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がんと闘わない生き方(5)患者インタビュー その1

がんと闘わない生き方(5)患者インタビュー その1

 【N.Bさん】
 年齢:49歳、独身、一人暮らし(彼あり)
 職業:常勤職(大手銀行総合職)
 手術:2000年7月
 病期:1期
 手術法:乳房温存療法

 Q:がんの発見から治療、回復に至るまでの心理を話していただけますか? 発見の時は?

 A:「あれ?」っていう感じと「もしや」っていう不安がありました。1週間か10日してから、子宮筋腫の定期検査にあわせて病院に行きました。7月上旬に細胞診の診断が出て、「ほんとにがんなんですか?」って聞いたら、先生に勝ち誇ったように「そうだよ。専門家が見てるんだからがんに決まってるんだよ」と言われてしまって。そのときのショックたるやがっくり。もしかしたら違うかもしれないと思っていたのでショックでした。

 Q:その時の医師の説明はどうでしたか?

 A:「(乳房を)残せるんでしょうか?」と聞きましたら、「大丈夫かもしれない。でも手術中に取ったところを調べてみて、がん細胞が見つかったら全部取るよ」と言われました。母ががんだったのですぐに切らないと死んでしまうと思い、なるべく早くお願いしますと言いました。その日のうちにだいたい手術日を決めました。

 Q:転院はどういうきっかけで?

 A:最初の病院の先生をあまり好きでなかった。女性として乳がんを診断されるということはつらいことですよね。胸がなくなるという心配があったので、非常に落ち込んだ。それが細胞診の結果の時にひどい言い方をされて、患者のことを思いやるような言い方じゃなかったし、手術の最中に検査をして、その場で切ってしまうと。すると私は寝ている間にストップがかけられず、そのまま取られちゃうんだというのが非常に不安だった。不安、不安、不安だった。診断から入院までが9日しかなかった。そしたらたまたま彼氏がインターネットで調べてくれた中に、K先生の本があって教えてくれた。でもそれをすっかり忘れていて、会社の仕事の引き継ぎに追われて1週間過ぎてしまった。

 入院する前日の夜8時になって、偶然が重なってその本を手に入れることができて、徹夜でそれを読んだら、これはいけないと思った。胸を確実に残してくれる先生にかかりたいという気持ちが強くなって、その本にK先生の電話番号が書いてあったので、電話しようと思い、入院当日の朝5時から待っていました。9時頃になって矢も盾もたまらず電話したら、K先生ご自身が電話に出て下さって、てきぱきと感じよく答えて下さって、救われるという思いで、この先生にお願いしようというのが固まった。前の病院は入院当日にキャンセルしました。

 Q:医師との関係ということを振り返って、いかがですか?

 A:最初の医者がもっと思いやりのある医者だったらそのままやっていたと思います。というのは乳がんの知識がないから。がんと聞いただけですぐ切らなきゃと思ってたので、あきらめに近い心境だった。他の手立てがあるってことが分からなかった。ただその医者があまりにも感じが悪かったから、それが逆に運がよかった。すごく思いやりのある人だったら、そこにかかっていた。

 Q:今、治療法の自己決定ということが叫ばれ、K先生もそういう考えですけど、治療法を自分で決めたと思いますか?

 A:私は乳がんの知識がなかったから、初めは医者の言いなりだった。それにセカンドオピニオンを取るという気がなかった。今はそういうことが大事だと思うし、自分で選ぶことができると思う。

 Q:その後抗がん剤のサイクル数は自分で決めたわけですよね。

 A:それはK先生の1冊の本から。それからK先生(放射線科医)にかかったら、抗がん剤のサイクルは「0から3の間で自分で選びなさい」と言われたので、A先生(外科医)と相談して決めました。

 Q:抗がん剤を「自分で選びなさい」と医師が言ったことを、どう思いましたか?

 A:先生もこの人のこのがんの場合は(抗がん剤を)何回やったらいいかということは分からないんじゃないかと思う。神じゃない限りは。相当広がっている場合は何回もやった方がいいけれど、私みたいにリンパ節転移もないと思われる場合はやらなくてもいいのかもしれないし。ただ安全のためにやるということであれば、私の場合はやらなくても1回やってもよかったと思う。

 Q:がんになってからの生活の変化はありますか?

