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Dr.Aとのメールより その10

渡辺より   9.2

(前略・中略)また、来週木曜日の(ビデオプレスの)取材、どうぞよろしくお願いします。私も一緒にお伺いします。メールにはたくさん書いてくださっていますが、お医者さんがなりたくない患者になってしまった感想を話していただきたいです。それからお医者さんは患者をおおぜい看取ってきているので、「死」に対する感覚が一般人とは違うと思うのですが、そのあたりもお聞きしたいです。「死」が身近だということが死を受け入れられる大きな要素かなと思うのですが・・・。私もたった二人ですが乳がん患者を看取っているし、父も看取りました。死にゆく人と長い時間つきあったことが自分が死を認められることとつながっていると思います。

Dr.Aより  9.2

 (前略・中略)死は私の場合、日常的出来事になっていますかね。ですので、恐怖感はありません。しかし、最近、刑場をテレビで見せられたときは、不快感を覚えました。あの法務大臣は嫌ですね。結局は死刑に賛成じゃないかと。囚人が残虐な殺人者だったことを理由に挙げていましたね。何のために公開させる必要があったのか。選挙に落ちた腹いせとしか考えられない。

 死は人生の最後に自分のコントロール下で向かっていくものと思っています。それを他人に操作されるのは病人であっても嫌ですね。死ぬ瞬間はわからないにしても。そのとき自由でありたい。変な話になりました。来週またお会いしましょう。

渡辺より  9.3

 (前略・中略)法務大臣は結局、志のない人だったのでしょう。まわりの圧力なのかなんなのか? 網野先生じゃないけど人間の常ですね。こういう場面で志を貫ける人というのはごくごく少ない(ほとんどいない)と思います。だから誰がなっても同じだと思います。(近藤先生は別)。

 死ぬ瞬間に自由であるというのはどういう意味ですか? お医者さんの自由にならないということ? もっと深遠な意味ですか? 今度のインタビューのとき話してください。

Dr.Aより  9.3

 死は生と同じく自分自身のものなので、他人の関与を許すことはできないと考えています。ジャックキボーキアンが自殺装置を作り逮捕されましたが、スイッチは望む本人が押すようになっていたそうです。

 死刑囚にはどうすべきかですが、死について深く考えもせず、安易に国家が殺すことは避けるべきだと考えます。被害者感情に配慮してという話をよく聞きますが、被害者の家族がどうしても殺したいのなら、自らボタンを押すのがよいのではないでしょうか。昔の仇討ちと同じようにです。ボタンを押せないときは終身刑とするのです。囚人も被害者の家族に殺されるのなら納得して死ねるような気がします。

 国家に死刑という自動的な仕組みの存在することが私には不快なのですね。死に方について、良し悪しという基準はないでしょうが、そのとき精神的に自由であるといいと思うのですね。囚人も国家ではなく、被害者の家族に殺されるとわかると精神が開放され、自由度の高い状態で死んでいけるような気がします。どうでしょう。

 国家のいろいろな自動システムが1984を連想させ嫌なのですね。一般に病院を嫌うのは自由度が低いからでしょう。監獄と同じですからね。それにしても、あの根性なしの法務大臣にはあきれます。要するに自分だけがかわいいナルシシストなんじゃないでしょうか。あるいはヒステリー婆さんか(差別用語で失礼)。普通の精神の持ち主なら、選挙に落ちた時点で辞職していると思いますね。

渡辺より  9.4

 死刑については私も国家が殺すことには反対ですし、どの事件でも冤罪の可能性を否定できない以上廃止すべきであると考えます。菅谷さんの無実を証明する新しいDNA鑑定が出た直後、同じような事件で死刑判決を受けていた飯塚さんの死刑が執行されました。諸外国であれば当然飯塚事件でもDNA鑑定のやり直しになっていたところです。それなのに「みつからないうちに速くしろ」とばかり飯塚さんの死刑を執行した。(中略)その後再審請求がなされていますよね。やらないよりはましとはいえ殺してからでは遅い。こういう日本の精神風土自体を変える必要があると思います。(中略)

 被害者家族にも2種類いて、光市母子殺人事件の本村さんのような人もいれば、長年かかって加害者を許す被害者家族もいます。その違いはどこからくるのでしょうか。このあいだ先生のところまで車で送り迎えしてくれた友人は、お母さんを交通事故で殺されましたが、「死んだ人より生きている人のほうが大事」と言って、犯人(幼い子どものいる若い母親)に何も要求しませんでした。先生も自転車の事故のことを書かれていましたが、似てるなあと思いました。誰にでもできることではないと思います。この場合もこちらはごくごく少数派でしょうね。

(中略)この違いってほんと、なんなのかと思います。

Dr.Aより  9.5

 今日は。人間の脳には暴力のスイッチがあるでしょう。また、それを抑制する仕組みもあります。
社会が暴力を肯定している未成熟な国がたくさんありますね。日本も含めて。発作的に暴力に走るのは動物そのものですから、人間も動物である以上やむをえない側面がある。

 それに対して死刑制度が抑制的に作用するというのは嘘ですね。制度ではなく、抑制的な人間として育たなかった教育に問題があるのかも知れない。しかし、個人の努力にも限界があるでしょう。国家のレベルなら暴力を否定し、人間の野蛮性を脱却できるかもしれない。亀井さんは警察官僚だったけど、割とよく考えているのですね。このような議員に期待し、一日も早く死刑制度を廃止すべきだと思います。

 ビール毎日飲んでいます。おいしいと余計に飲めますね。脳は健在です。
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by lumokurago | 2010-09-06 22:38 | Dr.Aとの往復メール
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