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がんと闘わない生き方(14)近藤誠医師に聞く(上)

がんと闘わない生き方(14)近藤誠医師に聞く(上)
患者にとって意味がある治療とはデータ解釈しなくても分かるもの
 

 6月11日に「JanJanオムニバス」に掲載された「NHKと良心的乳腺外科医が無意味な乳がん検診を推進」の記事のご意見板にいただいた質問について、6月24日、私の診察の際、近藤誠医師(慶応大学病院放射線科講師)にご回答いただきましたので、報告します。「質問」は、いただいた質問を私がまとめたものです。尚、この報告は近藤医師が加筆してくださり、その部分にまた質問を出し、という作業を繰り返し、当初の倍近い量になっています。

質問1:世界ではがん検診は行っているのか? 意味がないなら世界で行わなくなるはずではないか?

近藤:サイエンスと医療、または医学と医療と言ってもいいけど、この2つは違うんだよ。サイエンスというのはファクトとロジック、事実と論理からなっていて、医学もそうだ。つまりデータがあってそれをどう解析するかという話なんだけど、医療というのは、経済的、政治的な考慮、あるいは人々の感情、心理、不安や恐怖、そういうものがないまぜになったものなので、意味がないと思われるものもいっぱい行われている。

 乳がん検診は意味がないというのはデータ的には明らかだけど、欧米で2000年代の最初の頃に、あらためて論争が起こった。それは検診で乳がん死亡が増えるか減るかという論争なんだけど、その時も、検診で総死亡が減らないことは皆が認めていた。でも、検診は続けている。

 これは検診をやっている業者やそれに関わる医者たちがいて、なかにはナショナルポリシーになって、国の成人女性の7割、8割が受けているという国もヨーロッパにはあるわけ。そういうところでは検診は容易になくなることはない。検診というものは拡大されても、減少はしない。だからといって、意味がないものが意味があることにはならない。

質問2:本物のがんと「がんもどき」の中間はないのか? 中間的なものがあるならば、そのがんは早期発見・早期治療に意味があるのではないか?

近藤:これはあり得る。というよりも、今転移のあるがんはよくよく考えてみると、すべて中間的なものだったということになる。つまり1個の細胞ががん細胞になると考えると、その1個の時は明らかに転移はない。それが分裂して行って初めてそこから転移として出てくるものがある。だからそういう微視的な段階まで考えれば、すべての転移がんというのはかつて中間的なものだったのです。

 問題はどの時期に初めて転移するか。で、本物のがんとか「がんもどき」と分けたのは、検診を受けて見つかるぐらいの大きさになった以降に初めて転移するものは、あっても極めて少ないだろうということを言っているわけ。

渡辺:そうすると、この質問をしてきた人の考えるような中間的なものに相当する人は、極めて少ないとしてもあるとしたら、その中間的ながんの人は検診を受ける意味があるのでは? ということですね?

近藤:それはまた、別な議論になる。誰が中間的ながんに当たっているかわからないわけだから、検診を受ける人全体として見なければならない。検診を例えば10万人にやって、その中に1人とか10人とか、そういう中間的ながんの人がいたとしても、10万人全体としてみて意味があるのかないのかという議論になる。

渡辺:そうすると死にたくない人間個人としては、10万人に1人であっても検診を受けて治るっていう期待をしてもいいんですか。

近藤:それは、データからは論理の飛躍がある。可能性としてあるとしても、検診で見つかる大きさになった中間的ながんの存在はデータからは認められていないんだから。

渡辺:そうですね。この点について、質問してきた人に理解してもらうことはとても難しいと思います。

近藤:結局、今ぼくは可能性を話してきたわけで、証明されているかどうかは別問題なんだ。証明されていないことに基づいて医療の現場で何かをするってことは、それはもうきわめて宗教的なことだからね。

渡辺:そうだと思います。そういうことを理解した上で、検診を受けたいという人がいれば、止めることはないけど、政府や医者が推進するというのはやはりおかしなことですね。

