暗川  


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by lumokurago
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文明の貧困(戯曲)続き

長嶋「先生! あれは困ります」

国枝「?」
綿貫「?」

長嶋「皆さん、どうお思いになります?(皆の反応を見る間)」

一同「は?」

長嶋「今どき、「汲み取り」なんて・・・」

(それぞれ便所の方を見る)

若杉「便所のことですか。いや、はは、うちの坊主、けっこうあれが気に入っているらしい」

長嶋「それじゃあ、おたくさま、ご存じでしたの?」

国枝「何かいけない理由がありますか?」

長嶋「いけない理由もなにも・・・やばんですよ」
(ちょっと間)

杉村「ここ、汲み取り式だったんですか? 知りませんでした。いやあねえ」

横山「うちの子はクラブのトイレがこわいと言って行きたがらないんですよ。暗い穴に落ちそうだと言ってうちまで、トイレがまんしてきたりして」

杉村「それじゃ、お宅のお子さん、トイレがこわいからクラブに来たがらないんじゃないの? かわいそうに・・・」

長嶋「杉並の学童クラブはみんなそうなんですか?」

国枝「いえ、汲み取りはうちだけで・・・。他はみんな、建物が古くなって建て替えた時に水洗にしたと思います」

杉村「まあ、ここだけなんですか。それはひどいじゃありませんか。同じ税金払ってるのに」

長嶋「そうよ。こういうことは黙ってたら損よ。どんどん役所に要求しなくちゃ」

国枝「でも・・・今までは、最初はこわがる子がいたかもしれませんが、じきに慣れたし、困ったことなんてなかったんですが・・・。むしろ、クラブの家庭的雰囲気に浸っている子は、学校のトイレよりクラブのトイレの方が安心できるらしくて、「ただいま」ってクラブへ帰ってくるなり「おしっこ、おしっこ」ってかけこんでいくんですよ。トイレが汲み取りか水洗かなんてことより、学童クラブという所が子どもにとってそういうふうに安心できる場所であるかどうかの方がずっと大切なのではないでしょうか」

大橋が遅れて入ってくる。積極的に参加する気持ちはないが、顔を出さないと悪いという気持ち。

大橋「先生、すみません、こんなに遅れちゃって」

杉村「何言ってるのよ。もう終わりよ」

大橋「すみません、残業があって・・・。今の時期ボーナスにひびくもんだから。もう終わりですか?」

横山「あのね、トイレの話をしてたんです。(ひと間。大橋の反応を見る)ほら、ここ、汲み取りでしょう。お宅のお子さんはどう? いやがってない?(今までの話をこれだけで大橋に伝えるので、いかにも汲み取りは嫌だという顔で)」

大橋「うちはね、上の子の時はうちも汲み取りだったから問題なかったのよ。でもそれからすぐにうちも水洗にしたんですよ。下の子は生まれた時から水洗で育ったでしょ。ここに入って生まれて初めて汲み取りトイレと出会ったからこわがるのよ」

横山「やっぱりそうでしょう?」

若杉「しかし、今じゃ、汲み取りトイレなんて希少価値だし、子どもにとってはいい体験になるんじゃないですか」

綿貫「私はトイレは水洗の方が清潔でいいと思うんですが、国枝さんがさっき言ったように、クラブが子どもにとって安心できる家庭代わりの場所であれば、トイレの問題はそれほど大きなことではないと思います」

国枝「今では家でも学校でもみんな水洗トイレだから、子どもをハイキングに連れて行った時に、駅で初めて汲み取りトイレを見て、みんな「暗くてこわい」とか「くさいからいやだ」とか言って苦労することもあるんです」。

長嶋「でもそれはその駅のトイレを水洗にすべきだと思うわ」

杉村「あ、そうだわ。(一同注目。だが話がずれるので「なーんだ」という顔)。
このあいだ、新聞に載ってたじゃありませんか。えーと、どこの山だったかしら。今までランプを使っていたような古い山小屋が近代的な水洗トイレ付の山小屋になったって。私、いままで山に登る人ってきたならしい格好して、きたならしい荷物かついで、同じ電車に乗り合わせたりするとなるべく近づかないようにしてたんですけど、そういうデラックスな山小屋なら行ってみたい気がするわね」

