですので 行けないことはないのですが、女房が許可してくれるかしら。反対されそうです。 世田谷は在宅医療が進んだところで、開業医の結束が固く、近くにもよいドクターが いると思います。医師会に相談すると紹介してくれるでしょう。 外来診療もしているでしょうから、試みに受診し、相性を確認するとよいと思います。 どうしても見つけられない時、私が車の運転ができる状態でしたらうかがえるかも。 先のことはわかりませんけどね。 網野 1.25 ![]() ![]() ![]() http://www.gokinjo.net/mypage/004683337/blog.html?id=1321928 http://www.gokinjo.net/mypage/004683337/blogList.html?st=Cal&dy=2012&dm=1&dd=24
昨日、この本のことを書いていたら頭がくらくらしてきた。森達也、いったいどうしちゃったの? 吉本隆明のように気づかずに「老醜」をさらす歳でもないでしょう?
(私は吉本は詩以外読んだことがありませんが、ある時代に一世を風靡していましたね。私はあのようなむずかしい文章は本人もなにもわからずに書いているのだと思うので(自分がわかっていればもっとわかりやすく書けるでしょう!)、読む気はしません。突然ですが、最首さん、ごめんなさい! でも最首さんは、話しながら、書きながら思索しているのであって、それを自覚しているし、わかりやすい文章(本ー例:「痞」という病からの)もあります。話がそれた。吉本の詩は好きだったのですが、今回の発言は「老醜」ではなく、所詮こんな奴だったということだと、私は思います。森達也も)。 血圧を下げるために続きを書かせていただきます 「会社ってなんだろう」 森達也は東電で働く社員の責任を回避するために、水俣チッソを引きあいにだしている。「原因が廃液とわかってからも、国とチッソは、廃液がそれほどに有害とは知らなかったし、知らなかったことに罪はないと主張した。でも住民たちが訴えた裁判は、国とチッソに責任があることを認定し、チッソの幹部社員2人が有罪判決となった。もちろんわざとやったわけじゃない。・・・」 だとさ。ずいぶんチッソの肩をもつじゃないの。実際にはたしか(すみません。詳しい年代まで覚えていませんが、おおよそはこうです)、昭和30年代には、チッソには水俣病の原因は、自分の工場廃水のなかのメチル水銀だとわかっていた。それを隠し通し(ここにも御用学者がいたもよう)、被害は大きく拡がったのである。つまり被害が拡大することを知っていながら「わざと」隠したのである。たぶん隠していた期間は十年以上だったと思う。メチル水銀が原因だとわかってすぐに手を打てば、こんなに被害は拡大しなかった。廃水を飲んでも大丈夫だと言って、社長(だったかな)が飲んで見せたり、悪の限りをつくしたのだ(誰かみたい)。 ここにありました。 水俣病センター相思社 水俣病の歴史 より転載 ***** Q1-2-13 国はチッソが有機水銀を排出(はいしゅつ)しているのをわからなかったんですか? A1-2-13 遅くとも1959(昭和34)年はわかっていました。 Q1-2-14 排水が原因とわかったとき、すぐに海に流すのをやめたのですか? A1-2-14 チッソは水銀の入った廃水を流し続けましたし、国や熊本県もとめませんでした。 Q1-2-15 排水の中に有毒な物質が含まれていないか、なぜ検査しなかったのですか? A1-2-15 検査というか、調査・実験はしていました。有毒であることがわかったあとも、そのことを隠して流し続けたのです。 Q1-2-16 水俣病の原因がわかったとき、水俣市民はどう思ったんですか? A1-2-16 水俣病の原因がチッソであることは昭和32年頃にはチッソ工場の人だけではなく、水俣市民も気がついていたようです。チッソ工場は水俣で一番大きく重要な工場です。チッソがあったから水俣は村から町、そして市への大きくなっていきました。チッソがあやしいとわかったときからチッソ工場の人たちだけではなく、市役所の人もそれ以外の市民も水俣病のことを言わなくなっていきました。