近藤:その通り。受けるにしても、自分のお金で受けなければ。

質問3:がんの性質は変わるので、ダブリングタイム(※)も変わるのではないか?
※参照:がんと闘わない生き方(8)がんの自然史からみる早期発見・早期治療の無理

近藤:これは、変わりうるんだ。変わるという場合、一般的には、急にスピードが速くなるということはなくて、むしろ少し遅くなるだろう。がんは大きくなるほど、成長スピードはむしろ鈍る。それはがん細胞の性質が変わるというよりは栄養補給の問題で、大きくなるほど血管新生が追いつかず、栄養補給がうまくいかなくなるので死滅しやすい。だからだんだんスピードが遅くなる可能性はある。

渡辺:この質問をした人は、ダブリングタイムが変わるなら、成長スピードが速くなることもあると想定して、そうすると、転移した時期がもっと後になる(つまり転移する前に検診で発見することがありうる)という意味で言ったと思いますが、むしろスピードが遅くなるのであれば、転移した時期はもっと前だということになりますね。

質問4:30代で乳がんを発症し、以後10数年間、数次にわたる転移を手術し、ついに完治と言える状態になった人がいるが、近藤理論でどう説明するのか?

近藤:近藤理論というのはやめてほしいな。たいしたことを言っているわけじゃないんだから。先人にも同じようなことを言っていた人は何人もいます。
 
 さて、基本的に転移した乳がんというのは完治しないと考えられている。10数年じゃまだ短くて、乳がんというのは30年経っても完治はあるのかと、そういう議論もある。何年たっても、ぽつ、ぽつと転移が出てくる人、それはいる。どんながんでもある。

 これはどこかにデータを出しているけれど(『患者よ、がんと闘うな』P.122)、1805年から1933年にかけて自然経過をみた乳がんのデータがあるが、なにしろ8センチのがんが小さいという時代で、8センチにもなるとだいたい転移していると考えられる。そういう人たちでも10年生きている人が4%いて、最後の一人が死に絶えたのが19年後。だから10年生きたとしても乳がんに関しては治ったということにはならない。

渡辺:乳がんで治癒と言っているものも30年位経ってまた出てくるものもあるし、乳がんでは治癒はむずかしい?

近藤:乳がんでは治癒は定義しない方がいいと思う。

渡辺:じゃあ1期で生存率が90何パーセントとかいうのも本当はわからない?

近藤:いや、1期では日本人でぼくが治療してきたのは10年生存率92%位。こういう人の多くは転移は出てこないよ。

渡辺:じゃあやっぱり「がんもどき」?

近藤:うん。

渡辺:乳がんの場合、どうして30年も経って転移が出ることがあるんですか? ゆっくりがんだから?

近藤:理由は不明。

渡辺:他のがんの場合は、治癒の定義はできるんですか?

近藤:完璧に定義するのは難しいだろう。ただ例外の存在を許すなら、多くのがんでは、再発なく5年生存していれば、一応治ったと考えていいだろう。

渡辺:『抗がん剤のやめ方始め方』を読むと(P.139,140)、先生は臓器転移のある乳がんに対しては抗がん剤に効果はないという結論に達し、術後補助化学療法でも、抗がん剤の延命効果を疑うに至ったとあります。ホルモン剤に関しては副作用が少ないから延命効果はあると考えられますか?

近藤:ホルモン剤に関してはもうちょっとプリミティブなところで効くことがあるなと思える。自分の診ている転移のある人で、あなたのように小さくなったり、もっと効いて消えちゃう人たちがいる。そして、抗がん剤よりはずっと副作用は少ないから、よく効いた人に関しては延命効果があるだろうと考えていいと思っている。だけど転移がない人が飲めば、やはり命を縮めるだろう。その程度には副作用がある。

渡辺:えーっ、だったら、術後補助療法のホルモン剤も先生は否定なさるんですか? 私は飲みませんでしたけど、ホルモンレセプターがあれば標準治療ですよね。

近藤:標準治療というのは、その時代の多くの患者が受けている治療ないし医者の多数派がやっている治療を意味するだけで、学問的に正しいとか、受けることに意味があるとかは保障しないんだ。乳がんの手術法でいえば、乳房のみならず胸筋まで切除するハルステッド手術がかつて100%行われていて、絶対の標準治療だったけど、現在は滅んで、乳房温存療法が主流になっている。

