暗川  


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Yちゃんの笑顔から

Yちゃんの笑顔から 『暗川』第5号 1985.7.1 より

 昨年9月まで、宮前学童クラブにはYちゃんという、いわゆる「障害児」がいました。Yちゃんは犬が大好きで、クラブのお向かいの保坂さんちのハナをはじめ、久我寺の茶色の毛のふさふさした犬や近所の犬のいる家を覚えていて、しばしばそれらの犬のところに行ってしまうのです。Yちゃんがクラブを抜け出して犬のところへ行くのは、大人が忙しくてかまってやれないときが多いので、必然的に職員一人が休暇をとって、残った一人が一人勤務になっているときは要注意なわけです。ところがそういうときはまた、一人でてんてこまいしているときでもあるので、Yちゃんがいなくなったことに気がつかないことがあります。

 いつだったか私が一人勤務の日、帰る時間になって子どもたちを呼び集めたところ、Yちゃんがいなかったことがあります。「おやつの時間にはたしかにいたのに・・・」と、あわてて外に飛び出しました。保坂さんちにはいない! じゃ、久我寺!と走って行ってみると、いました! 「Yちゃん、どうしたの?」と飛んでいくと、「犬、かわいいでしょ・・・」と例のおっとりした口調でニコニコして言うのです。「まったくこちらの気も知らず」と思いつつ、Yちゃんのあまりのかわいさに、「黙って外に出ちゃダメじゃない」と言う代わりに「そうだね」とか言ってしばらくつき合ってしまうのです。

 そして数分後・・・「ねえ、Yちゃん。クラブに来てるときは黙って外に出ちゃいけないんだよ」「うん」「もうおかえりだから帰ろう」・・・まずは言い聞かせることから始めます。でもYちゃんはこういうとき、てこでも動かないんです。それで次におだて、すかし、なきおとし、あらゆる戦術を駆使してクラブに連れ戻そうとします。でもダメ。「ね、Yちゃん、今日、ワキセンお休みでナベセン一人でしょ。みんなもうお帰りだからクラブに戻らなくちゃ」・・・こんな理屈はYちゃんには通用しない。「犬、かわいいでしょ」、「ね、マルみたい」(マルとはYちゃんちの犬)、そればっかり。こちらはとっくに5時も過ぎただろうし、残してきた子どもらはなにかやらかしてないか、早く帰さなくちゃと気がせくばかり。そこを抑えて、「ね、Yちゃん、もうすぐお母さんお迎えにくるよ。Yちゃんは犬とお母さんとどっちが好き?」「お母さん」という答えがでたところで、「じゃあ」とクラブに連れ戻そうというもくろみで私は聞きます。するとYちゃんはとっておきの最上の魅力的な笑顔を見せて、「なんでそんなきまったこときくの?」と言外に匂わせながら答えたのです。「犬!」と。愚問でした。

 ところで1979年に養護学校が義務化されたことをみなさんはご存じでしょうか。これは今まで就学免除になっていたような重症心身「障害児」も学校に行けるようにするという大義名分の裏に、子どもたちを幼いうちから選別して「障害児」は社会の役に立たぬ者として排除するという大変な問題をもつものです。そして、養護学校義務化にともない、時期が早められた就学時健診が、実は小学校に入るための入学試験なのだということは、あまり知られていないように思われます。就学時健診の結果によって「障害」をもつ子どもたちは否応なく普通学級から追い出され、特殊学級・養護学校(現在では「特別支援学級・学校=おためごかしの命名」へとふりわけられていくのです。「障害児」にはその子の「障害」に合ったスペシャル教育が必要だから、普通学級で「お客さん」でいるよりも、特殊学級・養護学校に行ったほうがずっとその子の能力を伸ばせるという意見の人もいます。

 たしかに「障害児」にはその子に合ったスペシャル教育が必要でしょう。でもそれが「その子に合った」ということで言えば、程度、内容はさまざまであれ「障害児」にかぎらずすべての子に言えることだと思います。残念ながら現在では画一化された教育しか行われていませんが。ここで見逃してはならないことは、現在では特殊学級・養護学校が単に「その子に合ったスペシャル教育の場」としてとらえるのではなく、「ふつうの子についていけないダメな子のいくところ」として厳然たる差別意識のなかでしかとらえられていないということです。

 なぜ「障害児・者」は差別されるのでしょうか。以前読んだ井上ひさし氏の『十二人の手紙』という本のなかにこんな場面がありました。「障害者」の作業所で洗濯バサミを作っているのです。そこでは最初、どの人にもその人の生産高にかかわりなく同じだけの給料を払っていたのですが、「障害」の軽い人から「自分は『障害』の重い××さんよりたくさんの洗濯バサミを作っているのに××さんと給料が同額だというのは不公平だ」という苦情がでました。しかし、ある人が言うのです。「『障害』の軽い人が重い人よりたくさん作れるのは当然だ。その生産高にかかわらず軽い人も重い人もそれだけ作るのに同じだけの汗を流しているのだから同じ給料にすべきだ」と。「障害」の軽い人は軽い人で、その人の能力を全部発揮してたくさんの洗濯バサミを作った。重い人もまた、その人の能力を全部発揮して少しの洗濯バサミを作った。それぞれにその人のもつ能力をすべて発揮して作ったのだ。大事なのはそのことだと思います。

 現在の社会では洗濯バサミの生産高によって給料に差がつけられています。たくさん作れる人の方が人間として優秀だからでしょうか。違います。ただ、現在の社会が利潤追求を第一目的とする資本主義社会で、いかに効率よく生産を上げるかだけが唯一最大の価値とされているからなのです。だから、「障害児・者」のように明らかに非効率的な者は、社会の役に立たぬ者として差別・排除されているのです。