市民の多くはチッソを守りたいと思っていました。水俣にはチッソ工場で働いている人やその家族も多かったからです。だから、チッソ工場に漁民が押しかけたときも、かん者が座り込んだときも、漁民やかん者を応援する人はほとんどいませんでした。 ***** 子どもにウソを教えるな。おまえはチッソの手先か! さすがに良心がとがめたらしく、本書の最後のほうに、これよりはまともなことが書いてあります。 森氏はチッソはわざとやったわけじゃないが、結果的には責任を負わなくてはならない、と書いている。そのあと、東電についてこう書いている。 ――つまりどう考えても東電には責任がある。・・・「とつぜんですが、ぼくのお父さんは東電の社員です」。だからゆうだい君にとっては、東電への批判や悪口は、自分のお父さんへの批判や悪口に聞こえてしまう。・・・企業の責任と、そこで働く人たちの責任とを、絶対に一緒にすべきではない。 組織で生きること 次に森氏はホロコーストの例をあげ、人は組織の一員となったとき、子どもを愛するよき夫、よき父親が残虐なことをしでかしてしまうと指摘している。これは日本軍や同時多発テロ、アメリカによる報復、ルワンダでの虐殺も同じで、個人ではなく組織が行っているとしている。心理学のテストでも、多くの人は特殊で閉鎖的な環境に置かれたとき、たとえそれが自分の良心に背くような内容であったとしても、権威者やその場のリーダーの指示や命令に従ってしまうということが明らかになっているそうだ。 そのあと、「人は群れる生き物だ」とかなんとかいいだし、「日本の集団力」が日本を経済大国にしたと述べている。そして最後のほうは、適当にお茶をにごして、「もしも『何か変だな』とか『大丈夫だろうか』と思ったら、リーダーや多くの人の意見とは違っても、『何か変だよ』と発言すること。いきなりは難しいかもしれないけれど、少しずつでもいいから声をあげること」などと書いている。自分のことを棚にあげて・・・。 ***** ああ、疲れた。 私は水俣病や原発事故に関して、チッソや東電・行政に責任があるだけではなく、それらの組織の一員にも責任があると思っています。チッソにも第二組合ができて、第一組合の活動を邪魔しました。第二組合の組合員は自分に責任がないと考えていたのでしょう。誠実な第一組合は会社の責任を自分の責任としてとらえて、患者の側に立つのです。 東電で言えば、だいたい東電に入社したということに、将来原発事故が起こったら自分も責任を免れないという自覚が要求されると思います。高給目当てに入社すべき企業ではありません。事故が起こったら取り返しのつかない責任を負っているからです。そういう自覚のもと、仕事をすべきです。 話は飛びますが、裁判所でも裁判官ばかりではなく、書記官や警備員にも責任があると思います。まえに書いたように、書記官にも国民の主権実現に協力してくれる人もいるのです。一人ではとてもできない勇気ある行動だと思います。まわりの理解があってできることでしょう。彼の行動を支えているのは組合だと想像します。 文科省の係長にも責任があります。国民の役に立ちたいと思う係長がいるとすれば、国民が意見を求めれば、少なくとも自分の仕事、知っていることについて、誠実に答えようとするでしょう。区役所の職員だって、区民の質問に対して、大物議員や区の意向に逆らうことになったとしても、一人の人間として誠実に答えるでしょう。それが自分の仕事に責任をもつということです。お上のいいなりになって、国民を平気で適当にあしらうということは、実に不誠実な態度であり、彼の人格そのものが疑われるということです。 ゆうだい君のお父さんは、事故が起こって、自分が日々どういう態度で仕事をしてきたかを問われています。もちろん東電という会社の責任は重大ですが、会社は社員一人ひとりで成り立っています。一人ひとりの仕事の積み重ねが事故を防ぐのです。一人が危険性を知らせたら、もみ消すべきではなく、全員でそれを取りあげて考え、危険性をなくしていくべきです。東電でそれが行われていなかったのは明白でしょう。 しかし、お父さんにも責任があるからといって、ゆうだい君にはまったく責任がありません。このことでゆうだい君をいじめるなどもってのほかです。東電に勤めているのはゆうだい君ではありません。親子といえども、人格は違うからです。 会社や役所などだけではなく、会社員、職員個人にも責任がある。そのことをはっきりさせなければ、日本社会は決してよくはならないと思います。 この本は、毎日小学生新聞に載った「東電は人々のことを考えているか(北村龍行)」という大人の文章を読んだ子どもが新聞社に送った投書に、子どもたちや大人からたくさんの意見が寄せられたので、それらを全部掲載し、森達也氏の解説をつけたものである。(これも何日もかかって書きました)。