 問題とすべきは、その治療法を基礎づけるデータとロジック。術後補助療法のホルモン剤に関しては、数万人分のくじ引き試験(ランダム化比較試験)結果を解析した論文があって、それを見ると、リンパ節転移があるような人は、使わない場合と使った場合の生存曲線が開いている。しかし、使ったグループの生存曲線も下落し続けているから、治癒はしていないと考えられる。

 また、その論文のデータには、数千人の日本人患者でのくじ引き試験結果も含まれているので、それを拾って数えてみたら、日本人では使っても使わなくても生存率は変わらなかった。こういう事実は、日本の乳がん治療の専門家は公言しないから、患者や一般公衆は知らずに終わるわけだ。もっともそのデータは、1年から2年程度飲ませた試験のものだから、日本人患者にもっと長期間飲ませてみたらどうなるかについてはデータはない。

 そこで理論的に考えてみると、たとえば臓器転移がある人が10%程度含まれている患者グループでは、転移のない90%の人たちは、ホルモン剤を飲むことによって副作用を被り、多少とも命を縮めるだろう。他方、残りの10%の人の中には、延命効果を得る人がいるかもしれない。しかしそれも治るわけではないし、100%全体としてみると、90%の人に生じる縮命効果の方の影響が大きいのではないか。こうしたことから、臓器転移の可能性が低いと思われる患者には、たとえば1期とか2期の初めの人たちには、「飲まないほうがいいんじゃない」と言っている。これに対し、はっきり臓器転移がある人には「飲んだら」と言う。微妙なのが、転移確率が40%とか50%とかの場合で、ホルモン剤で延命効果が得られるようにも思えるし、他方、はっきり転移が生じてから飲むのと比べ、手術直後からだとより長く飲むことになるから、副作用による縮命効果がより大きくなるようにも思えるし、判断は難しい。結局今は、いろいろ説明したあとで、患者の選択にゆだねている。

渡辺:そうすると、スイスのザンクトガレンとかで行われている、コンセンサス会議の結果を無視することになりませんか。

近藤:そうだね。無視することになる。しかしコンセンサス(意見の一致)って、どういう意味があるんだろう。乳がんの治療の正否ないし当否は、本来データと理論によって判定されるべきであって、意見の一致は必要ない。こういうデータがあるから、こういう治療法が正しいと考えられる、と説明すればいいだけだよね。

 かつて、根拠にもとづく医療(エビデンス・ベイスド・メディスン)が提唱されたとき、くじ引き試験をすれば、治療法の根拠は得られる、と単純に考えられていた。しかし、実際には、同じテーマで行われた幾つものくじ引き試験結果がまちまちだったり、矛盾したりすることが頻繁に経験される。それらのデータからは、患者は指針を直接読み取ることはできないし、一般の医者たちも読み取れない。それで専門家が集まって、幾つもの試験結果を解釈した結果を、コンセンサスと称して提示することにしたわけだ。ところが解釈というものは、解釈者の主観次第で、いくらでも変わりうる。それなのに、データからは直接読み取りにくい結論に、全員ないし大多数が合意すること自体に無理がある。また専門家というのは、治療を行う専門家だから、治療しなくてもいいという結論は出しにくいし、それ以上に、自分たちの患者を増やしたいという気持ちも強い。それで、どの治療に関しても、意味があるというコンセンサスばかりになる。その点、建築談合と大差はないんだよ。だけど医学の衣をかぶっているから、一般人は科学的な議論かと勘違いする。

 専門家って、カラスをサギとまでは言わないけれど、灰色のハトを白バトだ、平和のシンボルだ、的なことは平気で言うものなんだ。だから医者から、これがコンセンサスだと言われたら、眉に唾したほうがいい。言い換えれば、解釈が必要なデータを根拠とした治療は、患者にとっては実は意味がなくて有害である推定が働くと思っていたほうが安全だろう。繰り返しになるかもしれないけど、患者にとって本当に意味がある治療は、データを解釈するまでもなく分かるものです。