綿貫「(この場で一番若い。我を忘れて)それは南アルプスの北岳という山ですよ。自然に触れるために山に登っているのに、山小屋が水洗トイレだなんて、私は興ざめです。だいたいあの山小屋は自然破壊の産物なんですよ」

若杉「いやあ、先生も山登りをなさるんですか。実は私もやるんですよ。いや、今はもうそんなに行けませんがね。学生時代はテントかついで何週間も山にこもったものです。あの原始的なテント生活も山登りの魅力のひとつですな。煙に目をしばたかせながら炊いた飯ごうのメシがうまくてね」

綿貫「よくわかります。私の頃はもう薪じゃなくてラジウスでしたけど、夜の闇が迫ってくるようなテントの中でラジウスの火をみつめていると、とっても心が安らぐんですよね」

若杉「いやあ、今度ぜひご一緒したいですなあ」

長嶋「(あまり強くなく)何の話をしているんですか。ここは父母会の席なんですよ。そういう話はあとでゆっくりなさることにして、話題を戻してください」

横山「(若杉・綿貫の反応を見て)山小屋と言えば、だいたいこの学童クラブは建物自体からして古くて汚らしくて山小屋みたいですわ。こんなところに毎日子どもが通ってくるのかと思うと、もう子どもが不憫で・・・」

大橋「今はどこでも立派な児童館が建って、学童クラブもその中に入って設備が整っていると聞いて喜んでおりましたのに」

若杉「でもそんなにいいことづくめでもないようですよ。会社に行く途中にある学童クラブなんか、冷暖房付きで夏でも窓を閉め切って中で遊んでるんです。昔のように暗くなるまで外遊びすることはないにしても、クーラー付きの部屋で子どもが汗もかかずに遊ぶなんて、なんだか変だと思いませんか? その点、ここの学童クラブは最高だと思います。2、3日前もうちの坊主が顔を黒くして帰ってきたんで、風呂で洗ってやりながら聞いたんです。そしたらユーカリの木の下で泥だんご作りをやったって言うじゃありませんか。さっきもうちのと大橋君が桜の木の下にアリの巣を見つけて女王アリがいるとかで大騒ぎしていましたよ。(ひと間。皆を見まわす)。
 とにかく、子どもにとってここがどんなにいい遊び場になっているか、それを考えたら建物の粗末さなんてちっとも気になりませんよ」

大橋「(若杉に影響されて)そうかもしれませんね。若杉さんとこのお子さんとうちの子は、いつもきたなくして校庭の隅っこで土を掘り返したりしているんですものね。あの子が帰ってくると家じゅう砂だらけになっちゃうんですよ。お風呂に入れると本当にお湯が真っ黒になっちゃうんです。パンツの中からも砂が出てくるし。ざらざらして痛くないんでしょうかね。でも、服を汚すからといって泥遊びを禁止するようじゃ母親失格ですわよね」

杉村「ええ、それに今は洗濯って言ったって便利なものですものね。洗濯物と洗剤を洗濯機に入れてスイッチを入れれば、あとは全自動でやってくれるし、乾燥機を使えば干す手間もないし」

若杉「でも、洗濯機に入れただけであの泥が落ちますか。(皆、けげんそうに見る)。いえ、僕も洗濯には苦労させられているもので・・・。ぼくは洗濯機を回したあと、特に汚れたところだけ手で洗ってるんですよ」

大橋「こちら、まめでいらっしゃるから」

横山「うちのも少しは若杉さんを見習ってほしいわ」

杉村「あら、それは汚れた順にどんどん捨ててしまうのよ。Tシャツなんて安いもんでしょう。スーパーのバーゲンに行けば千円札1枚で2枚から3枚買えますからね」

若杉「(つぶやく)メイド・イン・コーリアのね・・・(全員注目)」

杉村「え、何かおっしゃいました?」

若杉「うちじゃできるだけきれいに洗って、小さくなったら知り合いの子にあげたりしています」

横山「まあ、でもこんなに物が豊富なんかからそんなことする必要ないんじゃありませんか?」

杉村「子どもだってお古はいやに決まってるわ」

国枝「でも、最近の子どもたちはとっても物を粗末にするんです。靴下やハンカチの落し物なんか、「これ誰の?」って聞いても自分のものかどうかもわからないんです。大人が物を大切にしなくては、子どもも物の大切さがわからないんじゃないでしょうか」(一瞬、気まずさが流れる)

