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「精神療法面接のコツ」 (神田橋條治)

 今日は松下竜一さんはお休みして、まったく別の領域から・・・。でも同じようなことを言ってるんですよ。結局、どんな専門分野でも人間として「同類」の人はいるんですね。精神科医の神田橋條治さんの本より引用します。

 「ヒトから人へと発展した個体はみな、爆発的に拡大したコトバ文化を生きている。しかし、人は依然ヒトでもある。動物としての個体を生きていもいる。そして、二つの生きかた間の矛盾の結末として、本来枝葉であるコトバ文化が、しばしば母屋である生体を侵害している。そのとき、生体にとって文化は癌腫である。ちなみに、もし他の生物が口をきけたらきっと、『ヒトって、地球に生えた癌ネ』と言うのではないだろうか。

 近年、世界中で湧きあがっている自然保護運動と『身体』への関心の高まりとは、同じ起源をもっているのだろう。すなわち、コトバ文化の跋扈への生体からの危機感、の表明である。しかし、戦いの場では、新しいものが古いものを圧殺するのが常である。自然保護の運動に勝ち目はないだろう。そして、新しく生じたものが、自己の源である古いものを圧殺しおえた時が、新しいものの滅亡のスタートであるというのも、癌の場合に限らず、われわれが見聞きするすべての事象に共通する鉄則である。古いものは新しいものを支えている存在であるからである。新しいものが生き残るには、古いものを自己の一部として大幅に取り込み保存するしかない。
 
 はたして、いまからでも間に合うものかどうか、わたくしには分からない。ただ、癌の場合と異なり、地球環境の悪化の結果、人類は比較的早い時点で消滅する。その時点で地球環境のさらなる悪化は停止し、地球に具わっている自然治癒力が事態を好転させるであろうと期待できることが、せめてもの心の安らぎである」

 (「対話的精神療法の進め方 その1『抱え環境の育成』について述べているなかで・・・。『抱え環境』とは純粋の外界ではなく、主体(患者)と外界との関係のこと)「現在の環境が、抱え環境として望ましくない環境であるさいは当然、望ましい方向へ環境を改変する努力がなされるだろう。そのとき、精神療法にとって最も根源的な問いが生じる。すなわち、抱え環境をしつらえることが治癒にとって最も基本的方策であり、なかでも外部環境を整備するのが、生体への負荷の最も少ない理想的な方策であることは確かなのだから、癒しの作業における最良の方策は、外部環境の改善すなわち社会改革である。それをなおざりにして、個人のいわゆる内的世界の改変や外部環境への適応法の改善を目指す精神療法は、個人を体制に順応させることを指向する、馴致・洗脳の一種ではないか、との問題提起である。

 わたくしは、この告発は正当なものであると思う。そして精神療法というものの本質の少なくとも一部分として、体制への妥協、屈服、迎合の姿勢があると考える。そのように受け入れたのち、実際の治療対話の場に望んでみると、実は、一人の患者のなかに、体制への迎合の志向と反発の志向が、入れ混じり化合して存在していることが見えてくる。内省精神療法で明らかになってくる葛藤の実態は、このせめぎあいの構図であることが多い。とはいえ、それら葛藤する力の双方は共につまるところ、いのちのわがまま性の種々のありように過ぎない。治療者であるわたくしたちの作業としては、体制への迎合の志向と反発の志向とが充分にのびのびと葛藤できるように配慮することが望ましい。終極には、その個体のいのちのわがまま性が、わがままに選択をするはずである。したがって、対話精神療法において、このテーマが登場することは、特別に歓迎すべきことである。そして、外部環境を改変したい気持ちや改変方法や改変の可能性についての検討をするのが、対話精神療法である。患者の「意欲と能力を引き出す」抱えの技法である。

 しかしこうした検討の対話は、ときとして行動への鼓舞として作用し、結果的に「揺さぶり」の効果を果たしてしまう危険もある。不安定な患者ほどこの危険があるので、第7章で再度とりあげて論じる。いまここで、述べておかねばならないのは、われわれの人生において、環境を操作し、いのちのわがまま性にあうよう変えてゆくことは不可能な場合が多いという点である。典型的には『老・病・苦・死』がそうである。そもそも人が内省するのは、外部環境の捜査が滑らかにゆかぬ、あるいはできなかったときが多い。一種の退却である。そして退却した位置から状況全般を見直そうとしているのである。したがって、精神療法においての、抱え環境として望ましい外部環境とは、とりあえず退却して事態を見直すためのモラトリアム空間である。抱え環境の育成を最終的な目標としてはならない」

『精神療法面接のコツ』(神田橋條治著 岩崎学術出版社)より
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by lumokurago | 2010-07-21 12:04 | 本(book)
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