渡辺:くじ引き試験の結果はまちまちで矛盾があり、それをどう解釈するかという問題があり、さらに専門家が治療することを前提にコンセンサスを出している。つまり根拠そのものもあやふやだし、医者も人間である以上、判断にはバイアスがかかってしまうのですね。患者も医療に期待していますし、治療しないということに普通は耐えられない。だから「根拠にもとづく医療」とか「世界標準治療」と聞くと、科学的に正しい治療なんだと信じてしまいます。でも本当は怪しいものなんですね。

 先生は術後補助療法のホルモン剤も「自分で決めて」とおっしゃいますが、言いかえれば、本当に意味がある治療なら、文句なしに勧められるけど、どちらを選んでも大差ないから、そう言えるわけですよね。

近藤:まあ、そういうことだ。

質問5:乳がんの腋の下のリンパ節転移は遠隔転移には含まれないが、他のがんのリンパ節転移は?

近藤:遠隔転移には含まれない。乳がんも他のがんも基本的には同じ。リンパ節転移があっても生存率がゼロになるということはない。他のがんでもリンパ節だけに転移がとどまっていることはあるけれども、一般的にどういうがんでも、リンパ節転移が1個でもあれば生存率はある程度落ちる。

 それから遠くのリンパ節に飛んだ場合は、これはほぼ遠隔転移とイコールで、これも変わらない。だから女性で言えば子宮がんで骨盤の中にリンパ節転移がある場合は、遠隔転移とイコールとは考えないけども、鎖骨上窩に出てきた時は、遠隔転移と考える。

渡辺:胃がんとかの場合もリンパ節転移にとどまるものもある? それは先生の考えでは「がんもどき」に入る?

近藤:リンパ節にとどまって遠隔転移がないものは「がんもどき」と考えるんだよ。でも、リンパ節にとどまっているかどうかは数年経ってみないとわからない。

 胃がんに関しては、手術範囲を変えたくじ引き試験がいくつかあって、乳がんと全く同じ結果が出ている。胃袋を取ると一定程度リンパ節が取れちゃうが、それ以上にもっと広くリンパ節を取るか取らないかで生存率に差が出るかどうか、そういうスタディを組んで、オランダ、イギリス、日本でやったんだけど、全く変わらなかった。

近藤:2、3こっちから話してあげよう。データがないのに、いろんな観念が広まっている。最近のことで言えば、日本人で若年性乳がんが増えているというのは、これは全くと言っていいほど、増えていないだろう。『余命1ヶ月の花嫁』などの見すぎなんじゃないかと思う。

 まずあまりに少なすぎてデータにならないということもあって、はっきりしたデータがない。ぼくが今まで数千人診てきた中で、24歳以下は3人ほど。それから日本の一番確実な統計だと思われるのは、亡くなった人の統計だけど、人口動態統計というのが毎年厚生労働省から発表されている。それで見ても24歳以下の乳がん死亡は毎年ゼロか、10万人あたり0.1とかいうレベルでずっと推移していて変わらない。それから30歳とか35歳以下も増えていない。

 もう一つは、もっと根本的な話になるけど、医療と宗教とは、類似点が非常に多い。たとえば、現在の我々の感覚からいうと、信じている人は別として、神や仏の話っていうのは根拠がないというふうに考えてしまうだろう。

 しかし、中世の時代はどうだったか。その時代には、実世界と別に宗教世界があるわけではなくて、現実世界そのものが宗教の世界ではなかったか。だからみんな神様を信じてるというより、それは実在。天国も地獄も実在。彼らにとってはね。太陽は地球の周りを回ってる。これが事実、ファクトと考えられていたのね。それ以外の可能性は、彼らには考えられなかっただろう。

 でも、今の我々から見ると、太陽が地球の周りを回ってるって、それは嘘だということになる。その時代に、例えばコペルニクスやガリレオが何を考えたかというと、彼らは事物を観察して、データとロジックから、これはどうも違うと言っただけなのでは。その時彼らには、神やキリスト教を否定する気は全然なかったんじゃないかと思う。ところが、その時のキリスト教教会にとっては、自分たちが否定されたように感じた。

