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Dr.Aとのメールより 

 脳梗塞で休養、リハビリ中のDr.Aとメル友やってます。だんだん私ひとりで読んでいるのがもったいない内容になってきたので、ここで紹介します。

*****

Dr.Aより  8.2

 前略・・・人間はいつでも死について考え、死の準備をしているのがよいと思います。いつ、どうなるか分かりませんからね。人生は博打と同じで、偶然性が強い。必然ではないということが皆さん分からないのでしょう。

渡辺より  8.3

 前略・・・死は予期できないけれど、人生はどこまでが偶然でどこからが必然なのでしょうか。出会ってきた人たちのことを考えても「こういう人に出会いたい」という意志が偶然を呼んでいるように思います。先日お話しした非浸潤がんの女性が近藤先生のところに行ったとき、(非浸潤がんでも全摘という医者ばかりなので)「ぼくはひとりだから」とおっしゃったそうです。つい笑ってしまいました。網野先生もいらっしゃるから「二人」ですね。

 私が近藤先生を知ったのは「婦人民主新聞」という婦人解放運動の頃からの少数派の新聞を読んでいたからです。むかし、乳房温存療法が大新聞の朝日などに載っても一人とか二人しか受診しなかったそうなので、婦人民主新聞を読んで私が受診したのは非常に効率がよかったということになります。近藤先生とは出会うべくして出会ったと思うし、網野先生もそうですね。日本に(ほとんど)二人しかいないお医者さんと出会ってうれしいですが、それも自分の意志があったから(必然的に見つけた)だと思います。

Dr.Aより  8.3

 偶然か必然かは難しい問題ですね。卵と鶏のどちらが先かという問題に似ていて。一般的に言えることのようですが、世界のどこかで一つの化学物質ができるとあちらこちらで同じものができると言いますね。これは偶然でもあり必然でもあるといえます。要するに同じことを考えている人間は5万といるわけで、自分だけじゃないのですね。

 昔、私が行っていた研究で私は世界で最初だと思っていたのですが、現実には他でも同じことをやっていた。私は教授と上手くいかなくなり、大学をさよならしたのですが、なんとその研究は、他の大学のドクターがきちんと仕上げ、いまではある病気の状態把握に欠かせない検査法となっている。偶然と必然というのはこんなことなのでしょう。
 
 人生についてですと、偶然性が強いように思います。自分の存在そのものが偶然の産物ですから。そして、両親の遺伝子によって性格などが決まり(最近わかりました。性格も親から受け継いだ偶然の産物です)ます。さらに、死へのタイマーがセットされ(受精の瞬間にスイッチオンされているのでしょう)、死に向かって生きるころから偶然性が一層高くなるように思います。社会との相性は偶然が支配しているのでしょうか。

 人生のところどころで行う決断はさいころ博打と同じような感じがします。しかし、似たような性格のもの同士は群れやすいでしょうから、群れる社会現象は必然といえるかもしれませんね。恐らく私と渡辺さんは似たような遺伝子を持っているでしょう。これは偶然だと思います。しかし、一緒に何らかの行動を起こすと必然ということになるのでしょう。

渡辺より  8.4

 先生の口癖「裏街道」の意味が少しわかりました。今までは何が「裏街道」なのかなあと思っていました。私も現場の人間なので、先生の生き方には非常に共感します。というか遺伝子が似てるのでしょうか? 近藤先生はむかしは病棟にいたけど、やはり「現場の人」というよりは「理論の人」なので、遺伝子はそれほど似てないと思います。「同じことを考えている人は五万といる」とのことですが、近藤先生も「近藤理論というのはやめてほしい。同じことを考えていた人は先人にも何人もいます」と言ってたけど、それにしてはいつまでたっても少数派ですね。

 性格が遺伝子によって決まるということがわかったんですか(何か本があれば教えて下さい)。ちょっとびっくりです。といっても、一生のうちには学習によって自分で変えられるところもあると思います。むかし、双子の研究をしていましたよね。私も何組かの双子をみましたが、相対的にみれば似た性格でも、二人を比べればはかなり違っていました。それに遺伝子ですべてが決められてしまうとしたら、努力する気持ちがなくなってしまいます。私が関わっていた親に育てられなかった子どもたちが「生きる力」が育っていないのは、遺伝子による「性格」ではなく、環境的なものであって、後天的なものの影響も否定できないと思います。「性格」と言ってもその人の生きかたのどこまでが入るのか、むずかしいと思います。

 しかし、こわいですねえ。何もかも遺伝子で決められているとしたら、「自分」なんてないということにもなりかねません。主体的に人生に関わっているつもりの「自分」がすべて遺伝子によるものだったなんて。遺伝子解析がすすむと、結婚の相手も遺伝子を解析して選ぶなんていうことになりかねませんね。それで相手とうまくいくとも思えませんが、優秀な子どもを産むためには我慢するのかなあ? 知能も遺伝子が決めているんですか?

Dr.Aより  8.4

 性格と遺伝の関連ですが、何で見たのか忘れてしまったのですが、要はセロトニン代謝の問題でうつ病と同じように脳神経末端で放出されるセロトニンを再取り込みする部分が遺伝的に規定されており、その活性が高いと神経と神経の間の伝達物質であるセロトニンが過剰に取り込まれてしまい、神経が十分に機能しなくなるというのです。セロトニンの神経ルートは脳の深い脊髄に近い部分では性欲に、比較的深い部分では不安やパニック、食欲と関係していますし、脳の前頭葉皮質はうつ病に関係しています。神経質な傾向も説明出来るかもしれません。本にも書いたのですが人間の前頭葉の右側はSADな気分を左側はHAPPYな気分に関係し、大まかに人間はright sider,left siderに分けられるといいます。直接の関係はありませんが、興味がありましたら読んでみるとおもしろいですよ。それはhappinessについて書かれた本で英文ですがあまり難しくなく、参考になりました。Richard Layard著Happiness: lessons from a new science (Penguin books)
ただ、セロトニン代謝については、もっと専門的になりますね。

 話しは変わりますが、双子の研究では、アルツハイマー病の一致率が80%という研究があります。何でも遺伝が強いのですね。なのに個々人の努力と医学に期待するのが今の社会です。あきらめよとは言いませんが、どうしようもないことも多いのです。病気になった人はなぜ自分だけがと思うかもしれませんが、遺伝子の部分でスイッチオンされていたのですね。私も60年以上前に、オンされており、今発症したのです。仕方ありません。だから、倒れても生きるために助け合いが必要だし、社会は福祉を充実させるべきなのです。医療よりも福祉をというのが私の考えです。
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by lumokurago | 2010-08-07 18:33 | Dr.Aとの往復メール
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