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がんと闘わない生き方(11)

がんと闘わない生き方(11)転移が発見されたが症状はまだない

治療後の定期検診にも意味はない

 私の治療の話に戻ります。2000年4月から術前化学療法、7月温存療法で手術、8月放射線治療を行い、再発予防のためのホルモン療法はやらないと自分で決めたので、これで初回治療は終了でした。

外科医のA医師は3か月おきの定期検診を勧めていましたが、乳がんは転移したら原則的に治らないので、術後検診で転移を「早期」に発見することに意味はなく、症状が出てから対応すればよいため(他のがんも同じと思います)、定期検診には行かないことにしました。(3か月おきの定期検診はどう考えても過剰診療で、儲けのためと言われてもしかたありません)。

 放射線科医の近藤誠医師は、自分の患者にはたまには会って元気でいることを喜び合いたいとのことで、1年に1度は予約を入れてくれますが、それも患者によって、行かない人もおり、私が仲良くなった人たちはほとんどの人がどちらの病院にも行かないまま9年が過ぎようとしています。
 
 ひどい病院になると毎月マンモグラフィーを撮ったり、全身の転移を調べるために毎年CTを撮ったりするところがありますが、明らかに過剰診療で、むしろ被曝が心配ですから、断った方が賢明です。

腋の下の転移の治療

 初回治療から3年後の2003年、私は右の腋の下にまた5ミリほどのしこりを見つけました。抗がん剤で手に触れなくなったため、「手術したくない」という私の希望を聞いて、A医師が「切るのやめよう」としたところだと思います。エコーには映っていたので、がんは残っていたのですが、手術の代わりに放射線をかけました。近藤医師によれば、手術と放射線はここでも同等です。結局、がん細胞が残っていたため、再発したということになります。

 乳がんでは腋の下の転移だけでは命取りではないので、私は落ち着き払っていましたが、一応、天野クリニックに出かけてエコーを撮ってもらい、近藤医師の診察を受けました。近藤先生は案の定、「様子を見よう」とおっしゃいました。

 4年後の2007年、大きくなったように感じたので、また天野クリニックに行きました。天野先生は「3年も来なかった」と言って、心配そうでしたが、エコーの結果、「そんなに大きくなっていませんよ。様子を見たらどうですか? 近藤先生のところに行くなら紹介状を書きます」とおっしゃいました。私も「近藤先生のところに行ってもどうせ『様子を見よう』ということになるから」と言って、そのままにしました。

 翌2008年、いよいよ大きくなってきて数も増えたので、また天野クリニックに行き、エコーを撮ってもらい、これ以上大きくなるとがんが神経に触って障害が出るのではないかが心配で近藤医師を訪ねました。さすがの近藤先生も「手術」と言って、今度は茅ヶ崎の病院の村山章裕医師(外科医)を紹介されました。東京のU医師を紹介されると思っていたので、また茅ヶ崎まで行くのかとがっくりでした。U医師を紹介しなくなった理由は聞きませんでしたが、おそらく考え方が違ってきたのでしょう。近藤先生の信頼する外科医が大都会東京にはいないということが、日本の医療の貧困さを端的に物語っています。

 7月7日、村山医師を訪ねました。村山医師は私がこれまでの経過を説明した後、治療法は2つあると提示されました。

1.リンパ節かくせい(リンパ節を根こそぎ取ってしまう)。
2.腫れているものだけを取る。

 事ここに至っても切りたくない私が「ホルモン剤はどうなんでしょう?」と聞いたところ、「初回治療で使っていなかったので、その手があります」とのこと。

 私「効くとすれば、どのくらいで効き目が出てくるんですか?」
 医師「2、3か月」

 私「2、3か月待っている間に大きくなって手術ができなくなるということはないのですか?」
 医師「大丈夫。手術してからホルモン剤を使っても効果があるかどうかはわからないけど、初めに使えば効果があるかどうかわかるのでそれがいいかもしれません」(手術してがんを切り取ってしまえば効果がわからないが、切り取らなければ小さくなるかどうか確かめられる)

 ということでホルモン剤を飲むことになりました。乳がんには女性ホルモンをエサにして大きくなるタイプがあることは以前説明しました。ホルモン剤には昔から使われているタモキシフェンと比較的新しいアロマターゼ阻害剤(女性にも男性ホルモンが分泌されている。それをアロマターゼという酵素が女性ホルモンに変えているが、この酵素に働きかけ、女性ホルモンを作らせない)がありますが、まずタモキシフェンを飲むことにしました。この薬はホルモンレセプターに取りついて、女性ホルモンが取りつくのをブロックするのです。
 
 村山医師が初めに提示した方針は「手術」だったので、私が質問しなければ、手術していたことになります。執念で再び手術を避けることができました。(手術の後遺症でリンパ浮腫が起きる可能性がある)。

ホルモン剤の変更

 1ヶ月後の8月18日、副作用を見るため受診しました。タモキシフェンには約1割でうつの症状が出、25%には疲労感が現れるそうです。私は以前重いうつ病でしたので、この頃現れたうつの症状が薬の副作用なのかどうか、判断できませんでした。エコーで調べてもらったところ、がんは小さくなっているとのことなので、この時はタモキシフェンは続けることにしました。しかし、その2か月後、うつ状態がひどくなったため、タモキシフェンは中止、アロマターゼ阻害剤であるレトロゾール(商品名フェマーラ)に変えました。

鎖骨上リンパ節への転移

 10月の診察で、鎖骨上リンパ節への転移がはっきり確認されました。乳がんの鎖骨上リンパ節転移は全身転移があることを示唆しています。つまり、今度こそ命にかかわるということです。そして、全身転移があるならもうどんな治療をしても治らないので、腋の下の転移などを手術しても意味がないということになります。あせって手術しなくて本当によかったです。 

 結局、私はいろんな偶然が重なったこともありますが、後遺症の可能性のある結果的に無駄な手術をすることなく、最小限の治療でここまで来たことになります。

 もう治らないのは仕方がないとして、できればいつ頃まで生きられるかを知りたい気持があり、全身転移がどの程度なのかを知りたくて、10月末にPET(※)の検査を受けました。その結果、縦隔と肺門のリンパ節に多発性の転移があるということでした。近藤医師によれば、それだけなら症状は出ないとのことでした。これから肺に転移すれば、呼吸困難になるということですが、それもがんが5センチ位になるまでは大丈夫です。今はまだ何の症状もなく、何も変わらず元気に過ごしています。

 ※編集部注:【PET(ペット)】がんの検査方法の一つ。ポジトロン・エミッション・トモグラフィー(Positron Emission Tomography)の略。  
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by lumokurago | 2009-05-20 16:54 | がんと闘わない生き方
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