長嶋「(取り繕うように)私も子どもにとって泥遊びが必要なことはわかっています。最近、無気力でノイローゼ気味の大学生が増えているそうなのですが、いろんな治療をしても効果がないので、なんと大学生たちに泥んこ遊びとママゴト遊びをやらせてみたのだそうです。すると、みんなが夢中になって遊んで、1,2ヶ月もすると少しずつやる気が出てきたというんですねえ。その大学生たちは本来子どもの時に経験しておくべきそのような遊びを省略して大きくなってしまったので、それをやり直す必要があったのでしょうね。
 ですから、あんまり小さいうちから勉強ばかりさせると、大学生になって落ちこぼれてしまう可能性もあるのです。子どもの成長のバランスをとるためには泥んこ遊びも不可欠だというわけです」

大橋「さすが教育のご専門でいらっしゃいますわ」

横山「でも、子どもは大学生になって落ちこぼれないためにとか、成長のバランスをとるために泥んこ遊びをするわけじゃないんじゃないの?」

国枝「そうですね。子どもは泥んこ遊びが好きで面白いからやるんですよね」

大橋「いいことを思いついたわ。このオンボロクラブのかわりに立派な児童館をドーンと建てて、その屋上に土を入れた一角を作って、泥んこ遊びのコーナーにしたらいいんじゃない?」

若杉「しかし、そりゃあちょっと・・・。やっぱりぼくは自然に泥んこ遊びのできるこの学童クラブが最高だと思いますな」

横山「(強く)でも、いくらなんでもこの建物はひどすぎるんじゃありませんか? 私なんて最初見た時、ここはてっきり物置だと思って、学童クラブは一体どこにあるのかと探してしまいました。そしたらこの物置がそうだというじゃありませんか。驚きましたわ」

杉村「本当に子どもをこんなオンボロの山小屋みたいなとこ、通わすなんて、親として忍びないですね。せめてトイレぐらい水洗にしてもらわなくちゃ割があいませんよ。今どき、こんな不潔な汲み取りなんて」

国枝「でも、あの、毎日きれいにそうじしてますし、くさくもありませんよ」

長嶋「先生たちのそうじの仕方が悪いって言ってるんじゃありません。いくらきれいにそうじしてたって、汲み取りトイレ自体が不潔なんです」

国枝「(今まではっきりした反対意見は言わなかったが、今の長嶋の言い方にさすがにカッとして)じゃあ、水洗にすれば清潔だとでもおっしゃるんですか。汚いものはサーっと水に流して下水処理場へ。でも、下水処理場なんて言いますけどザルで水すくってるようなもので、ほとんど海に垂れ流しているんですよ」

長嶋「じゃあ、先生はくみ取りがいいとでもおっしゃるんですか。不潔だとお思いになりませんの?」

綿貫「(場をとりなすように)そりゃあ、自分の家のことだけ考えれば水洗の方が清潔みたいですけど、もっと広い目で見ればどっちだどうかわからないという気がしますが」

横山「(窓の外を見て)あら、雨だわ。大変! 洗濯物が出しっぱなし。子どもに電話して入れさせなくちゃ。先生、電話、お借りしますよ。(別室へ去る)」

杉村「横山さんちも乾燥機を買えばいいのに。(つぶやく)」

長嶋「綿貫先生はどうお思いになります?」

綿貫「私は単純に言って、水洗の方がいいと思いますけど・・・。でも、初めは気になりましたけど、「住めば都」で・・・。でも、こわがっている子どもがいるならかわいそうだと思うし・・・(などとはっきりしない)」

