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「いま多喜二を語る意味―新たな戦争と貧困の時代に」 その1

 8月8日、東京杉並区でノーマ・フィールドさん(日本生まれ、シカゴ大学教授:日本文学・日本文化専攻)の講演会が開かれました。主催は第9条の会・日本ネットです。以下、報告します。

*****

 今日の演題は「いま多喜二を語る意味―新たな戦争と貧困の時代に」ですが、そこに到達するまでにいくつか考えてきたことがあります。タイトルにすると「今こそ主義―希望と怒り」です。主催者から出していただいた質問、なぜ今小林多喜二を研究する気になったのか、戦争と貧困の時代、憲法9条に関する状況には、最後の方にできる限りお答えしたいと思います。その前に来る話も、私はすべて多喜二と関係があると思っています。多喜二の作品を読んだり、多喜二に関係してきた方たちと話し合うことによって自分が発見したことが至るところにあると思います。多喜二が最後だけに出てくるのではないということも念頭に置いていただければと思います。

「広島・長崎とその彼方に」―疎外された「怒り」

 私はシカゴ大学の学生に「広島・長崎とその彼方に」という授業をやっているのですが、「その彼方に」というのは被ばく者というのは世界各地にいるということで、もちろんアメリカにも核実験による被ばく者が多数いるということを強調したいのです。それ以後の劣化ウラン、原発からくる被害などを視野に入れて、「核の時代」というのは我々の時代なんだということを学生たちに意識してほしいのです。

 ある学生がシカゴ大学を卒業してから、マーシャル諸島に行って教員になりました。ご存じのとおりマーシャル諸島の中にビキニ島があります。1954年3月1日、ビキニ島で水爆実験が行われて第五福竜丸が死の灰をあび、杉並の主婦たちが立ち上がって原水爆禁止運動が起こったわけですけれども、3月1日というのはマーシャル諸島でも記念日なのです。

 それについてインタネットで調べていましたら、記念日の名称が変わっているのです。最初はnuclear victims’ day、核被害者の日、それが次には survivors’ day、サバイバーの日、今はいとも簡単に記念日、 remembers’ day といって、被害者もサバイバーも核も省かれてしまって単なる記念日になっている。卒業生から聞いた話では、アメリカ大使が来てマーシャル諸島の人々の勇気と犠牲とを称える日になっていたのです。ひどい言葉を使っているのですが、彼ら彼女たちが自分たちの身を持って人類の自由のために貢献してきたというのが、マーシャル諸島の被ばく体験の記念の仕方なんです。

 年老いた被ばく者たちは日本とは比べ物にならない安い金額の保障しかなく、たいした医療も受けられずにいます。また、日本の占領期と似通ったところがあるのですが、若者たちがアメリカ文化の魅力に毒されていて、やはり植民地支配的な場所ですから、アメリカ人になれたらいいって、高校生が次々と論文に書いてくるんだそうです。つまり、白人、アメリカ人になりたい、格好いい人たちになりたい、お金のある人たちになりたい、自分たちは離れた島に暮らしていて何の未来もないと。そういった大変疎外された状況らしいです。

 まず一つは第五福竜丸の事件が契機になった杉並の原水禁運動の、その現地がどうなっているかということを意識していただきたい。1946年から58年の間に、67回原爆実験が行われています。もちろん被ばく者は多数いるし、認知されているかどうかも非常にあいまいであるし、ビキニ、ロンゲラップといった島々から避難しなければならなかった人たちは永久に自分たちの島に帰ることができない。生活も完全に破壊された。そしてとうとう記念日からも「核」という言葉がはぎとられ、自分たちの怒りから疎外されているわけです。特に、称えられるわけですから、記念日には。

 犠牲が称えられるというのは日本の構造と非常によく似ているのですが、それは自分たちのとりかえしのつかない損害、それに対して怒ることが疎外されている。マーシャル諸島の人たち全体が疎外されている、そのことを一つ念頭に置いておきたいと思います。

 つまり、運動、特に反戦平和の運動の中で「怒り」というのはどういう役割を果たすのか、怒りには危険なものがあるので、怒っていればいいということではないのですが、怒りの場というのがなくなって、意識されていないような気がします。それはあとで議論したいと思います。

続いている原爆の時代

 もう一つ、たまたまなのですが今朝こんなメールをいただきました。アメリカ人の40代の女性で、日本にも入ってきている有名なアニメ映画のサウンドをやっている人がいるんですが、彼女はここ数年来、自分のお母さん―アメリカの核実験にエンジニアとして参加された女性―についてのドキュメンタリー映画を作っています。
 
 そのお母さんは長年患っていらっしゃるのですが、自分が核実験に参加したから身体の具合が悪いんだということはずっと否定してきましたし、娘さんにも秘密にしてきたんですね。被ばく者と秘密というのはつきものですが、何十年も秘密にしてきたことが、あるきっかけがあって母と娘の対話が始まりました。私がマーシャル諸島のことも知っていると思うけどこういうことなんだよね、というメールを出したら、ビキニのことは自分のドキュメンタリーに盛り込むことにしているということで、被災地から誘導する役を果たしたエンジニアの長い取材をしていて、彼が膀胱がんになって、まだ映画は完成していないけれども、急いで送ったら彼は見ることなく先週亡くなってしまったそうです。

 つまりマーシャル諸島では原爆の時代がもろにまだ続いているのです。日本ではそういうことも考えられていないんじゃないかと思います。チェルノブイリとか劣化ウランに関しては日本の皆さんも活発で、たとえばドイツで劣化ウランに関する世界会議があると日本からの代表が最も数が多いそうで、日本の人たちが最も知識もあって活発に活動されているようですが、特に杉並区とマーシャル諸島との連帯も生まれたらいいなと思っています。

つづく
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by lumokurago | 2009-08-19 21:43 | 社会(society)
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