 ぼくががん検診に意味がないということもそれに似てるんだよ。みんなにとっては、検診が人の命を救うというのは、これはもう信念というより、事実と思っているかも知れないね。ぼくは単に、そういうデータはありませんよ、と指摘しただけなの。だけど、医療の宗教性に気がついている人は、近藤が言っていることは近藤教だと。

渡辺:そうそう。私も新興宗教だと言われたんです。

近藤:ぼくは多くの専門家からもそう言われたもの。だからそういう人たちは医療の持つ宗教性に気がついているんだ、実は。そういうことだとぼくは思うよ。ただ、論理構造としては、現行の医療体制の方が宗教的なんだね。ぼくは単にデータとロジックを示したにすぎないから。

渡辺:よくわかります。でも質問をしてきた人のように、そのデータとロジックを認めない人というのは、たぶん、この話を聞いてもそれでもやはり、検診を受けて早期発見・早期治療すれば治るがんもあるんだと信じることをやめないと思います。

 それはなぜか、よくよく考えてみたのですが、検診に意味はないと言われると、助かる可能性をひとつ否定されたような気がするのではないでしょうか。先生が「臓器転移した乳がんは治らない」と言ったために、先生のことを人非人のように言う人が多かったけれど、それも同じで、現代社会では「死」がタブーになっていると言ってもいいと思います。人間は誰もが必ず死ぬものなのに、死を触れたくないものとして死の話題を遠ざけています。すみません。この話は長くなるので、別のところでまたさせてください。

 ところで、医師不足は本当なんですか?

近藤:医師不足は、大部分分布の問題だろう。たとえば、人口100万位のある市に、心臓外科を持つ病院が5つ6つあったりする。こんなに必要ない。一つの病院でいい。そうすれば心臓外科医が余るから他の診療科に回ればいい。この問題は大きい。あと、開業医が多すぎる。

渡辺:じゃあ産婦人科とか小児科が少ないっていうのは他からまわってもらえばいいってこと?

近藤:欧米、先進国ではたいてい各分野の専門家になれる人数を制限してる。大学を卒業して、そのうち何人が眼科に行くとか、何科に行くとか。日本にはそれが一切ないからね。その問題を解決しないで医者の数を増やしたところで、結局今まで過剰なところがもっと過剰になるだけ。

渡辺:医者の過労死も問題になっているし、この間看護師さんも25歳くらいで亡くなったけど?

近藤:それは今言った問題の裏返しで、少ないところは少ない。そういう所は不足しているのは明らかだけど、だからといって医者の総数を増やしたところで、そういう所はなかなか増えないということ。

渡辺:偏りがあるってことですね。新型インフルエンザはどうですか?

近藤:この騒ぎはナンセンス。普通のインフルエンザというより、もっと弱毒性かもしれないんだよ。弱毒性のものほど気づかれにくいから、いずれ全員がひくようになる。アメリカでは、新型インフルエンザと診断された数の百倍前後の患者がいると推計していた。繰り返すけど、いずれ全員がひくわけだから、対策なんてとりようがない。これまでの大騒ぎは結局、対策やってるぞって言いたいWHOと日本の厚労省の役人たちとそれに乗じて儲けたいメーカーと、それからなにか責任取らされるんじゃないかと恐れている医者たちの、科学的でない思惑が一致した結果なんだよ。

 新型インフルエンザのワクチンも不要。今回の流行では、年齢の上の人がほとんど感染しないのは、昔似たような型のインフルエンザに罹っていて、そのときできた免疫が今も有効だからと考えられている。90年前に感染した人も免疫が残っているという。このように、自然に感染したインフルエンザに対する免疫は半永久的。これに対し、ワクチンで作られた免疫は1年限りだから毎年打っているわけだ。だから未感染の人は、元気なうちに感染者を探し出してウイルスをもらうというのも、一つの選択肢になると考えている。また通常行われている毎年冬のワクチン接種も、同じ理由で無意味だし、有害です。
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by lumokurago | 2009-07-30 14:11 | がんと闘わない生き方
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