長嶋「(決めつけて)やっぱり水洗の方がいいでしょう? じゃあ国枝先生におたずねしますけど、水洗に反対して、それでどうすればいいとお考えなんですか。今の時代に東京で、こえだめを作って肥料にするっておっしゃるんじゃないでしょう。畑もないのに(鼻で笑って)」

国枝「それは無理なことはわかりますけど・・・」

長嶋「無理なんですよ。野菜だって、今に全部工場でできる時代が来るんですよ」

若杉「工場でできた野菜を食べるなんてこの世の終わりだなあ・・・。(つぶやく)」

横山「(駆け込んでくる)先生、うちの子は私が電話する前に、自分で洗濯物を取り入れたんですって! 感激だわ。あの子も大きくなったんですねえ」

国枝「まあそうですか。よかったわねえ」

若杉「乾燥機があったら、この感激はありませんでしたね」

長嶋「話を中断させないで下さい。失礼じゃないですか」

横山「すみません。あんまりうれしかったんでつい興奮しちゃって」

長嶋「ですから(強調して)この文明の発達した時代に、土を耕して、こやしをやって、汗を流して農作物を作るなんて、じきに時代遅れになるんです。ましてや汲み取りトイレなんて。それに・・・そうだわ。汲み取りの仕事をしている人のことも考えてごらんなさいよ。大変な仕事ですよ。だから汲み取りトイレなんて早くなくして全部水洗にすればいいんです」

若杉「そうかなあ。自分で出したものの始末も自分でしなくなったら、人間、ますます思い上がりがひどくなると僕は思うがなあ」

長嶋「(若杉の言葉を無視して)汲み取りはもちろんのこと、農業みたいな第一次産業とか、第二次産業とか、知性のいらない単純な肉体労働なんて、汚ないだけだし疲れるだけだし、ない方がいいんですよ。これからの時代は肉体労働なんてみんなロボットにやらせて、それをコンピュータで管理して、汚ない物はボタン一つで水に流す。野菜でも何でも清潔なオートメーションの工場でロボットが作って、人間は自分の手を汚さず、無駄な汗も流さず、知的な労働だけして、教養や趣味に生きる。これこそが最も人間らしい生き方じゃないですか」

綿貫「でも・・・(ひと間)私の友だちに牧場をやっている人がいて、その人の牧場のとなりに、最新設備のロボット工場があるのです。そのため、牧場にロボットを入れている所もあって、ロボットがサイロに草をつめる仕事をしているのだそうです。そして人間は何をするかというと、一日中ロボットを見張っていて、草がからまったら取ってやるんだそうです。そうするとロボットがまた動き出す。彼はそういうのがいやで、自分で汗を流してサイロに草をつめたり、牛の世話を手仕事でやったりしています」

若杉「なるほどねえ」

横山「その人はちょっと変ってるんじゃない。私なんか農家の出身だけど小さい時から父や母が苦労しているのを見てるから、自分が農業やりたいなんて全然思わないわ」

大橋「そうよね、あんな苦労を好き好んでする人の気がしれないわ」

長嶋「綿貫先生の話のような人は変わってるんですよ。私はやっぱり汲み取りトイレはそれ自体「文明の貧困」であると思います。水洗トイレの普及率はその国、その地方の文化の発展度のバロメーターなんです」

国枝「(あっけにとられる)「文明の貧困」ですか」

若杉(ハエを眼で追う。皆が気づく)

杉村「まっ、ハエ、ハエですわ」

若杉「このごろめったに見かけなくなりましたなあ。はっはっは」

横山「いやねえ、やっぱりトイレが汲み取りだと・・・」

大橋「ウジがわくんですね、ああ、いやいや」

(この間に綿貫がキンチョールなどを持ち出し、ハエを追う)。

若杉「ぼくが子どものころはよくのぞいたもんです。なつかしいな」

長嶋「やめて下さい!」

若杉「いいじゃないですか。男の子にとってはおもしろい見ものでしたよ」

横山「まあー、でも汲み取りはね(あぶない)。水洗トイレは下に落ちる心配ないでしょ。どんなに小さい子どもだって水に流されて排水管につまったなんて話、聞きませんわ。私が子どもの頃なんか、夜、トイレに行く時なんて、ランプ持って、こうやって前において・・・(思わずみぶり)電気なんかきていませんでしたからね。あんまり長いんで親が心配して身に来たら、ランプだけついていて、だーれもいなかったんです・・・」

