暗川  


写真日記
by lumokurago
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
検索
リンク
ご感想をお寄せ下さいmailto:lumokurago@yahoo.co.jp

嫌がらせコメントは削除させていただきます。

必ずしもリンクするHPの意見、すべてに同調するわけではありません。ご自分で情報を選んでください。

原子力資料情報室

小出裕章非公式まとめ

沖縄タイムス

暗川メインページ
私の下手な絵などを載せています。

杉並裁判の会
私たちの裁判の会です

ポケットに教育基本法の会

「つくる会」教科書裁判支援ネットワーク

もぐのにじいろえにっき
もぐちゃんのページ

プロテア
リリコおばさんの杉並区政ウォッチング

鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
松田まゆみさんのページ

熊野古道の路沿い
鈴さんのページ

風に吹かれてちゅちゃわんじゃ
小笠原父島で農業をやっているサエちゃんのブログ

三宅勝久さんのブログ
杉並区在住のジャーナリスト

カテゴリ
以前の記事
ライフログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

自分を愛するということ

  学童保育分会書記長選のちらしの中の1枚です。

  自分を愛することをやめるとき
  ひとは
  他人を愛することをやめ
  世界を見失ってしまう
  自分がある時
  他人があり
  世界がある

  (吉野弘  「奈々子に」より)

 ー 子どもたちの感性を許容することのできない<時代>ー

  今、時代は急激に変わっています。それも悪い方へ。

  グルメブームだの、ブランド志向だのと言って購買欲を刺激され、あふれかえる<物>の海におぼれ、いい気になっておもしろおかしく暮らしているうちに、坂道をころげおちるように<時代>は右傾化し、管理が極度に強まり、効率化が極限まで追求され、私たち一人一人は自分で物事を考える力、自分を愛する心をどんどん失っていっています。更に、状況に流され、すぐにあきらめて引いていく私たちの弱さが、その傾向を加速度的に進行させています。

  こんな時代にも、子どもたちはみずみずしい感性を持って生まれてきます。

  しかし、<時代>はそんなみずみずしい感性を豊かに包むことはおろか、単に許容することさえできないのです。<時代>は、これでもか、これでもかと子どもたちをいためつけています。

  今、子どもたちの状況に噴出しているさまざまな衝撃的な事件や問題は、みずみずしい感性を<時代>にふさわしいものに変形しようとする抑圧の数々と、子どもたちのそれを守りたいという叫びがせめぎあっているところに起こっているのではないでしょうか。

  私は、ある事件それ自体は痛ましいものであっても、一般的に、そうやって生きることと格闘している子どもたちに共感するものを持っています。それは、自分を愛し、大切にすることのひとつの表明であるからです。

  ー大人の姿を見ている子どもたちー

  学童クラブの職場で、生きること、そして<時代>とたたかっている子どもたちとつきあっている私たちは、今の<時代>の最先端に身を置いているのだという気がします。今の<時代>の空気を真っ先に呼吸し、取り入れ、反応をかえしてくるのは、なんといっても感性のみずみずしい子どもたちなのですから。

  私はそのような職場にいる者として、いつも<時代>をみつめ、状況をできるだけ正確に捉えて、子どもたちと共にたたかっていきたいとおもっています。そして、私たちがたたかうとは、基本的に、、今いる自分の場所でたたかうことであり、それはまず第一に、自分たちが働きやすい職場を作ることです。

  今の世の中には、どんなに非人間的なことがあっても、「仕方がない」と現実に追従し、あきらめていくムードが蔓延しています。それは私たちがどんどん人間らしさを失っていくことです。そんな大人の姿を子どもたちは、くもりのない目で見ているのです。

  人間ならば誰しもが持っているはずの思いーー少しでも幸福で人間らしい世の中を作っていきたいーー、しかし今は、そんな考えはむしろ、「クライ」「ダサイ」とするような風潮さえあります。私はその風潮は、今の日本の退廃ぶりを 如実に物語るものであると思います。子どもたちはその<退廃>に、未来へつながる道を見いだせずにいて、不安になっているに違いありません。

  「理想と志はどんなに高く持っても高すぎるということはない」ーーある友人の言葉です。

  少しでも幸福で人間らしい世の中を作っていきたいーーみんなが本気で考えて力を出し合えば、決して不可能なことではないと思います。例えば、親たちが全員、自分の場所で働きやすい職場づくりをめざしてたたかうことを、勇気を持って始めたらーー子どもたちはその姿に「未来につながる道」を見いだすのではないでしょうか。

 ー 「未来につながる道」はどこに?ー

  今、子どもたちは必死になってたたかっています。一般に「子どもの荒廃」という言葉でくくられているさまざまな事象は、子どもたちが「こんな世の中には生きられない!」と叫びをあげている姿だと私は捉えています。私はそれが人間として当然の姿だとおもいます。大人たちは感性が古びていて、処世術にたけているから、こんな世の中でもなんとか渡っていっています。しかし、大人よりもはるかに鋭敏な感性を持ち、しかし言葉で意思表示をするという点で未熟な子どもたちは、すべての権力を大人に握られて何もできないまま、彼らのギリギリのところで<荒廃>という形で<時代>に異議申し立てをし、警鐘を送っているのです。

  「未来につながる道」は、私たち一人一人がまず確固たる1人の人間として、自分が自分の主人公となって自分自身の生をまっとうすることから始まると考えます。

  自分を愛すること、自分を大切にすること、これは言葉では簡単ですが、実際には大変むずかしいことだとおもいます、「愛する」とは「信じよう」という気持ちを日々の実践の中で積み上げ、深めていく不断の作業だと思うからです、

  「自分を愛する」ということは、自分の感性を信じよう、信じるに値する感性をつくり、磨き上げよう、そしてそれを何ものにも譲ることなく、泣けることなく大切にしようといういことで、だからこそ他者を愛することよりもむずかしいのです。他者を愛する時は、ただ信じていればいいけれど、自分を愛するためには、信じるに値する自分を不断に点検しながら作り上げていかなければならないからです。しかし、また、自分を愛することのできない人間が、他者を愛することができるはずはありません。

  吉野弘は冒頭の詩をこんな言葉でしめくくっています。

  お前にあげたいものは
  香りのよい健康と
  かちとるにむずかしく
  はぐくむにむずかしい
  自分を愛する心だ。

  私はこれを自分に贈られた言葉だと思い、ともすれば状況に流され、自分を失い、卑屈になっていく自分にいつも言い聞かせて、「自分を愛する心」を求め続けています。

  そしていうまでもなく、この言葉は、あなたに贈られたものでもあり、私が子どもたちに贈りたい言葉でもあります。最上の愛をもって。

*****

1988年10月14日付。つまり今から22年前。ため息が出ますね。
[PR]

by lumokurago | 2010-03-02 15:03 | 昔のミニコミ誌より
<< 私が<未来>を語るなら 大ごちそう >>