言いたいことはたくさんあるが、気のついたことを順に述べてみようと思う。 まず、子どもたちの手紙だが、原発に関する知識が行きわたっておらず、間違いが非常に多い。 1、原発を作ったのは電気が必要だからだと思い込んでいる。 2、しかも「みんな」、いわゆる「民衆」が作ったのだと思い込んでいる。 3、ひまわりや菜の花が放射性物質をすうと思っている。 4、原発はお金がかからないと思っている。 5、原発をなくすためには節電が必要だと思っている。 6、電気を無駄づかいしている子どもにも事故の責任があると思っている。 7、原発に頼らなければ生活できないと思い込んでいる。 これらの手紙に対して森達也氏が書いた「僕たちのあやまちを知ったきみたちへのお願い」という文章を読んでいこう。――以下が森氏のこどもたちへの質問である。 ――最初の質問。原発はなんのためにあるのだろう? 森氏は「電気を作るため」と言っているが、ほんとうだろうか? ――なぜ電気を作らなければならないのだろう? 森氏は「電気がなければ、いまの社会と日常がほとんど成り立たなくなる」と答えている。が、原発の電気がなくなっても、この状態にはならない。森氏を弁護するならば、あとでこのことを述べている。 ――最後の質問。ならば電気とはなんだろう? 森氏は発電のメカニズムについて解説している。ここでこの解説が必要だろうか? ――核分裂のエネルギーについて解説している。そして「多くの人がいるからこそ大きな過ちを犯すことも珍しくない」ことに触れ、あとで詳述するとしている。 そのあと森氏はかなりまともなことを述べています。そのなかには子どもたちが誤解していることを正しているものもあります。 1、原発のコストが安いという話は、地元への交付金や放射性廃棄物の処理にかかる莫大な費用を入れていなかったこと。 2、原発は二酸化炭素をださないと言われていたけれど、原発だけでは出力の細かい調整ができないことと、原発が事故などで停止したときの備えとして、常に火力発電所や水力発電所をセットで稼働させていたこと(つまり二酸化炭素は減らない)。むしろ炉心を冷却することででた温排水を海に捨てており、結局は地球温暖化を進めているという説。ウランの採掘から燃料とするまで(など)に二酸化炭素をたくさん排出していること。 3、事故の可能性以外に放射性廃棄物の処理の問題があること。 4、原発の導入はアメリカの強い圧力のもと、歓迎する政治家や企業もあり、広島長崎に原爆を落とされた日本に「原子力の平和利用」というフレーズを持ち込み、国民を洗脳して、原発を建設した。 5、高度成長期の入口である1950年代に「原発は絶対に安全である」という「安全神話」がつくられ、一人なら不安に思っていたことも、多くの人が言ったりやったりするので、「同調圧力」にやられて、集団の動きに従ってしまった。 6、しかし自分の町に建てるとなると不安なので、遠くの町に建てることになり、原発を受け入れた地域には多額の交付金や税金が、政府や東電から支払われることになった。原発で働く作業員も必要だから、地元にとっては大助かりで、なかなか原発はいらないとは言えなかった。 7、こうして巨大な「利権」ができあがった。 8、学者なども原発の危険性を指摘するような学者はある意味「いじめ」のような状況に置かれ、日本は世界有数の地震国であり、被ばく国であるのに、世界3位の原発所有国になってしまった。 疲れたので少し省略・・・ ここでちょっとまとめ的なことが書いてある。(この部分には言いたいことがたくさんあります。私の言いたいことを赤字にしておきます)。 ――ぼくたちは、これからは放射能と共存するしかない。・・・だから僕たち大人は、まずはあなたたち子どもにあやまらなければならない。ほんとうにごめんなさい。 1、こんな狭い国土で54基の原発など、あまりに多すぎると発言するべきだった。 → 数が少なければいいのか(怒!) 2、これだけ地震が多いのに、もしも事故が起きたら取り返しのつかないことになると考えるべきだった。 → 森達也さん、あなたは考えたことがないのか! ちょっと信じられないけど。 3、絶対に安全なものなど世の中には存在しないのに、絶対に安全であることを前提にすべきではないと主張するべきだった。でもそれをしなかった。深く考えなかった。周囲の多くの人たちが気にしてないから、自分も気にしていなかった。 → ほんとうに気にしていなかったのか? あなたほどの人が。あなたは国民全体を代表して文章を書く必要はない。自分がどうだったのかを書くべきである。 4、だからもう一度ごめんなさい。謝って済むことではないけれど、偉そうなことを書くのなら、僕はまず、あなたたたちに謝らなければならない。政府や東電も謝らなければならないけれど、何も言わなかった僕たち大人にも大きな責任がある。 → 「僕たち大人」とひとくくりにしていいのか?! 長い間、原発に反対しつづけてきた一握りの大人もいるのである。ここに書かれていることを素直に読めば、私が「あなたほどの人が考えていなかったとは思えない」と書いたのは、ものすごい買いかぶりで、森達也さんはもしかするとその中には入っていなかったのかもしれない(すごい恥だねえ!)。 でもねえ、少数派は反対してきたんですよ。私は原発導入のときは赤ちゃん~幼児だったので、何も知らなかったが、少なくとも東海村に日本初の商業用原子炉ができたころには疑問を持っていた。叔父の家族が東海村に住んでいたので、子ども心に「原爆と同じものが危なくないのか」と思った。その後、20代になってからこの年までずっと反対していたのです。日本には問題があふれかえっているから、いつもいつも原発のことだけをやっていられないので、疎遠になっていた時期もあるが、心の中ではずっと反対していたのですよ。 森達也さんは、私たち少数派が反対していたことについて一言も書いていない。国民全員がだまされ、「安全神話」を信じ、無関心だったふうに書いている。どうしてそんなふうに書いたのかな? 何を隠しているのかな? ***** 次にまた聞き捨てならない言葉がある。 ――(ゆうだい君の手紙に寄せられたさまざまな意見について)どれが正しくて、どれが間違っている、ということではないと僕は思う。それぞれがそれぞれなりに正しい。(ミラーボールを例にあげて)無数の小さな鏡が表面に貼られたミラーボールは、立つ場所によって、それぞれの鏡に映る景色や人が違う。少し動くだけで、くるくると変わる。でもどれもミラーボールの一面だ。どれが嘘でどれが真実ということではない。見方や立場によって変わるだけ。知っていることや環境によって変わるだけ。 でも「いろんな見方がある」というだけでは、すまないときがある。どの見方をすべきかを決めなければいけないときがある。きっと今はそのときなのだ。 → という見方をしていると、「時の人」安斉あきらも、私たちから見ると「堕落している」「人を人とも思っていない」「高給をもらっているくせに、そのうえ血税を貪り食う許せない奴。区議の資格なし」・・・となるが、東京電力や杉並区、はたまたご本人から見れば、「会社の役に立つ有能な人間」「高給を取るのも当然」となるのである。 原発がなぜ日本に導入されたのかを「知らない」(やはり絶対に知っているはずでしょ)とミラーボールの1面をみただけで、「原発を作ったのは電気を作るため」などと寝ぼけたことを言っているのである。真実を知らせるべきジャーナリストが! それぞれの立場はそれぞれの人間によって違うのは当たりまえ。でも「それぞれがそれぞれなりに正しい」というのはほんとうだろうか? 安斉あきらは「正しい」のか? 石原や橋下、安倍や小泉が正しい(正しかった)のか? 立場が違うからこそ、例えば「国民の生活が第一」であるように、話し合ってどれが正しいのかを決めなければならないのである。