 でもよく考えてみて下さい。効率ばかりを善とし、生産を上げることに血まなこになっているこの社会に、その見返りとしていったい何が起こっているでしょうか。公害(これは直接的な弊害です)、子どもたちの心の荒廃(これは物質的な豊かさのみを善とする社会を一因としているのではないでしょうか)、地球規模での緑の破壊、土地の砂漠化、その他自然環境問題、そして「北」の「繁栄」とは裏腹に全人類の四分の三を占める「南」の飢餓、等々。物質的な豊かさ、そして効率を唯一の物差しとする価値観はいまや自ら破綻しているのです。

 現代を象徴する現象の一つとして「価値観の多様化」ということがよく言われます。しかし日高六郎氏は『戦後思想を考える』(1980岩波新書)という本のなかで「価値の多様化とはボーナスで車を買うか、クーラーを買うか、貯金にまわすか、というところでの多様化にすぎない。むしろ意識の底では経済至上主義という価値の画一化こそが進行している」と述べています。

 そのような状況のなかで、人間の「幸せ」の価値も画一化されてきていると思います。「幸せ」のカタログがあって、それをパラパラめくると、マイホーム、マイカーなどの商品の美しい写真と共に、「子どもが一流大学に入る」「休日には一家そろってドライブ」などの項目があり、さらには主婦のためのカルチャーセンターの講座目録、設備の整った立派な区民センターでの趣味の会案内、若い女性のための結婚相手の探し方などが目に飛び込んできます。現在は「幸せ」さえもがレディメイド。生まれたときからレールが敷かれていて、決められた終着駅に我先にと突っ走るのみ。いつもいつも他人の目を気にして「みんな」からはずれることを恐れながら。

 しかし私は「幸せ」に一般的な基準なんてあり得ないと思います。だれもが自分らしさをもったかけがえのないいのちであることを考えると、「幸せ」の形もまた一人ひとりさまざまなのではないでしょうか。私は人間のほんとうの幸せとは、その人が身も心も解放されて、自己表現できることにつきると思います。それが他人から評価されなくても、その人にとって価値のあることならそれでいいのだと思います。いいえ、そういう人間同士ならばお互いに共感し合えるのではないでしょうか。

 「障害児・者」はレディメイドの「幸せ」からはほど遠いところにいるでしょう。一生を寝たきりで他人の世話にならなければ生きていけない人もいます。しかし、人間である限り、なんらかの形で自己表現していると思います。それは言葉や文章や絵画などではないかもしれない。むしろ体全体で表現するものかもしれない。冒頭に書いた犬の好きなYちゃんは、言葉で表現することはあまり得意ではないけれど、彼女の表情は言葉より以上に自分を表現した美しいものでした。言葉で表現することと体全体で表現することのどちらが価値があるかなんてとても言えないことだと思います。

 そのような「健常者」とは一味違った表現をする「障害児・者」とつき合うことは「健常者」にとって、狭い世界を広げ、感受性を開かせてくれることにもなると思います。しかし、現在一般社会で通用している物差しのみで生きているのでは、彼らと共感し、共に生きることはできないでしょう。彼らはその物差しでははかれない価値をもつ存在だからです。

 非常に残念なことに、今度学童クラブでも養護学校義務化と同じことが制度化されることになりました。学童クラブ入会にあたって、まず面接でその子に「障害」があると疑われた場合は、関係資料を集め、審査会を開きます。そこでその子のクラブ入会の可否と職員加配の要不要について決定するのです。これがもし、入会を希望した子をその「障害」の程度にかかわりなく、全員受け入れるという前提があり、職員加配の要不要と、その子への特別な配慮についてのみ相談するものであればなんら問題はないのですが、一定の程度よりも重い「障害児」は切るという性格をもつものである以上、れっきとした差別・選別の機関であることは明らかです。

 学童クラブは放課後の保護に欠ける児童を預かるためのものであるから、保護に欠ける児童であれば「健常児」だろうが「障害児」だろうが、わけへだてなく受け入れるべきであると思います。そして、「障害児」をその「障害」の程度によって切り捨てることなく、「健常児」と同じように集団のなかで育ってゆくこと、地域のなかであたりまえの生活をすることを保障すべきであると思います。

 今まで日本の社会ではこのことがなされていなかったため、私たちは身近に「障害者」の友人をもつこともありませんでした。そのために「障害者」に対して無知と偏見しかもたず、差別が再生産されてきました。それは「障害者」にとっても「健常者」と呼ばれる私たち自身にとっても、大変不幸なことだったと思います。

 人間には背の高い人、低い人、ふとった人、やせた人がいるように、足が不自由な人、手が不自由な人、言葉が不自由な人、精神的に閉じこもってしまう人などがいます。この社会では後者を特に「障害者」と呼び、前者と区別しているわけですが、私は後者も前者と同様に人間の自然な状態に含まれると思います。そう考えれば、特に後者を「障害者」と呼び特別な施設に収容せずとも、地域で一緒に生活することがごく自然なことであると思います。学校においても地域の子がみんな通えるところとし、そのなかで「障害児」にかぎらず「健常児」のためにもその子に合わせて自由自在に変えられるクラス編成やカリキュラムが組まれれば、ごく自然に一緒に暮らすことができると思います。

 (もとは宮前学童クラブの文集に載せたもの)
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by lumokurago | 2010-06-02 17:52 | 昔のミニコミ誌より
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