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魔法陣お便りに寄稿

 魔法陣(作業所)のお便りに寄稿しました。

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 魔法陣のみなさん、こんにちは。私は昔々のその昔、「障害児を普通学校へ」の頃にFさんと知り合いになった渡辺と申します。どういう経路で知り合ったのかは忘却のかなたです。2005年3月末まで29年間、杉並区の学童クラブに勤めていました。T.S.さんは教え子です。今回原稿を頼まれたので、自分の病気のことを書きます。

 月刊文藝春秋1月号に近藤誠医師(慶応大学医学部放射線科講師)の「抗がん剤は効かない」という論文が掲載され、2月号には評論家立花隆氏との対談、そのかん週刊文春に「いや、効くんだ」という医師の反論、近藤医師の再反論が載り、3月号には近藤医師による「私がすすめるがん治療」が掲載されました。新聞広告や電車の中つり広告に顔写真入りで大きく載ったので、ごらんになったかたも多いでしょう。抗がん剤論議は最近にはないものすごい反響だそうです。日本人の2人に一人ががんにかかり、3人に一人はそれで亡くなる時代です。がんにかかったとき、抗がん剤を使うか使わないかで多くの人びとが悩んでいるのでしょう。

 この近藤誠医師が私の主治医です。私は乳がんが全身に転移し、もう治らないといわれています。じつは、去年の3月に「余命1年」と言われたのですが、そのあと替えたホルモン剤が劇的に効いて元気を取り戻し、「余命1年」は撤回されました。背骨に転移したがんが骨を溶かしたため、背骨が変形してがたがたですが、放射線治療で痛みも取れ、歩くのに不自由するくらいで、ほかは普通の生活を送っています。

 近藤誠医師は1996年に出版した『患者よ、がんと闘うな』で有名ですが、私は1994年に自分で胸にしこりを発見し、近藤医師を受診しました。たった5ミリだったので大きくなるようならまた来なさいということで、様子見となりました。1995年に父が膀胱がんになり、当時出版されていた近藤医師の本を全部読みました。そうしたら、広く信じられている「がんは早期発見し治療すれば治る」という常識は間違いだと書いてあったのです。

 近藤医師は、がんははじめにできた段階で人のいのちを奪う本物のがん(できたとほぼ同時に転移する)と、放置してもいのちに別条ない「がんもどき」(永久に転移しない)に分かれているという論(以下、近藤理論という)を立てました。本物のがんならば治療しても、あとから転移がでてきて亡くなることになります。がんもどきならば、永久に転移しないので、早期発見して手術などする必要がないということになります。(詳しくは近藤誠著『あなたの癌は、がんもどき』(梧桐書院)をお読みください)。

 私の5ミリのしこりはだんだん大きくなっていきましたが、近藤理論が正しいと思った私は、治療してもしなくても運命は変わらないと悟り、6年間放置しました。6年後、4センチにもなったので、顔をだしてくるのがいやで乳房温存療法で治療しました。このあたりの話やその後、転移してからの治療については『乳がん後悔しない治療』(径書房)に書いてありますので、ぜひお読みください。

 私はがんを放置したので、がんが大きくなる速度を計算することができ、計算の結果およそ22歳のときにできたとわかりました。発見が40歳で治療したのが46歳、いま、56歳です。もう34年も共存していることになります。(がんというのはゆっくり育ちます)。

 がんというのは自分の細胞の遺伝子のコピーの間違いによってできると言われています。つまりほかのだれでもない、自分でつくったものなのですね。そしてがん細胞はだれものなかで1日に相当の数が生まれているそうです。でも免疫系が殺したりするので、そのなかで「がん」として成長するものはごくわずかです。そのうえがん細胞が転移するためにはいくつもの障害を乗り越えなければならないそうです。私の場合は、22歳という若さでやがては自分を殺すことになる1つの細胞を自分で生みだしたのです。どういう遺伝子のどういう変化かわかりませんが、すごい意志じゃありませんか。これはもう運命ですね。そう思います。

 私ががんに動じず、淡々と生きていることを不思議に思っている人が多いようです。まず、いままでやりたいことをやってきたということが大きいでしょう。後悔しても意味がないと思っているせいもありますが、後悔することは何もありません。がんは自分がつくったものだし、転移したがんは治ることはないので、じたばたしても仕方ありません。死にたくない、治りたいと悩んでも客観的に無理なら、早く受け入れて楽しく過ごしたほうがよっぽどいいとは思いませんか? 要するに考え方が合理的なのです。むかしT.S.さんが小学生だったとき、彼女のお母さんに「自然児、野生児」と言われました。自然に、のんきに、のびのびと生きるのが一番。悩んでいたら残り少ない時間がもったいないです。

 というわけで、病院と裁判所(杉並区の教育問題に関して弁護士なしで裁判をやっています)に行く以外はあまり外出もせず、静かなベッド上の暮らしなのですが、窓の近くの木にみかんをさして、メジロやヒヨドリが来るのを眺め、野良猫がえさを食べにくるのを楽しみにする毎日です。

 そして2冊目のがんの本を企画しています。「早期発見早期治療」理論のみならず、日本の医療は間違いだらけです。みなさんやまわりの人にがんがみつかったら、決してあわてず、近藤誠医師の本と私の本を読んでください。がんに対する考え方が変わることでしょう。いまつくっている本は『しろうとがん入門(仮題)』といいます。常識にだまされて、無謀な手術や抗がん剤で亡くなる人を一人でも減らすことができればと思っています。

 最後に、がんについてはなんでも私に相談してくださいね。
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by lumokurago | 2011-03-18 20:13 | きままながん患者
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