できっこないが。第一、「悪」を批判すべきジャーナリストが、人には立場があるなんて言って、いったいなにをやっているのだ! 東電には立場があるだろうよ! 山下俊一にも立場があるから、ああ言っているのさ! ――「じつは大人もわかってない」(そうだ) そもそもは放射能について、僕たちはよくわかっていない。福島第一原発の事故が起きたとき多くの人たちは、テレビや新聞などのマスメディアが嘘ばかりついて、本当の情報を隠していると怒っていた。 メディアをかばうつもりはないけれど、でもこの見方は少し違うと僕は思う。福島第一原発の事故について、あるいは放射能の危険性について、本当のことを知っているのに隠していたわけでは決してない。だって事故直後の原発には、誰も近づくことさえできなかった。想像で状況を伝えることしかできない。そして放射能についても、その危険性の真実を知る人は誰もいない。 → 大ウソである。山下俊一はICRPが(外部)被ばくによる発がんにしきい値はないと認識していると知りながら、100ミリシーベルト以下では何の被害もないと言いふらしているのだ。そのことをメディアは報道しない。例の「くよくよしていると・・・、にこにこしていれば・・・」も知らせない。毎日新聞も中川恵一の連載を行っていて、うそ八百の論を述べているのに、おろそうともしない。少なくとも間違った学者の言い分は間違っていることを報道できるはずである。そうしないのはカネのためであろう。 数日前のデイリー東北に、文科省は事故後のSPEEDIの情報を迅速に原発周辺の住民に知らせず、事故発生3日後に米軍に知らせていたことがわかった、とあった。 ・「SPEEDI」試算結果 事故直後、米軍に提供 文科省、国内公表の9日前 (2012年1月17日 デーリー東北より抜粋) 東京電力福島第一原発事故で発生3日後の昨年3月14日、放射性物質の拡散状況を予測する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による試算結果を、文部科学省が外務省を通じて米軍に提供していたことが16日、分かった。 SPEEDIを運用する原子力安全委員会が拡散の試算結果を公表したのは3月23日。公表の遅れによって住民避難に生かせず、無用な被ばくを招いたと批判されているが、事故後の早い段階で米軍や米政府には試算内容が伝わっていた。(中略) 昨年末に公表された政府の事故調査・検証委員会の中間報告書(中略)は「放射量を仮定した計算結果が提供されていれば、より適切な避難経路を選ぶことができた」と指摘した。 なぜこれが「隠蔽」でないのか? メディアは文科省に座り込みしてでも、避難民のためにSPEEDIの情報を奪い取るべきだったのだ。それに反原発の研究者・技術者たちが早い時期からネット上でいろいろと警告していたはずである。なぜメディアはそれをテレビ、新聞に載せなかったのか? カネのせいであろう。 なぜ森氏はメディアをかばうのか? 森氏ももしかしてカネをもらっているのかと思わざるを得ない。というよりも、真実を書けば、この本を書かせてもらえないのであろう。直接カネをもらっていないにしても、結局、カネのためである。 森達也氏は好きなジャーナリスト?だったが、これですっかりいやになった。軽蔑する。 ***** 疲れたのでいったんやめますが、自分だったら子どもたちに向けてどういうことを書くか、そのうち書いてみます。 三宅さんのブログより転載。
みなさんこんにちは。 マイニュースジャパンに東電フタマタ議員問題の続報を書きました。ごらんください。こんどは千葉県議会議員です。 三宅勝久 ======== “反脱原発”民主千葉県議も現職の東電社員 給料フタマタ疑惑に「僕の判断では言えません」 三宅勝久 17:40 01/20 2012 東電の現職社員で民主党・千葉県議会議員の天野行雄氏。東電を休職しているのか否か、給料を貰っているのか否か、質問した(下)が回答せず。休職せずに給料を貰っている可能性がきわめて高い。 千葉県議会議員の天野行雄氏(民主党)が、約1400万円の議員報酬とは別に、東京電力社員として給料を受け取っていたことが確実となった。