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学校に行きたかったアフガンの女の子―映画『子供の情景』

学校に行きたかったアフガンの女の子―映画『子供の情景』
たった1人で理不尽に立ち向かうが、ついに誇りと希望を奪われ


 舞台がアフガニスタンだから楽しい映画ではないだろうと予想したが、子どもの姿を見るだけでもいいという安易な気持ちで『子供の情景』を見に行った。映画一家の19歳の女性ハナ・マフマルバブ監督の作品である。

 始まったと思ったら、いきなり仏像が爆破され、その爆音に心臓がドキンと鳴った。

 バーミヤンに住む6歳の少女バクタイは、隣家の少年アッバスの読む教科書のお話に惹かれ、「自分も学校に行きたい」と言う。少年に「ノートがなければ学校には行かれない」と言われ、バクタイはすぐにノートを手に入れるための行動に移る。

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映画『子供の情景』のチラシ
 
 まず卵を売ろうとするのだが、大人たちは相手にしてくれない。大金を数える大人にバクタイは「そんな大金どうするの? 卵はたった5ルピーよ。買ってよ」と言う。しかし大金を持った大人は振り向きもしない。

 「パンなら買う」と鍛冶屋さんに言われ、卵をパンと交換してもらい、やっとのことで10ルピーを手に入れる。卵2つは割れてしまったので、鉛筆は買えず、ノートだけ。でもバクタイは微笑む。やったあ!

 ノートを手に入れるまでバクタイは家、店、市場を何度も往復する。その歩きっぷりが素敵だ。荒涼たる砂漠と崖を歩く小さな少女。彼女には確固たる目的と意志がある。

 やっとの思いでノートを手に入れ、バクタイはアッバスに連れられて学校に行くが、そこは男子校で、「女の子の学校は川の向こうだ」と言われてしまう。仕方なく探しに行くが、途中で「おれたちはタリバンだ」と戦争ごっこをしている少年たちに捕まってしまう。バクタイは「学校に行きたい」と何度も言うのだが、ノートは引きちぎられ、紙飛行機となって、これも戦争ごっこの道具にされてしまう。

 少年たちは木の枝を銃に見立て、バクタイをつきたて、「石投げの刑で処刑する」と言って、ほこりっぽい土を掘りはじめる。そして10人ほどで穴の中の小さなバクタイを取り囲み、石をかざして威嚇するのだ。

 なんだかバクタイが本当に処刑されるのではないかと恐ろしくなってくる。何度も「これは子どもの遊びだ。バクタイが殺されるはずはない。バクタイ自身それはわかっている。だいたい私は映画を見ているのだ」と自分に言い聞かせなければならなかった。それほど少年たちの処刑ごっこは真に迫っていた。私が子ども相手の仕事をしていて、最近の日本の子どもは何をするかわからないと思っていたせいもあるだろう。それにここは戦争の続くアフガンなのだ。

 この映画の原題は『ブッダは恥辱のあまり崩れ落ちた』で、監督の父親であるモフセン・マフマルバブの著書名である。モフセンは「国際社会は、タリバンの仏像破壊については声高に叫ぶのに、長期にわたる戦争と干ばつによって引き起こされた飢饉のために100万もの人々が死に瀕していることには声をあげなかった。仏像は誰が破壊したのでもなく、アフガニスタンの人々に対し世界がここまで無関心であることを恥じ、自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って砕けた」と書いているそうだ。

 ラストシーン。バクタイが「戦争ごっこは嫌」と訴えているのに、彼女に木の枝の銃を向け、銃撃音を口真似する少年たち。アッバスが「死んだふりをすれば、追いかけてこない。自由になりたければ死ぬんだ」と叫ぶ。とうとうバクタイは弾に撃たれて死んだふりをする。

 それまで「戦争ごっこは嫌。学校に行きたい。処刑される役などやりたくない」と訴えていたバクタイが「ふり」ではあってもとうとう倒れたことは、理不尽なものにたった1人で立ち向かっていた人間が誇りと希望を奪われ、崩れ落ちたように見え、絶望的な気持ちになった。

 少女が「いや」と言っているのに、銃を向け続けるのは米軍である。女の私からすれば、バクタイは戦争ばかりしている男たちに対して異議申し立てしているようにも見えた。だって女の子は戦争ごっこなんかしないから。

 少年たちがバクタイを石投げの刑にしようとしたのは、バクタイが鉛筆代わりにしようと持っていたお母さんの口紅のせいだった。バクタイは1人のアフガンの女性としてアフガンの男性に屈服させられたとも言える。女は結局、肉体的な力で男にかなわないのだ。神様はなぜそんな風に男女を作ったのだろう。私は無神論者なのに、時々そう思う。

 オバマ大統領はイラクからアフガンへ標的を移そうとしている。オバマ大統領にもこの映画を見てほしい。あなたが攻撃しているアフガンの、戦争が嫌で学校に行きたい小さな女の子の願いを聞いてほしい。
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by lumokurago | 2009-05-18 18:41 | JANJAN記事
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