(ちょっとした間)

杉村「で、どうなったの?! まさか溺れたってわけじゃ・・・キャ!(口をおさえる)

大橋「いやだあ・・・ハハハ」

横山「モグモグしてるところを救われて・・・あっ、いえ、これ、聞いた話よ! 私のことじゃないんです、決して」

若杉「ハハハ、貴重な体験ですね、うらやましい」

横山「若杉さん」

若杉「ランプ生活が、ですよ。あれは停電の心配がなくていい。トイレも又しかり。汲み取り式は人が、いや物が落ちても拾えるが、水洗は・・・。(自分でも矛盾に気づき)まあ、流されたら一巻のおしまい。より便利なものは、より不便を生ずる便所ですね、まさに。ハハハ(受けない)」

杉村「サロペットなんかはいてると、胸のポケットにあれこれつっこむでしょう。(身振り)脱ぐとこうなるから、持ってるお金全部落としちゃって! 仕方ないから汲み取り口あけて、長い棒の先に柄杓をしばりつけて・・・こう・・・。きれいに洗って干したんだけど、もう大変だったのよ」

(杉村の嘆いている様子に一同大笑い)

長嶋「でもね、私のいなかじゃそういうお金は神棚にあげて大事にしたんですよ。「運がつく」って」

杉村「なるほどねえ。(多いに感心している)」

横山「あら、人が落ちたら「運のつき」よ」(一同大騒ぎ)

大橋「私のいなか、農家なんだけど、トイレが二つあったのね。一つはどういうわけか家族は使わないで、お客さん用だったわけ。そうすると・・・」

若杉「小便ばかりで、たまに使うとピッチャーンとおつりがくる」

大橋「わかるう! それがやで、朝なんか戦争よ。いつも兄に先を越されて・・・」

国枝「そう言えば、私の子どもの頃は、汲み取りトイレに杉の葉っぱなんか入れてはねないように工夫していたわね。紙も新聞紙を使っていて、トイレに入った時、それを読んでから使っていたっけ。トイレの下の方に小さい窓があって、そこだけ明るくて、いつもその明るいところで新聞を読んでいたの。私が新聞読むのが好きになったのも、そんなことが関係してるのかもしれないわ」

長嶋「そういう思い出は私たちの世代ならだれにでもあると思います。お話伺いながら考えたんですけどね。これはさきほどから出されているようなむずかしい考え方の問題ではないんじゃないかしら。単なる衛生観念の問題ですよ。だって、ハエが出てくる汲み取りの方が衛生的だなんて誰も言えませんでしょ」