天野議員は取材に対し「三宅さんの判断で書いて」と事実上認めた。東電広報部も否定せず、事実上認めている。都議会議員で東電から給料をもらっていた例もあり、天野氏の給料受給はまず間違いない。天野氏は委員会では脱原発を求める意見書採択案に反対し、県政務調査費を使って東電子会社から車をリース契約するなど、議会でも露骨に愛社的行動をとっている。あらたな大地震や原発事故に県民がおびえるなか、電気代の値上げと原発続行を見越した、東電による東電のための地方議会工作が、組織的に進められてきた実態が明らかになった。 -------------------------------------------------------------------------------- 【Digest】 ◇ 経歴詐称疑惑の安斉議員 ◇ 質問状にはナシのつぶての天野”東電社員”議員 ◇「僕のほうでは答えられないんです」 ◇給料の有無は「三宅さんの判断で書いて下さい」 ◇ 議員報酬と政調費・献金・給料――合計で年5千万円弱か ◇東電子会社から税金で車をリース ◇「脱原発に反対」に「発送電分離反対」 ◇ 「勝手に書いたら困る」と言われても… ◇“反脱原発”発言は「僕の意見じゃない」? ◇ 「説明責任ないんですか?」「…」 続きはこちら http://www.mynewsjapan.com/reports/1561 注) 無料では一部しか公開していません。全文を読むには費用が必要です。ご理解ください。 「時の人」安斉あきら杉並区議会議員宛てに、去年の秋、区議全員に宛てた原発アンケートをだした杉並区民宮澤和子さんが次のようなお手紙をだしました。
***** 安斉あきら様 私は昨年、表題アンケートを一人の区民として、区議の皆様にお願いをしました、松庵在住の宮澤和子と申します。突然のメールで失礼します。 添付の頭紙にもありますように、今回の原発の爆発事故については、人類、未曽有の出来事であり、子どもらへの責任として、大人はそれぞれの立場、できること、から責任を取るべきであり、真剣にそれを考えねばならないと思い、特に身近な施政をつかさどる区議の皆様には、今回の事故についてどう考え、どう行動していこうとされているか、を納税者のひとりとしてお聞きしたく、書面にてお聞きした次第です。 安斉様からは残念ながら、ご回答をいただけないままになっておりました。 昨今、東京新聞紙上、あるいはジャーナリストの方のブログなどの情報によりますと、安斉さまが東京電力の社員であり、給与も受け取っておられる由、ほんとうに驚きました。もちろん、安斉様がどこに勤め、いくら給与をもらっていても、安斉様のおっしゃるように「個人のプライバシー」(東京新聞紙上での安斎様のご発言とされている言葉)であるかもしれません。しかし、この原発災害の起こった時点で、そのような通常時の主張がゆるされるかどうか、今一度お考え直しいただきたいと思います。「原発は絶対に安全である」と貴社は主張なさり、ここまで来たのですよね。だとしたら、この「絶対に安全」とのことばにどう責任をとるのか、問われるのは自明の理です。 将来、科学者に成りたい、だからぜったいぜったい死にたくない」と言った小学生の言葉をお聞きになりましたか? http://www.youtube.com/watch?v=wu5Q79Rus20&feature=related 「大切なのは子どもの命ですか?それともお金ですか?」と問われて、安斉様はどうお答えになるでしょう?いやしくも、永年、政りごとに身を賭してこられた人には、彼のこの問いに誠心誠意応える使命があるはずと、私は考えます。そして、安斉様を区議としてきた一区民である私にはそのことを問わねばならない責務があると強く思っております。 おつらいことでしょう。ですが、ここが安斉様が、人間として踏みとどまれるのか、極悪非道の人生に転落するのかの、十字路だと思います。 どうか庶民の文字通り、血のにじむ血税で暮らしてきた区議として、道を誤らぬようにと、切に願っております。 正しい道を歩むこと、これが一番楽な生き方です。 寒さ厳しき季節、ご自愛ください。
安斉あきらは杉並区議だけど、ほかにもうじゃうじゃいると思うよ、こういう節操のないカネの亡者の議員って。もしかして全員? てことはないけどね。
