暗川  


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by lumokurago
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Dr.Aとのメールより その5

Dr.Aより 8.11 

 (前略)私の学生時代は左翼運動が吹き荒れたので、その手の本を読む必要がありました。意味もなくただ、議論するためにですが。当時資本論はお手上げで読もうとする気にもなりませんでしたが。長野で暇になってから、少し読み、マルクスの偉大さに多少触れることができました。

 それとフーコーは今の社会を考えるのに参考になりました。ジョージオーウェルの「1984年」は唯一英語で読んだ小説です。反共小説でしたが、それだけでなく現代の監視社会の到来を予言していると思います。彼の「動物農場」は笑わせられますね。労働貴族の正体をよく表現している。左翼の中にはスターリンは駄目だがレーニンは良いと教祖扱いする人がいるのですね。私は反対です。何年か前に、どこかの大学の大学院生にレーニンを研究した人がいて、彼の論文が単行本になったのです。確かに良く書かれていましたが、私の考え方は変わりませんでした。

 人間は左翼の場合、上に立つと労働貴族になってしまう。「動物農場」の豚と同じですね。人間欲望がある限り、御馳走が並べられると食べてしまうのですね。セロトニンの問題です。貴族ですから、ナイフとフォークの使い方も上手になっている。多喜二は確かに立派だったけれども、あっさり転向した人も多かったでしょう。戦後は、御馳走に負けた人が多かったのではないですか。偉そうなことを言っている奴に限って、ブルジョアジーと同じものを好む。高級住宅に住み、高級車に乗る。そういう精神だから貴族になっていくのでしょう。

 多喜二の時代は現代とは違って、特高は怖い存在だったのではないですか。そのなかで、本を書き活動していた。それができたのは、ある種の宗教的精神状況になっていたからでしょう。マルキストとはいえ、命と引き換えじゃできないでしょう。殉教者という気分だったからできたのではないでしょうか。コミュニズムは宗教です。

 宗教はアヘンだと言った人がいましたが、そういう意味ではコミュニズムも同じで、犠牲的精神は尊ばれるのでしょう。そういうところがついていけないのです。それと、こういう匂いは何かと考えると精神主義なのですね。左翼に何か嫌な匂いがすると嗅いで見ると、その正体は精神主義でした。唯物論を唱える人間が実は観念的になっているのですね。そこで、多喜二には悪いが馬鹿じゃないかということになる。精神主義は現在も同じようですね。いろんな労働歌?があるがデモに行っても臭くて歌う気にはなれませんでした。

 長野では、佐久病院が左翼、保健師が左翼でした。健康は検診で精神主義的にもたらされるかのようでした。医師や保健師が犠牲的精神で僻地を駆け巡ると素晴らしいとなる。駆け巡るのは、血液が欲しいからです。それで食っているから吸血鬼と同じですが、彼らは早期発見で助けている気分になっている。お芝居をして、住民を健康主義的に啓蒙する。すべて、左翼の精神主義の為せる業です。

 人間は為さぬよりも為す方が好きなようですね。為らぬじゃだめみたいです。ではまた。無為に過ごす孤独なアナーキストより。

渡辺より  8.12

 (前略)「動物農場」は高校の英語のサイドリーダーで読みました。(中略)その後、「1984年」や「カタロニア賛歌」、スタニスラフ・レムの近未来小説を読みました。1984年から26年も経ってしまいましたが、オブラートに包まれて管理・監視社会が進行しています。

 ところで、共産党なんて「左翼」とは言えないと思います。私の勤める杉並区の児童館学童クラブに人員削減の攻撃がきたとき、現場(分会)では白紙撤回の方針を出したのに、区職上部が区と取引するという方針を出して(こんなにはっきり言ったわけではない)、分会の共産党員やシンパも即いいなりになり、運動をつぶしました。そのときの区職の書記長はその後委員長になり、定年退職後、とっておきのポストに天下りました。共産党に「闘い」なんてありません。職員のはねあがりを抑えて区側にとりいって甘い汁を吸おうというだけです。区の手先であり、労働貴族ですね。労働貴族を使って下っ端を管理しているということにも気づかず(気づいているのでしょうか? 気づいてやっているとすればあんまりですね)、自分たちは闘っているつもりなので、ほんとうにおめでたいです。公明党ばかりでなく共産党も宗教だとむかしから思ってきました。(共産党はべつにマルクス主義ではないと思います。あまりにも低劣すぎです。革命を目指しているなんてちゃんちゃらおかしくて。だから私のまわりの「左翼」が精神主義とはあまり思えません。中核はそうかもしれませんが、共産党はどっちかと言えば日和見主義です。先生の頃とは「時代」が違うのかもしれませんね)。