大橋「(もう帰りたい一心で)それはそう。いいことはいいこと。そろそろ結論を出すべきなんじゃないかしら」

横山「(大橋が言い出したのでほっとして)先生、大変恐縮ですけど、これから主婦業が・・・」

大橋「(時計を見て)そうそう、スーパー、閉まっちゃうわ」

杉村「ハエみたいに不潔なものはいない方がいいわねえ。それならやっぱりトイレも水洗に。そうでしょう? それでもまだ反対される方、いらっしゃるの?」

国枝「そんなに単純に考えていいんでしょうか」

大橋「衛生的な方がいいにきまってるわ。ねえ、みなさん」

長嶋「杉並でこの学童クラブだけ汲み取りだなんて、親の恥、私たちの恥だわ。父母会で推薦にするように要求しましょうよ」

大橋・横山・杉村「賛成です」

長嶋「(強引に)民主主義の原理にのっとり、多数決で決めていいですね。これは父母会の要求ですから先生方は数に入れなくていいですね」

若杉「衛生的で合理的なものの代わりに何か大切なものをなくさないよう祈りますよ」

長嶋「(むっとして)それでは、この付近の人たちの署名を集めて議会に陳情しましょう。そういうことでいいですね」

一同 拍手

国枝「では今日の保護者会はこれで終わりにしたいと思います。どうも御苦労さまでした」

父母たち、挨拶などして帰る。職員二人残る。

綿貫「でも、本当にこれでよかったのかしら」

国枝「綿貫さんは特に反対じゃなかったんじゃないの?」

綿貫「うん。でも最後の方の長嶋さんの演説聞いてたらなんだか眉唾って気がして・・・」

ふだんから子どもの相手などしてくれて仲の良い用務員、黒須さん登場。ホーキなど持っている。

黒須「なんだかすごくもめてたみたいじゃない。なんの話だったの?」

国枝「あ、黒須さん。いつもこっちの方まではいていただいてすみません」

綿貫「今度、父母会でね、ここのトイレを水洗にしろっていう要求を出すことになったんです」

黒須「そういえば、ここのトイレ、汲み取りだったわね」

国枝「汲み取りはハエがわいて不潔だからダメですって」

綿貫「それがね、普通は水洗の方がいいっていうのが常識でしょ。私も今の今までそれを疑ったこと、なかったんですけど、水洗推進派のお母さんたちの言うことがなんか腑に落ちなくて・・・。それで、一番おもしろかったのが、昔の汲み取りトイレの思い出話だったんです。みんな、その時だけ生き生きしちゃって。なんか変だなあ」

黒須「私の近所では、そうねえ、20年、いやもうちょっと昔かな、近所の農家の人が天秤棒かついでヒシャクもって汲み取りに来てくれて、今と反対に向こうが大根なんかお礼にくれたわよ」

綿貫「へー、そうですか」

国枝「そうそう。農家にとっては貴重な肥料だったのよねえ。それがだんだんきれいな化学肥料になっちゃって・・・」

黒須「なんでも便利になるっていえばそうだけど、どうなんだろうねえ。うちの田舎じゃCTSが来て莫大なお金でみーんな農地売って、御殿みたいなうち、建てたのよ。フカフカのじゅうたんの上に炬燵おいて、シンデレラ・・・えーとシャンデリアの下でいちんちテレビ見てね。でも、うちのおばなんてすっかり老けこんじまってねえ。いくら御殿みたいなうちに住んでも、生き甲斐がないとああなっちまうんだね」

綿貫「CTなんとかって何ですか?」

黒須「石油備蓄基地のことですよ。農家の仕事なんて苦労が多い割に実入りが少なくてね。そればCTS来たもんだから農地売り払って億単位のお金もらって、これで一生働かないですむなんてルンルン気分でね。人間てのは楽ばっかりじゃ生きてらんないもんだわ」

綿貫「考えさせられる話ですね。長嶋さんも今に労働は全部コンピュータがやるみたいに豪語してたけど、この話聞いたらなんて言うでしょうね」

国枝「衛生的だから水洗の方がいいって言えば通りはいいけど、本当にそういうことなのかしら」

綿貫「衛生的だから、便利だからと理由をつけていくと、どんどん進んで行ってきりがない感じ。それが最終的には長嶋さんのあの論に行きつくんだわ。水洗が悪いとは言えない。事実、こんな東京みたいな大都会じゃ、水洗の方が合理的だし、確かに衛生的。(自分に言い聞かせるように)。でも、どっかで歯止めをかけないと・・・。その歯止めをどこにおくかだわ、問題は。(考え込む)」

黒須「なんだかむずかしい話になってきたわね。わたしゃもう年よりだからね。こうくるくると世の中が変わると目が回るんだよ。子どもたちもずいぶん悪くなってるみたいだけど、子どもに罪はないからねえ。世の中の方に罪があるんじゃないのかねえ」

国枝「世の中の方に罪があるとしたら、放っておくわけにはいけないわね。世の中を作っているのは私たち一人一人なんだから。でも、今は水洗か汲み取りかと聞かれれば、大部分の人が何の疑いも持たずに水洗がいいと言う。そしてなんでも便利になればなるほどいいみたいにエスカレートしていく一方。本当に歯止めがない」

綿貫「どうやって歯止めをかければいいんだろう・・・」
(少しの間。ふっきって働きだす)。

黒須「(裏から)あした、ゴミの日ね?」

2人「はーい」


終わり
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by lumokurago | 2009-08-03 00:06 | 昔のミニコミ誌より
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