 A:がんになったらやっぱりいいと言われているプロポリス飲んだり、漢方とか飲んだりありますね。治療が終わった直後に職場復帰しようと思ったけど、その時は本当に会社がいやで、あの忙しい職場に戻るというのが非常にストレスで、治療中はみんな(治療仲間)と笑い合って楽しかったけど、治療が終わったらウツになっちゃって。あと1ヶ月休めることになったらリラックスできて、好きなこともできて、今まで会えなかった人にも相当会いました。この期間が心のケアになった。だから職場に復帰した時には、そういったウツのところはもうなくなっていた。今後は好きなように生きる。働いているから制限はあっても、我慢しないとか。例えば5年後にやろうとか何年後にやろうとか、この時点になったらやろうとかは思わないで、やりたいことは即やっていく。

 Q:それは生き方の変化になるよね。

 A:そうね。

 Q:そういうふうに思うようになったっていうのは、がんになって、もしかしたら死ぬかもしれないっていうことを感じたから?

 A:今でも治療はうまくいったと思ってる。でもがんの細胞がもうすでにいろんなとこに行ってるかも知れない。私の場合は1期だし、転移の確率は5%、でもその5%に入る確率もあるので、常に死というもの、再発というものは頭の片隅にありますね。生存率も95%だから、70歳とかね、そのぐらいまで生きられるとは思わないで、5年後に再発してるかもしれないという気持ちで生きていこうと思った。

 Q:そうですね。私はがんになる前は死というものをいつもは意識していないから、漫然と生きてた。でもがんになって、死ぬ可能性は前よりずっと見えるわけですよね。それで生き方の中身が濃くなるということを感じていて、自分にとってはマイナスっていうよりはプラスの体験だって感じるんです。

 A:私もそうだと思います。がんになってよかったとまでは言わないけど、ある意味、自分の体を思いやることができたってことと、自分が元気で行動できる期間というものに限りがある、本当に。人よりも私は弱い方で、ちょっと病気がちだったんですけど、精神力はわりと強い方で、ま、精神力というよりは耐える力、なんでも我慢してやってきたけど、こういう大きい病気になって自分の体を振り返ってみたら、今度はいつか更にまた大きな病気になる可能性だってあるわけだから、もっと濃く生きたい、限られた人生なんだなっていうのは強く思った。そういう気持ちの転換ができたっていうのはこの病気になったおかげだと思う。

 Q:よかったとまでは言えないけど、学んだことはある。人間関係などで何か変化がありましたか?

 A:友人とかがほんとに自分のことを思ってくれるのか、まあ普通なのかとか、こちらは受ける方なので非常によく分かった。病気になるたびに人から思われるので非常にいい発見ができて、幸せになってきたような気がします。親戚はいるけど、冠婚葬祭の時に会うだけで、その人自身を思いやるとかそういうことは普段ない。けど病気になると、ああ私ってこんなに愛されているんだと思った。彼とも地味な人だし地味めな付き合いだけど、病気で弱った時に愛情をもらえたので、がんになってよかったというか。いままで漫然と生きてたのが、いろんなことが確認できる。こういうことでもない限り、その人がどのくらい思ってくれてるかは確認しようがない。

 Q:それはいい体験でしたね。他に心理的回復のきっかけとなったことはありますか?

 A:あとは知り合いに送ってもらった本。末期がんが治ったという人たちの体験談。それとひとつに私は意外と諦めの世界なの。だから諦めている。もう最初の恐れはない。でも常に頭の隅に再発がある。再発するかもしれないと思ってるから、生活を変えてるわけじゃないですか。がんになっちゃったんだからその細胞はあるだろうし、遺伝子的なものがあるんだろうし。だからいつも思ってるわけじゃないけれど、生活の一部ではあるのよね。もうがん患者っていう。忘れ去ることはできない。でも普段は暗く考えてるわけじゃない。

 Q:話は変わりますが、自己決定の考えについてどう思います?