 多喜二が殉教者という気分だったからできたのではないか、という話はそうなんでしょうね。ドイツにも白バラのシェル兄妹がいました。むかし、私が個人通信を出していたとき、「渡辺さんは白バラになるんじゃないか。そういうときは即転向して」と言われたことがあります。子どものことを書いているだけで政治的なことなど何も書いていなかったのですが、何か犠牲的精神を感じさせ、心配させたのでしょう。ま、普通の人には考えられないほど、のめりこんだり、突き詰めて考えたりするので、まわりの人に心配をかけてしまうのです。いまではそういうところはずいぶんなくなり、鷹揚になりました。

 フーコーに簡単でわかりやすい初心者向けの作品があれば教えてください(そんなのはないでしょうが)。

Dr.Aより  8.12

 こんにちは。要するに現体制を補完する勢力に共産党はなっているのでしょう。議会を重視していることがその現れです。長野では、そういう人たちとドンパチしましたが、私は間接民主主義を否定する過激派であるとレッテルを貼られてしまったのですね。どうせならアナーキストと言ってほしかった。

 共産党員も議員として高給をもらうと、多数決を尊重することになる。体制維持の方へ向かうことになる。いろいろな政党と連合を目指し、政権をとりたいと真剣?に考えているでしょうから、そういう方向で何でも妥協するのですね。あるいは、反対派は排除するでしょう。

 彼等も労働貴族になってしまっていると、精神主義的要素は影を潜めているかもしれない。しかし、まだ貴族になっていない党員は上層部に操られていて精神主義的なのではないかな。そうじゃないとやっていけないのではないですか。あほらしくて。御馳走の代わりに自らの精神を鼓舞するしかないのでしょう。あるいは、いずれ御馳走にありつけると我慢しているのかもしれない。

 検診の問題で共産党系の医療団体の医師と議論したのですが、それを感じました。検診は人民のためにあると思っているようで、かれは人民のために仕事をしていると思っている。有効かどうかという議論にはならない。人民のために行っている検診や医療が無効なはずがないという考えがあるのでしょう。彼がほめたのは私が僻地医だということだけです。こういう彼らの考え方を私は精神主義的と言いたいのですね。恐らく、彼らは私のような立場はプラグマチックであると否定したでしょう。
さて、総じて共産党は、現体制のおいしい汁を吸ってしまったといえます。昔の幻想だった、革命は望めません。望んでいませんけどね。中核も旨い汁を吸わされると同じようになってしまうと思う。性悪説です。人間は動物農場の豚ですからね。(中略)
 
 フーコーの解説本で読みやすいのは桜井という人(たしか都立大の教授だったか)の書いたのが良いかもしれない。それと新潮社から出ているフーコーの訳本も読みやすいと思います。権力の分析がすごいですかね。上から来たなと思っていると、実は下から来ていると言う。現代社会の構造を考えるのに優れていると思います。

渡辺より   8.13

 おはようございます。先生のおっしゃる「精神主義」の意味がわかりました。人民のために検診や医療を行なっていると信じ込んでいる共産党は、それが意味がないなどと言われては、相手に「過激派」のレッテルを貼り、排除するしかないのでしょう。突き詰めれば、「革命のため」を信じ込んで盲目になり、なんでもないことに目くじらを立て仲間を粛清した連合赤軍と同じことだと思います。なぜあそこまでなってしまうのか。「宗教」としか言いようがありません。

 若い(と言っても40代前半・いまどき学生運動にものすごく憧れている)人に「絶対に観て」と言われて若松孝二の映画「連合赤軍」を観ましたが、全然認められませんでした。彼は非常に共感したと言うのですが、私はまったく理解できません、というか嫌悪感だけでした。彼らがあんなことをしたから、私たちがちょっとビラを配るくらいで「過激派」とみられるようになってしまったのだ、と。彼に感想を言うために最後まで観ましたが、暴力がつづく上とても長くて観ているのもつらかったです。なんで誰も止めなかったのでしょう。止めれば自分も粛清されるから・・・でもそれこそ「団結」すれば、数名の指導部に勝てるはずでした。少なくともみんなで逃げるとか。極限状態のなかでそんなことを要求するのが無理なのか。彼らが精神主義の際たるものかもしれません。

 共産党については同感です。でも例の中野共立病院の医者はけっこうまともなことを赤旗(情報収集のため取っていたことがある)の医療欄に書いていました(もしかしたら先生のお知り合いの医者かも?)。ベッドの差額はまったくとらないし、患者や家族に対する対応も非常にまともです。やっぱり本質は「いい人」なんですよね。そこが別の面からみれば困る原因でもあるのですが。

 フーコーの本、「フーコーにしてはわかりやすい」とあった「監獄の誕生」を注文しました。「なぜうつ病の人が増えたのか」と「あなたのなかのDNA」は読み終わりました。ブログに感想を書くつもりです。英語の本はなかなか進みません。
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by lumokurago | 2010-08-17 22:23 | Dr.Aとの往復メール
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