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続 瀕死の<時代>の子どもたち

続 瀕死の<時代>の子どもたち  『もうひとつのページ』第9号 1987.1.12より

 「瀕死の<時代>の子どもたち」に対して、長野県で高校の教師をしていて、現在は病気療養中の先生(50代)からお電話をいただきました。私のいまの子どもに対する捉え方には全面的に賛成で、自分も病気になって高校を休んでほっとした、でもそうも言っていられないからまた高校に戻らなければならないと思っている、ということでした。そして「それでもまだ子どもは生きているんです」とおっしゃっていました。いい言葉だと思いました。

 「瀕死の<時代>の子どもたち」はいまの子どもの正直な描写と、それに対する私の分析・現状認識です。あれを読んでくださった方には「なんて子どもを突き放した冷たい言い切り方なんだ」と感じた方が多いだろうと思います。私自身もそう思っているくらいです。でも、どんなに冷たくても現状をできるだけ正確に認識することは必要であり、それがあってこそ、その後の対応をどうしたらいいかという問題がでてくるのではないかと思います。

 今日は、あれは現状認識としておいて、「それでもまだ子どもは生きている」ことに対して、自分がどうしていくのかを書いてみたいと思います。

 私のことを一番ひどく「オニ」「オニ」と言って(「オニのつぶやき」参照)、わざと私から遠ざかるようなことをしていた子は4年生の女の子で、A子とします。そのA子が、この夏私が入院していたときに手紙をくれました。これは大人から言われたことでもなんでもなく、A子がまったくの自由意志でしたことで、私は少しびっくりし、そして喜びました。そしてA子に手紙を書きました。私に手紙をくれたということは、A子が口では「オニ」とか言っていても、ほんとうは私のことが好きなのだということなのでとてもうれしかったこと、それから人を好きな気持というのはすなおに表わしてほしいこと、などについて。でも、A子はその手紙を受け取ることもいやがり、結局郵便で送ったのです。読んだ後は前にも増して態度を硬化させてしまいました。その後、お母さんとも話し合ったりしたのですが、何ら改善されないままときが過ぎていきました。ときどき、機嫌がいいと「ナベセンも入れてあげる」という言い方で遊びに誘ったりしてくれるのですが、結局、ほんの小さなことから私に当たり散らし、遊びが中断されていました。この子も「自分のことだけ見ていてほしい」「自分をかまってほしい」という気持ちが強い子なのです。

 そんなことがあって、先日一緒にバスケットボールとサッカーをしたときのことです。一緒にやっていた別の子に「○○ちゃん、サッカーがうまいね」と、これは本気でほめたところ、となりにいたA子がつまらなそうな顔をしているのが目に入ったので、おせじで「Aちゃんはバスケットがうまいね」と言ったのです。私は「どうせおせじでしょ」と言われると思いました。ところがA子は「へへへー」とか言って、とてもうれしそうな顔をしたのです。その顔はとてもいい顔でした。

 このとき、「まだほんの子どもなのだ」と思ったのです。いままで、子どものことをまず「ひとりの人間」として捉え、対等に向かい合いたいとそればかりを思って、A子にも手紙を書いたりしたけれど、あんな手紙を理解することは、これほどまだ子どもであるA子にとっては(いますぐには)無理なことだったんじゃないかと思いました。いままでだったら、いますぐにはわからなくても将来いつかわかってくれると信じて、思うままのことを子どもにも言ったり書いたりしていたのですが、なんだかそれだけじゃやっていけないような気がしました。

 このことを感じたのは(このできごとがあったのは)ほんの数日前です。そして昨日Bさんから「相手の心をひらく」というお話を聞いて、このできごととぱっと結びつきました。A子に手紙を書いたこと自体を否定しようとは思いません。それこそ将来わかってくれることもあるかもしれないので。でも、A子が(いまの子どもが)私の想像以上に幼いのだということ、対等に語りかける以前にこっちが一歩下がって、まるごと相手を抱きしめてやることが先なんじゃないかという気がしました(Sさん=同僚も自分の2歳半の子どもとクラブの子がそんなに違わないと言っています)。

 「瀕死の<時代>の子どもたち」のなかに、いまの子どもは人との関係を求めていないということがでてくるのですが、いまここまで書いてきて思うことは、「いまの子どもは人との関係を求めるようになる以前の、自分がまるごと抱きしめられて安心したいという幼児の段階にまだいるのではないか」ということです。だから、むかしの子どもたちに対してしていたような対応とは別のものが必要なのではないかと、いま思っています。

 いまの子どもたちはあまりに幼く、うるさいです。折り紙ひとつ教えようとしてもじっくりととりくむことはできず、「どうやるの?」「その次は?」「できない」「できない」と騒ぎ立て、目の前にあるのりやはさみにも気がつかず、自分で探そうとせず、「のりは?」「はさみは?」と騒ぎ立て、それが一人の子じゃありませんから、ほんとうにイライラして教える気持ちなんかなくなって「うるさい!」と叫びたくなってしまいます。そこをぐっと我慢して「できない、できないって騒がないでゆっくりやってごらん」とか「のりはこの机の上にあるから、目をしっかり開いて探してごらん」とか、いちいち言っているのです。ほんとに疲れてしまいます。小学生にもなってなんでこんなことできないんだ! いちいちうるさいな! ひとりじゃなんにもできないんだな! といつも頭に来てしまいます。現象としては、それはそれはひどいものです。

 そういう子どもたちに対して、どのように対応していったらいいものか、どこまでを受け入れ、どこからつっぱねたらいいのか、ほんとうにむずかしいです。子どもが幼児の段階にいるからといって、全部受け入れてやっていたら、あまやかすことになりはしないか、とか・・・。

 しかし、「瀕死の<時代>の子どもたち」に書いたような否定的、悲観的な見方をしているからといって、「それでもまだ生きて」現実に目の前にいる子どもには何らかよくなるような努力をしていかなければならないわけで、それはあの文章のなかで言っている「<時代>から来る<不安>を取り除く作業」とはまた別な次元でやらなければならないことだという気がします。それもやはり「相手の心をひらく」ということをまず第一に考えなければならないのだということは確かだと思いました。私は子どもにまで「対等に」「正直に」と思いつづけ、おせじも言ったことのないような人間ですが、それ以前に「心をひらく」ためにはどうしたらいいのかということを考えたいと思いました。これは単純におせじを言うなどということではもちろんなく、具体的にはその場面場面で、やはり自分の感受性で考えていくことだと思います。

 ところで昨夜、恐ろしい夢を見ました。子どもたちが大人たちにものすごい暴力をふるうようになって、もうどうしようもなくなって。大人たちが(私も)子どもを次々に包丁で刺して殺してしまうのです。そして大人も魔法にかかったようにみんな自殺してしまうのです。その大人の自殺の方は心境宗教の集団自殺のイメージなのか、すごく変な儀式めいているのです。子どもを殺すときはすごく苦しかった。うなされていたのでしょう。でもその前の子どもの暴力はすごくすごくこわかったです。いま、私は子どもの言葉がほんとうに「こわい」と思うことが多くあるのです。きっとその反映なのでしょう。そう考えたらおそろしくてたまらなくなってしまいました。

 なんでうれしかった晩にこんな夢を見たのでしょう。最高にうれしかった晩だったからこそ、こんなに恐ろしい夢を見た。いまはそんな<時代>なのだという気がしてしまいます。  1986.12.20
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by lumokurago | 2011-04-04 17:50 | 昔のミニコミ誌より
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