暗川  


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この場所はだれもが必ず来る場所だ

 むかし、男女を問わぬ「好きな人」たちその他の人たちに宛てて、毎日毎日おびただしい手紙を書いていました。「手紙」は普通ひとりの人に宛てて書くものなのですが、私たちは「宛名」をとっぱらい、コピーしておおぜいで共有していました。それを<おびただしい便りの広がり>と呼んでいました。個人通信『暗川』にその一部は載せて、より広い読者と共有していましたが、『暗川』に載せなかった厖大な<便り>が段ボール箱に山積みになっています。

 去年「余命1年」と言われてから、最後まで取っておいた手紙も処分しなければと思い、少しずつ読み返していたのですが、とても間に合わない。だいたい斜め読みして処分しました。

 そして最後の最後まで残っているのがまだ1箱以上。とうとう処分しようと思い、手をつけることにしました。私は手紙を封筒は捨てて、中身だけを年度ごとにファイルしていたのですが、特に頻繁にやりとりのあった人は、その人と私の手紙のコピーだけ1冊に綴じていました。おおぜいの手紙が1冊になっているものは返しようがないのですが、それは相手に返すことにしました。

 読んでいるなかで、『愛しき日々よ』(保坂延彦監督1985)という映画の感想をみつけました。保坂さんは当時、宮前学童クラブのお向かいに住んでいらっしゃいました。息子さんはすでに学童クラブを卒業していましたが、お向かいのため大変お世話になりました。『愛しき日々よ』はその保坂家のお父さんの作品です。

 この作品は「陰坊(おんぼう)=死者の火葬・埋葬の世話をし、墓所を守ることを業とした人。江戸時代、賤民身分扱いとされ、差別された。おんぼ。おんぼうやき」を主人公とした映画です。詳細は記憶のかなたですが、この手紙(自分が書いた)によれば近所の「煙が迷惑だから重油にしろ」という苦情に対して、主人公は「この場所はだれもが必ず来る場所だ。それなのに他人事のようにしか考えていない(言葉は不正確)」と言うのです。それを聞いた上司は「おまえがこの仕事をずっとつづけていたら、俺を焼いてくれ」と言います。

 むかしの(31歳だった)私はその場面が一番好きだと監督宛ての手紙に書き、次の文章を引用しています。

 「確かに<ひとり>がどうしようもないような苦しさや悩みを負ってしまうことはあります。こうした苦しみや悩みは、その<ひとり>が徹底して負うべきだと思います。と同時にぼくには、そうした苦しさや悩みを負わされるのは、ほんの偶然にしかすぎないという思いがあります。苦しさや悩みが個人にまとわりつく不幸だというのは、絶対に間違いだとぼくは思います。苦しさや悩みというのは<時代>のほうからやってきており、そうした意味では、それらはだれが負ってもほんとうはいいものです。ただその負い方や重さが異なっているだけです。

 だから、いまじぶんが苦しさは悩みに直面しているということは<時代>が病んでいるということの予感として受けとめていいはずです。このことは同時に、他者の苦しみや悩みに直面するすがたは、自らの<影>だということにもなります。より苛酷さに直面している<影>のほうが、ほんとうは<じぶん>なのかもしれません。

 <自分をさらけ出す>とはつまり、じぶんがいま直面している苦しさや悩みは単なる不幸なのではなく、<はじまり>として捉えるのだという意志を表しているといえます。

 本来、他者とはじぶんの知らない<現実>の断面を生きているひとであり、そうした意味で他者とはもしかしたら<じぶん>だったかもしれない存在、つまりは<未知のじぶん>―というように考えることができます」。   by S.O.

 保坂監督が主人公に言わせたセリフ、「この場所はだれもが必ず来る場所だ。それなのに他人事のようにしか考えていない」はすべてに通じますね。また、SO.さんの<影>=「他者とは未知の自分」のテーマも本質を表していると思います。私の「バックボーン(背骨ーいま壊れかけてるけど(笑)」になっています。

 1985.7.5付の手紙でした。あのころは「好きな人」が多かったなあ(笑)。
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by lumokurago | 2011-02-02 10:05 | 昔のミニコミ誌より
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