暗川  


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泊岩の思い出

  妙高の裏山に、金山とか天狗原山というあまり人に知られていない山々があります。数年前の夏、夏のアルプスの混雑を避けてその山々に出かけました。こちらは有名な笹が峰牧場でバスを降りて林道をたどり、いざ山道に入ると、それは山慣れているはずの私たちでさえもうす気味悪くなるほどの、背丈よりも高いウドの大木の生い茂る中の、道とも言えないほんの踏み跡なのでした。それでも初めの頃は、人気の全くない原始のままの草原(ヤブ)に気をよくして、いい気になっておりました。しかし、それはつかの間の夢なのでありました。

  地獄谷という谷川に出た頃から、空には灰色の雲が重くたちこめ、また地獄谷はその名の通り冷たさのあまり湯気まであげているほどで、その谷を靴を脱いで渡らなければならないとわかった時には、さすがの私たちにも不安の陰が忍び寄ってくるのでした。それにその水の冷たさったら! はだしで渡り終えたら、足は真っ赤になり、身体中がシンシンと冷えてきて、行く手に広がるヤブまたヤブに一挙に心細さを増幅させられたのです。

  ヤブの中に、1年に何人くらい通るのか知りませんが、なんとなく人の通った気配があるので、それだけをたよりに進んでいきます。唯一の慰みはサンカヨウという高山植物の青い実。それは食べられるので、一粒、二粒と摘んでは口に入れ、甘酸っぱい味を楽しみます。けれどもそれも珍しがることのできた初めのうちだけ。なんとなれば、行けども行けどもヤブとサンカヨウが現われるばかりなのです。まるで妖精の輪の中に入ってしまい、たぶらかされているよう。薄情なもので、もう原始のままの草原もどうでもよくなり、早く今夜の宿泊地、泊岩に着きたいとひたすら歩くのみ。

  そんなふうに歩き続けること数時間、やっと峠とおぼしき所に出ました。しかし視界は少しは開けたものの、まわり中がヤブで泊岩は一体どっちの方角なのか見当もつきません。ヤブばかりで「神様の言う通り」と棒をたおしてみる場所もないので、これが最後の神頼みをすることもかなわず、やぶれかぶれに、えい、こっちだ、とばかりにヤブをこいで進んでみると、ヤッホー、あったのです。突然視界が開けて畳3畳ほどの空き地があり、右手に赤さびのついたブリキの戸板、その上にかすんだ文字で「泊岩」と。ああ、ほっとしました。これで今夜の寝床にありつけた。今、地図上のどこにいるのかもはっきりわかった。一安心。

  ところが、ところが、「泊岩」なんて名前はいかにもロマンチックだけれど、現物は洞窟の入り口にブリキの戸板をたてかけただけの代物だったのです。もっとも以前はちゃんとした小屋風のものだったらしいことは推測に難くないのですが、今は古代の遺跡を見るようなもの、なにぶん荒れ果てていて、当時の人が見ればおそらく見る影もないという風な有様なのです。

  まあ、その中でも、なんとかごはんを作って食べて、シュラフ(寝袋)にもぐり込みました。ところが、またしてもところが、「人間がねぐらに選べば蚊も選ぶ」なんて格言はないけど、洞窟の中は蚊のねぐらでもあるらしく、顔中にまとわりつくことおびただし。「飛んで火にいる夏の虫」の原理を応用しようとろうそくをつけてみても、飛んでろうそくの火に入る蚊もいるけれど、なにしろ全体の数がそれを完全に上回って尚余りあるほど。とんだ「焼け石に水」ならぬ「蚊にろうそくの火」でした。

  そこで今度は自衛手段を講じ、タオルで顔をおおってみたけど、暑苦しくて我慢できない。結局、一晩中蚊を殺し続けて明けてしまったのです。人のいないところに住んでいる蚊らしく人慣れしていないので、顔に止まったところに手をやると、逃げるそぶりも見せず、実にあっけなく捕まってしまうのです。一晩中に殺した蚊はたぶん何百匹、いや何千匹かな。平和に暮らしていた蚊にとってはとんだ闖入者でした。

  それでもようやく朝が来て、蚊の大群から逃れることができました。外に出ると夏山独特の透き徹った冷気と共に、はるか雲海の彼方に白馬連山がうす青く浮かんでいました 。やっぱり山はいいなと思う瞬間です。そして出発して数分、驚きました。びっくり仰天、人がいたのです。こんな朝早くにここにいるなんて、朝登ってきたにしてはおかしいし、それではどこに泊まったのだろうと聞いてみると、なんと泊岩を見つけられずに野宿したとのこと。おお、私たちは蚊と一緒のねぐらでも、雨露をしのげる宿をみつけられて、まだ幸運だったのでした。本当によくッ見つけたことぞ、あんなヤブの中から。この時、初めて一夜を過ごさせてもらった泊岩に懐かしさを感じ、昨夜はあんなに恨んだ蚊の大群にさえも、同じ泊岩の住人として一種の親しみが生まれてきたのです。

  もし、もう一度あの山に行くことがあったとしても、あの泊岩は見つけられないかもしれないという気がします。それほどヤブは生い茂っていたのです。なにか、あのサンカヨウの中を歩いていた頃から、妖精の輪の中にはまってしまったような気がしていたのは、やはり当たっていたのかもしれません。そう考えると、あの泊岩がもう二度と見つけられない世界にある夢だったような気がして、不思議に懐かしくなるのです。

(「もっこ橋」第19号より  1981.7.10)
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by lumokurago | 2010-03-12 19:33 | 昔のミニコミ誌より
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