 A:患者には無理な話だと基本的には思う。でも先生も人間の体って百人百様だから、同じような症状が表れても、がんができたプロセス、今後どうなっていくかなんて、神じゃないから分からないのよ。だからいわゆる世界標準治療で、あと統計学を積み上げていって、(この人は)このくくりに入るんじゃないかなということで(治療方針を)出すわけだよね。患者は知識がないから、先生がお書きになった本で、こうじゃないかと結論出すんだけど、実際には先生もこれが100%なんていう治療は分からないと思うので、はっきり言えば「責任取れませんよ」ということを言ってるわけですよ。でもK先生の本とか読んでない人は、「自分で決めろ」って言っても無理。無理でしょう、知識がないから。本を読んでいるから自分で選べるし、やっていくんだなと思う。

 Q:医者が決められないから患者に決めさせているっていったら変だけど。がんの場合は同じような効果の治療がいくつかあって、というよりも効果がはっきり分からない。例えばタモキシフェン(ホルモン剤の一種)の場合だったら、効果はこの程度あるけど、リスクもこの程度ある。そして医者の考え方によって効果の方を重視すれば飲めとなるし、リスクの方を重視すれば飲まなくていいとなる。医者は一応自分の考えは言うけど、どっちがいいかは分からないから自分で決めて下さいと言う。そうでしょ、結局は?

 A:結局はそうだと思うの。自分が決定付けると自分の責任になっちゃうでしょ。それを避けたいという気持ちがあるんじゃないか。なぜかというと、今までやってきたことがすべて成功してるわけじゃないでしょ。

 Q:先生も神様じゃないから。

 A:だから常に患者は「これがいいんだ」って言う医者の方を疑った方がいいと思う。分からないというのがほんとだと思う。でもそれは、我々は多少なり勉強してきてるからそう思うんであって、全く無知、勉強する気もないし、知識もないし、先生の言うことが正しいんだという患者さんにとっては「こうしなさい」と言ってもらった方がいいんだろうけど。かわいそうだよ、先生だって。間違えたら叩かれるし。でもそれは標準治療っていうのをやっていて、結果的にこの人に合わなかったとかだめだったとかいうのであって、その辺を理解していれば選択は自分と先生で一緒に決めるってことじゃないかな。

 Q:先生も責任負えないでしょうよ。分からないんだもん、はっきりいって。

 A:ですよね。で、そういうふうに思っていて「あなたが決めなさい」というのと、私が最初にかかった医者なんていうのは「こうだよ」って言うわけでしょ。「こうだからこうしかない」っていうことだったら、普通はそうなっちゃうんだよね。自分で決めるってそんなことをやっている医者って少ないんでしょ。最初の医者には「リンパ取らない方法もあるんだよ」とか、「抗がん剤はどうするのか」とか何も言われなかったもんね。

 Q:今のがんに対する適応っていうのはどうですか? Bさんの場合諦めてるっていうのがあるようですが、がんを受け入れてる?

 A:うん、受け入れてる。

 Q:まあ受容して、それほど不安感はひどくない。

 A:うん、おびえてるとかそういうことはない。

 Q:そしてご親戚とか彼との関係では愛情をたくさんもらったっておっしゃってますけど。

 A:うん。

 Q:じゃあ適応してるって言えますね。がんに対する適応ってことでは自分はうまくやってるなって言えますね。

 A:うまくやってるっていうか、今まで苦しかったから、がんという病気を利用して、楽にできるかなという気持ちにもなってきて。

 Q:いいじゃないですか、それは。

 A:でもつらいものもありますよ、会社で思い切って働けないとかね。人間てやっぱり存在価値っていうのがある。必要とされたいという気持ちがあるから、今お客様扱いなので、意外とがっくりするところがあるんですよ。今までだったらショックを受けるところ、でもそれもちょっと変えなきゃいけないのね。

 Q:それはやっぱり考え方を切り替えなきゃダメだよ。

 A:そう。それでいいんだと。今までやってきたんだからもういいんだと。

 Q:やっぱり今まで仕事一筋じゃないけど結構そういうふうに見えるから。時間的にもそうだったわけじゃない? 残業もいっぱいしたりとか。だからこれからはもっと自分のことをやったらいいんじゃない?

 A:そうそう。自分のね。がんがストップさせてくれたんだと思う、今までのこと、無理な生活。病気が気づかせてくれた。自分の生活の見直しを。いろんなことがめぐって神様が、じゃないけど何かがそうやって作用してくれた。常に偶然というのはなくて、すべて必然的に、Wさんと私も知り合いになるし、すべて計算されてきたという。そう思う。
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by lumokurago | 2009-04-07 21:32 | がんと闘わない生き方
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