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がんと闘わない生き方―乳がん患者として(1)

「がんと闘わない生き方」をJANJANに連載してもらいます。

がんと闘わない生き方―乳がん患者として(1)

 はじめに

 私は2000年に治療した乳がんが転移して、現在治療中です。私は乳がんになったことで、がんをはじめ日本の医療についていろいろ勉強しましたが、それによってそれまで信じていた常識が覆されてしまいました。また、がん体験は自分の人生にとって、とても大きな意味を持つものとなり、人間として成長することもできたと思います。

 私は6年間もがんを放置し、転移を発見してからも、5年間、様子を見ていました。今後どれくらい生きられるかはわかりませんが、現在、まだ症状は出ず、健康に暮らしています。偶然が重なったこともありますが、基本的にはがんに対する知識が、今の元気な状態を保ってくれていると思います。

 私のがんの性質からいえば、結果的に最善に近い経過をたどっていると思えます。私のようなケースはおそらく珍しいと思います。みなさんのがんに対するおそれや偏見を払拭し、日本の医療の現実をお知らせするためにも、体験談を書くことにしましたので、どうぞおつきあい下さい。
 
そもそものはじまり しこりの発見

 1994年の春、購読していた「婦人民主新聞」(現「ふぇみん」)に慶応義塾大学医学部放射線科近藤誠医師の乳がん温存療法の記事が載っていました。日本の乳がん治療は、乳房はもちろんのこと大胸筋までこそげとってしまい(肋骨が見えてしまう)、腋の下のたくさんあるリンパ節を根こそぎ取ってしまう「ハルステッド手術」(後遺症が残る可能性も高い)が広く行われているが、がんの部分だけをくり抜き、放射線をかけておく「乳房温存療法」でも同じ成績であるという内容でした。

 その記事に自己検診のやり方が書いてあったので、早速試してみたところ、右の乳房に何か触れるものがあったのです。「これはがんかも!」と思い、記事に載っていた近藤医師の診察日に慶応病院放射線科を初めて訪れました。(注:現在では乳がん検診のみならず自己検診にも寿命を延ばす医学的な証拠がないことが明らかになっています)。

 慶応病院では検査はすぐにできないので、近藤医師は青山にある天野クリニックに超音波(エコー)検査を依頼し、新しい患者は来たその日のうちに天野クリニックで検査を受け、結果を持って慶応に戻ってくるというやり方をとっています。つまり原則的にその日のうちに診断が下りるということです。がんかどうか心配で一刻も早く結果を知りたい患者にとってのみならず、近藤医師のところに全国から集まってくる患者にとっても、このやり方はありがたいものです。

 私もこの日、天野クリニックに行ってエコーを受け、結果をもらって、戻ってきました。直径がたった5mmだったので、近藤医師は「こんなに小さいの、よく見つけたね」と言い、心配ないが、経過を見て大きくなるようならまた来るようにとおっしゃいました。(ちなみに乳房にできたしこりのほぼ80%は良性です)。

「乳がん治療・あなたの選択- 乳房温存療法のすべて」

 まあ、ひと安心でしたが、病院の売店で近藤医師の本「乳がん治療・あなたの選択- 乳房温存療法のすべて」(三省堂・初版1990)を買って帰りました。この本は婦人民主新聞に書いてあった「ハルステッド手術」と「大胸筋を残す乳房切除術」「温存療法」の成績が同等であることについて、当時は一般にはあまり知られていなかった「無作為比較臨床実験(試験)」の方法から解説し、海外の論文やグラフを引いて、論理的かつ素人にもわかりやすく書かれていました。

 次に、近藤医師と当時チームを組んでいたA医師(外科医)による温存療法のやり方が詳しく書かれており、ハルステッド手術による無残な手術跡と温存療法後のきれいに残った乳房の写真が載っていました。両者の成績が同じであるならば、どちらがよいかは一目瞭然です。

 当時、欧米ではハルステッド手術はすでに絶滅していたそうです。ところが、日本では依然としてハルステッド手術が半数近く行われていたのです。温存療法はすでに世界的な主流になっており、米カリフォルニア州の一地域では温存率がぐんぐん伸びて、1987年には60%に達していました。しかし日本における温存率は1988年でわずか3%。温存療法を行っている病院は大変少なく、それらの病院の温存率も5~30%でした。(特別に温存療法を進めている病院数か所では温存率90%でした)。なぜ日本では温存療法が伸びないのでしょうか?

 この問いに近藤医師は次のように答えています。

 1.医師の無作為比較臨床実験への無理解(因習に結びつく非科学性)
 2.外科医の好みと偏見
 3.日本の医療における全体主義(医者が患者を支配しようとし、他の意見や価値観の存在を許さない)
 4.患者自身の主体性のなさ(例えば、「切った方が安全だ」などと家族に説得されてしまう)。

 そして、医師がろくに説明もせずに、乳房を全部切り取ってしまい、手術後に絶望したり、強引に再建をすすめられ、後遺症に悩まされたりした患者からの相談の手紙が載っており、インフォームド・コンセントが全くなされていない当時の状況が書かれています。近藤医師はこの本の中で何度も、そんな医師からは逃げ出すことを進めています。

 普通、誰でも病気になれば、どこの医者に行っても同じ治療をされると思い込んでいるのではないでしょうか。ところが乳がん治療に関しては(本当はこれだけではありません)、行った病院によって乳房を全部切られてしまったり、残すことができたり、天と地の差があることを知ったのです。それにこの医師の横暴さ。「えーっ、本当なの? 日本の医療ってこんなにひどいの?」と驚くばかりでした。

治療法は自分で決める

 近藤医師はこの乳房温存療法の本の最後に、医療界の全体主義をなくすためには個人主義を尊重すること(個人を大事にすること)だと述べ、個人主義を実現し、精神的に自由で豊かな社会を作るためには、人間が無関心ではいられない、人間にとってかけがえのないものをめぐる闘いを起こすのが近道だとしています。それは環境や医療の問題です。医療の場でなされた意識変革は社会のさまざまな場面での個人主義の徹底を容易にするに違いないから、医師も患者も一人一人が闘わなければならないと述べています。

 そして患者が闘うといっても何もむずかしいことではなく、何にでも疑問を持って医師に質問することであり、自分の身体のことは主体性を持って自分で決めることであると説いているのです。

 乳房温存療法をすすめるこの本はただの乳がんの本ではありませんでした。患者に主体性を持った個人として生きることを求め、医療の改革が社会の改革につながることを見据え、闘うことを提起した本だったのです。

 この本が出版されて約20年、最近の日本における乳房温存療法は50%を超え、ハルステッド手術はほぼなくなりました。近藤医師が声をあげなければ、そして乳がん患者たちが闘わなければ、まだまだ遅れた状態が続いていたことでしょう。

 近藤医師は元参議院議員川田悦子さんが参院選に立候補した時、「ひとりでもできることはある」という言葉を寄せたそうです。ひとりで声をあげ、温存療法を普及させた近藤医師なので、この言葉には重みがあると思います。

 ひとりで始めた闘いは乳がん患者たちの共感を得て広がり、患者グル―プの活動が活発となっていきました。特にイデア・フォーという患者を中心としたグループは温存療法をすすめ、日本の医療を改革する運動を行うことで、近藤医師と車の両輪のように協力し合いながら、乳がん治療を変えていったのです。
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by lumokurago | 2009-03-28 17:53 | がんと闘わない生き方
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