★安斉区議のホームページあった★ ★出た!安斉区議の記事、東京新聞★ このブログの読者には鍼灸師のかたもいらっしゃるし、関係者もいらっしゃいます。また、私の高齢の親友が、50代で離婚して鍼灸師になり、20年以上治療をつづけていました。私自身も26歳で変形性股関節の手術をしており、手術前、なんとか手術せずに治らないか試していたときと、手術後は後遺症(腰痛、膝の痛み)のため長期に渡って、鍼治療を受けていました。近所の治療院をはしごしたり、親友の治療院に通ったりしていました。私の実感としては、痛みが和らいだときもあり、正直なところ、効かないときもありました。
がんになって、「科学的根拠に基づいた治療(Evidence based medicine)」という考え方を知り、鍼治療には科学的根拠がほとんどなく、効果があると感じるのは、プラセボ(偽薬)効果のせいだということを知りました。プラセボ効果はどんな偽薬でも30%程度あると言われています(その中にはもちろん自然治癒が混ざっている。複雑ですが、鍼灸師は「鍼は自然治癒を助ける」と言う)。 私が「痛み」に関して「この鍼師の治療は効く」と確信しているのは、11月ころに通っていたU市の鍼灸師一人です(申し訳ありませんが重症者が全国から泊まりがけで通ってきて、1年中休日もなく、夜遅くまでやっているので、新患はご紹介できません)。彼はこう言います。「鍼灸師というのは生まれつきの才能とでもいうべきものが必要で、鍼灸師の資格を持っている者で、それでご飯を食べている者は1割もいない。ぼくが訓練した弟子もいまは鍼灸はやっていない。体力がいるので女性には無理。うちは娘しかいないから、ここもぼくの代で終りになる」。ちなみに彼は、「ツボ」に鍼を刺しているのではなく、指先で患者の体を強く押し、自分の指の感覚でここぞというところに鍼を深く刺します。刺されると痛いですし、神経がピリピリすることもあります。彼のお父さんは鍼灸師で、彼は3歳のときから鍼を持っていたそうです。 しかし、彼の魔法の手(指)によっても、がんの骨転移を治すことはもちろんできず、ある程度の痛みは取ってもらいましたが、結局いつも放射線治療に突入し、放射線でがん細胞を殺したことで、痛みが取れました。 日本鍼灸会のHPには「こんな症状に効果があります」として、ありとあらゆる(と思える)症状が載っています。それはWHOで認められたものとされています。 しかしここで根拠とされたWHOの報告書には問題があります。第一に、いままでに行われた鍼治療に関する臨床試験の質を吟味せずに、すべての臨床試験の結果を取りあげたこと。 第二に、中国で行われた多数の臨床試験を考慮に入れたこと。中国で行われた臨床試験では西洋で行われた同じテーマの臨床試験では否定的な結果となったものも、肯定的な結果を得ている。東西のどちらかが間違っているということになるが、鍼は中国にとって大きな威信の源だから、鍼は効果がないという研究結果は発表されずに終る可能性が高い。効果があるという研究結果は発表されやすいが、その反対の場合は発表されにくいという「発表バイアス(publication bias)」である。そのためWHOの報告書には発表されなかった否定的な臨床試験の結果が、まったく考慮されていなかったのである。 第三に、WHOの専門委員会には鍼に批判的な人物はただの一人も含まれず、鍼の効果を信じる人たちだけで構成されていた。特に、報告書の起草、および改訂にあたったのは、さまざまな病気の治療に鍼を用いることを全面的に認めている、北京大学統合医療研究所名誉所長、謝竹藩(シェ・ジューファン)医師だった。 WHOへの反論の部分は『代替医療のトリック』(サイモン・シン他著新潮社)から要約したものです。 この本の鍼灸についての「まとめ」には次のように書かれています。 鍼――この治療法については、いくつかのタイプの痛みや吐き気には効果があるという、わずかな科学的根拠が得られているのみです。