暗川  


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Dr.Aとのメールより その3

Dr.Aより  8.6

 うつ病はなぜ悩まないとならないのかが他人には分からないのですね。了解不能というわけです。私の友人もお金も十分あり、素晴らしい家族に囲まれて生活していたのに生きているのが辛かったといいます。今回私が病気になって、具合の悪かった深夜、インターネットで死に場所探しをやっていたといったらよくわかるといっていました。脳梗塞は鬱になる人が多いといいます。わたしもその傾向になっていたのでしょう。気がつくと東京タワーについて調べていました。飛び降りる場所がないかどうかだったのですが、ついでに酒も飲んでいたので、最終的に酔っぱらい寝てしまいました。梗塞はセロトニンルートにも起こったのでしょうね。PTSDもセロトニンルートの障害ということのようですね。

 遺伝の問題ですが、アルツハイマー病ですと、双子の一致率が80%ですから、環境要因は20%ということになるのでしょう。私が考えるに遺伝と環境を比較すると圧倒的に遺伝の方が優勢であると言いたいのですね。人間は進歩を信じているので、変えやすい環境といいたいのでしょうが、私は宿命論者で、遺伝が主であるといいたいのです。私が本当に言いたいことは、為せばなる、ならぬは為さぬという人間の精神主義的考え方に反対だということです。早期発見については障害児の差別につながると考え、障害の早期発見に反対しました。そして、人間は必ず病気になる。必ず死ぬと。これは人間の力じゃどうにもならないと疾病の早期発見にも反対となったわけです。病気、死は個人の努力や環境を変えることで予防はできないとなったのです。ですが、いまや、人間は遺伝子を操作するようになりました。これに期待する人も多いようですが、私は、地球の支配者としての人間の在り方としてはまずいのじゃないか。これこそが究極の自然破壊じゃないのかと反対するわけです。ではまた。

渡辺より  8.7

 死に場所を探していたという話は、私も自分の体験を思い出すとよくわかります。でも自分で自分を殺すには大変なエネルギーがいるので、実行できませんでした。だいたい起きられないのですから。ベッドの隣にボタンを押せば死ねるというものがあれば即死んでいたと思います。元気になればその時の苦しみというのは思いだすこともできないようなものです。圧倒的な苦しみなのだけれど、言葉で表現するのがむずかしいので。セロトニンの不足がそんな状態を引き起こすなんて、ほんとうに人間の身体(脳)というものは不思議です。

 遺伝子と環境について、そうですね。私も本音のところでは先生と同じようなことを考えてきたと思います。でもやはりこれも「タブー」なのでしょう。特に子ども相手の職業では。「為せばなる」ということも嘘だし、努力すれば何でもできるというのも嘘。妹にこの話をしたら、「努力する人というのは努力するという遺伝子があるんじゃないの」と言っていました。(話は変わりますが、「前向きに生きる」のがいいことだという考えにも疑問を持っています。そうできない人もいるし、できない人に無理に押し付けることはないと思います)。

 遺伝子解析が進むと子どもの知的能力がわかってしまい(もうすでにわかるのかな)、学校も能力に応じたところに行けばよいとなって、三浦朱門(元中教審委員)が言ったように「できんものはできんままでけっこう。実直な働き手になればよい」となってしまいます。おそろしいことです。「1984年」にはこんな場面はなかったでしょうか。

 障害児は障害を早期発見され、社会に適応できるように訓練されます。決して差別はなくならないまま。むかし、言語治療士をしている友人が「今の言語治療の仕事は、社会がもっている水準にその子(人)を引き上げよう、引き上げようとばかりしているけれど、私たちが第一にしなければならないことは、こちらからその人たちに近づいていって、ありのままのその人を認めることなのではないか」と言っていました。

 先日、「女の表現ライブ びょうきになること生きること」という催しがあって、私ともう一人のがん患者さん、それに脳梗塞の後遺症で話すことが苦手な人(読む聞くは普通にできる)が出演したのですが、脳梗塞の人は右半身が不自由なため、左手で切り絵を作っています。細かな作業です。私が「いままでやりたいことをやって生きて来たから後悔することはないので死を受け入れられるのだ」というようなことを言ったら、彼女も「同じ」と言っていました。彼女の場合は左脳をやられたので、右脳が活性化された典型的な例だと思います。むかしの彼女をちょっとだけ知っているのですが、本人は「変わっていない」と言うかもしれませんが、私から見れば「もう一人の彼女」になっていて、そのすてきさといったら、脳梗塞にならず、一生を一人のもともとの彼女として生きるよりずっとずっとすばらしいことだと思いました。(でももう一人の知り合いは先生と同じくらいの年で、クモ膜下出血で要介護5になってしまいました。人生はほんとうにわかりません)。

 またまたとりとめもなくなってしまいました。遺伝子操作について書けませんでしたが、先生とはやはり遺伝子が似てるようです。

Dr.Aより  8.7

 こんにちは。検診の問題では、癌検診だけでなく、3歳児検診にも反対しました。長野県に検診教の教祖のような奴がいたのです。3歳でほんの僅かの差を発見し区別してどうするのか疑問でした。この人には多くの保健師が影響を受けていて、検診の本家佐久病院ともくっついている。当然チャンバラになります。私は、人間はパブロフの犬じゃないよと。
 
 決着は私が長野を離れてしばらく経ってからある学会で欠席裁判のようなシンポジウムが行われたそうです。私の友人たちもずいぶん抵抗し頑張ってくれたらしいのですが、私を否定したいと言う県レベルの力が強く多勢に無勢だったそうです。・・・中略・・・しかし、欠席裁判は卑怯ですね。

 ・・・中略・・・遺伝子の操作は長い時間を経て辿りついた現在の自然をあっさりと壊してしまう
感じがします。人間は神の領域には近づかない方が良いと思います。

渡辺より  8.7

 3歳児検診も就学児健診も子どもの健康のためではなく、障害児を発見して振り分けるために行なっているのが問題ですが、世間一般の人はそのことに気づいていないようです。差別者にとって、差別にはどんなに敏感になろうとしても不十分なところがでてきますが、最近は被差別者の感覚も違ってきているようです。「障害児を普通学校に」という運動が、養護学校義務化のときから続けられていますが、これも高齢化する一方で若い親たちの参加がありません。若い親たちは「特別支援」を当たり前だと受け入れ、普通学級に入れようとする人はほとんどいなくなってしまったようです。

 中略・・・
 
 遺伝子操作については同感です。ほんとうに恐ろしいことですね。自然に逆らうといまに天罰が下ると思います。

Dr.Aより   8.8

 前略・・・地域では保健師が乳幼児検診、住民検診に熱心なので困るのですね。彼らに君たちの論理・弁証法は破綻しているといっても通じません。否定の否定は肯定だというが、アドルノが言ったように最初に肯定がある。マイナスの否定すなわちマイナス×マイナス=プラスで数学にも弁証法的進歩があるというのがありましたね。これは反デューリング論だったかもしれません。これは、弁証法の馬鹿げた例です。大昔読んだのですが、ジャック・モノーが偶然と必然という本で批判していました。保健師という職業は不必要です。できもしない住民教育で地域に健康を強要しようとする。それを検診を利用してするわけですね。住民は大迷惑です。ここまで言うと、医師もいらないとなる。大賛成です。必要ないのに国は増やそうとしている。医療性善説は根強いです。国の保健医療行政が悪いのですけどね。
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by lumokurago | 2010-08-09 19:52 | Dr.Aとの往復メール
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