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最首塾へのメッセージ

最首塾へのメッセージ(2011年3月24日)  最首悟

この間の心をうつ言葉を二つ紹介します。一つは高田の高校生が避難所の体育館の壁に張り出したものです。「がんばれ高田、命あることを喜ぼう」。一つはチェルノブイリ事故に言及しながらの朝日新聞の記事です。「民主主義社会では命にかかわる業務命令は出せない」。

いのちとはこの瞬間々々「生きている」ことです。いのちはそもそも命じません。「生きている」ことと「生きていることを考える」ことの懸隔は測り知れません。

生きている状態を記述し考える努力としては、ある時点をとりだし、その瞬間の状態をいくつかの関係式で表すというのがありますが、それを解くことはできません。不可解なのです。それらの式は、いのちが今この瞬間も解いているという言い方しかできないのです。錯綜した雑系としてしかいのちを把握できていません。

今生きながら、今は次々に過去になり、留まることなく流れてゆきます。その姿と働きから、いのちとはこういうものだというイメージを私たちはもっています。しかしそれをもって、今の一歩先のいのちを描いてはいけないのです。

確実に依拠すべき、そしてそれしかない根拠は「今生きている」です。その容赦のなさを心したいと思います。容赦のなさがいのちを分かちもつ、生きていること分かち合うことをうながしています。もの言わぬ娘の星子がこの間とりわけ言っているかのようです。「ここにいるよ」。「だめだなんてことないよ」。


*****
 
 最首塾世話人丹波博紀さんのことば

最首さんが朝日新聞の言葉を引いておられますが、私たちは、「いのち」にかかわるような命令を出さねばならない設備や制度をつくってはならないこと、とりわけ戦争をしてはならないことを肝に銘じる必要があると思います。

そして、今回の原発による大惨事が、私たち自身をうずかせ、やましくさせる、それらが振り切れるどころか日増しに強まり、溢れかえるような思いになる、そのことに素直に向き合いたいと思います。

丹波博紀
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by lumokurago | 2011-03-27 22:22 | 原発
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