暗川  


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母が亡くなりました

 6月23日、腸閉塞にて入院。大腸がん末期で無治療を選択。余命1年と言われる。
 8月11日、退院して自宅へ。
 10月9日、特養へ。
 そして、今日、10月18日、母が亡くなりました。この数日、熱がでていて誤嚥性肺炎の疑いということで抗生剤を飲み、昨日から痰の吸引が始まりました。昨日妹が行ったとき、入院させるかこのままここで様子をみるか決めてほしいと言われました。もちろん入院はできるだけさせないでほしいと答えました。

 今日、お昼に行ったら痰がからんでぜいぜいいっていました。1時に医師がみえたときは、「肺炎をおこしかけている」とのことで、話し合うから待っているように言われました。待っている間、ずっと手を握っていたら、ぜいぜいが止まって眠ったように見えました。(ほんとうは意識を失っていた)。

 看護師さんがきたところ、母の様子がおかしいことに気づき、医師を呼んできました。その時は「一両日中」かもしれないということで、妹に連絡しなくちゃとか言っている間に、呼吸が止まり、あれよあれよと言う間に亡くなりました。あっというまのできごとでした。

 特養に入ってはじめての医師との話し合いでは、今後大腸がんが大きくなって腸閉塞を起こしたら、吐いたり痛がったり苦しむことになると言われ、そうなったときどうしようかと網野先生に相談したりしていました。しかし、そんな症状がでるまえに、このように苦しまずに逝ったのでよかったと思います。順番も守ってくれました。正直なところほっとしました。私は妹のためにも長生きしなくちゃ、ですね。

【追記】お昼に私がパンを食べ、紅茶を飲んでいたら、OS1のゼリー(脱水症状のとき飲むもの)を「おいしくない」と言い、「それ、なーに?」と聞いていました。最期に甘いエンシュアを一口飲ませてあげられればもっとよかったな。(でもその時は最期とは思わなかったので仕方ありませんね)。

 看護師さんに私がゼリーをあげていたための「窒息ですか?」と聞いたら、「液体では窒息はない」とのこと。医師は死亡診断書に「老衰」と書きますよ、と言ってくださいました。80歳以上の死はすべて「老衰」と書くという網野先生と同じです。そうですね。液体しか摂取できなくなってから、身体のすべてが弱って来ていたのでしょう。死を知らせた友人が「大往生だね」と言ってくれました。「よく看たね。できる限りのことはやってあげたね」とも。確かにそうですね。子ども孝行の母でした。
 
 今日も「早く寝かせて」「早く」と言っていました。やはり早く死にたかったんじゃないかな? 起きてるのはつらかったと思います。眠れてよかったね、お母さん。産んでくれてありがとうございました。隣りの部屋で眠っていますが、明日になったら起きそうな穏やかな寝顔です。
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by lumokurago | 2010-10-18 21:19 | 父・母・介護
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