それらの症状に効いた場合も、効き目は長く続かず、非常に小さなものとなるでしょう。通常医療の治療にくらべて費用がかかり、効果は小さいとみてまず間違いありません。この治療法の主な効果はおそらく、痛みや吐き気に対するプラセボ効果でしょう、それ以外のすべての病気に対して、鍼にはプラセボを上まわる効果はありません。鍼は、訓練を受けた施療者に打ってもらえば、かなり安全な治療法といえます。 しかし、『容子からのメッセージ』にでてきてくれた「無治療」の桜沢ちほさんは、私よりも困難な「神経因性疼痛」を抱えており、なんの薬も効かないのですが、鍼治療にエヴィデンスがないことを知りながら、彼女の痛みには鍼治療が効くと言って、治療を受けています。彼女は先ほどの日本鍼灸会ではない鍼灸師の会のHPに「鍼治療にはエヴィデンスがない」と書かれていると言っていました。 私は、それを承知のうえで、または知らずとも、自分には鍼が効くと言って治療を受けている人を否定するものではまったくありません。私の意図を理解くださり、この記事に気を悪くされるかたがいらっしゃらないことを願っています。 【追記】 「palliative medicine(緩和医療)」の索引を調べたところ、「嘔気と嘔吐」の「薬学的なアプローチ以外では何を薦めるか」という質問の回答に、次のような記述がありました。 ・鍼または指圧はそうしばしば薦められることはないが、難治性の嘔気では考慮されるかもしれない。鍼を使うことを支持するいくつかのエヴィデンスがある。指圧は鍼よりも研究されていないが、いくつかのケースでは、手首の圧力バンドが助けになるかもしれない。 以上です。
戯れに肝転移のダブリングタイム(がんの直径が2倍になるのにかかる時間)を計算してみました。正確ではありません。
私の肝転移は2009年8月に肝エコーで15ミリ×21ミリを発見。 2010年1月に背骨に放射線をかけたとき、偶然そこにもかかり、画像に写らなくなりました。 2011年10月、CTで検査したところ、64ミリになっていました。 ダブリングタイムの計算には画像に写らなくなったとき、何ミリだったかが、欠かせないデータです。ところがそれがわかりません。1ミリの場合、3ミリの場合、5ミリの場合を計算してみます。 1年半=18ヵ月で1ミリが60ミリになった場合――直径が60倍――体積は216,000倍ーーこの数字は2の18乗(262,144)に近いので、18か月に18回分裂したことになり、ダブリングタイムは1ヶ月。 直径が2倍になると体積は2の3乗なので3ダブリングします。つまり3ヶ月で60ミリが120ミリになる。 18ヵ月で3ミリが60ミリになった場合――直径が20倍ーー体積は8000倍――この数字は2の13乗(8192)に近いので、18ヵ月に13回分裂したことになり、ダブリングタイムは1.4ヵ月。つまり4.2ヶ月で60ミリが120ミリになる。 5ミリが60ミリになった場合――直径が12倍――体積は1728倍ーーこの数字は2の11乗に近いので、18ヵ月に11回分裂したことになり、ダブリングタイムは1.6ヵ月。つまり4.8ヶ月でで60ミリが120ミリになる。 という計算ですが・・・ 実際には去年の10月に60ミリだったものが1月に70ミリになった。直径は1.2倍、体積は1.7倍になったが、ダブリングタイムは「直径が2倍になるまでにかかる時間」なので、まだ1ダブリングもしていないということになります。つまり、ダブリングタイムは3ヵ月以上ということになる。ダブリングタイムを3ヵ月とすると、60ミリが120ミリになるまでは9ヶ月かかることになります。結構ゆっくりがんですね。 この計算あってるのかなあ? 怪しいですよ。どなたか暇な人、計算してみてください。 そして当たるかどうかはまったくわかりませんが、勝手に想像する余命は、5ヵ月から8、9ヵ月というところでしょうか??? どのくらいの大きさになったら死ぬか、Dr.kに聞くのを忘れたので(120ミリというのもあてずっぽなので)、わかりません。ま、1年は生きないということでしょう。 、
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