暗川  


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「・・・への便り」  その14 S.O.

 (これは「求めて求めて」「なぜ私は書きつづけ、送りつづけるのか」への便りです)。

「・・・への便り」 その14  S.O. 『暗川』第21号1987.11.8より

 単に時間がないからというだけでなく。いま触れようとしていることがきっと自分でもいまはわかっていない重要さを持っているだろうと思えるので、とりあえずメモというかたちで何かを予感させておきたい――と思うのです。

 あらためて考えると、<表現>した本人にさえ気づきえていないことは、他者がある切実性をもって追っていこうとすると、それが<コミュニケーション>と呼ばれるものなのではないか、と思ってみたりします・・・。

 ・・・≪ことばは何のためにあると思いますか≫という声の前で立ち止まって見る。そしてもしかしたら≪ことばは何のためにある≫のか、と考えるためにこそ≪ことば≫はあるのではないか――と、ふと思ってみる。つまり≪ことば≫は≪何(か)のためにある≫というように、それ自体としてはじめから何らかの意味や価値を持っているわけではない。ただ、≪ことば≫は目の前にいることを<問い>と化すためにあるのではないか。たとえば、≪ことば≫自らを考えようとするとき、≪ことばは何のためにある≫のか――ではなく、≪ことばは何のためにある≫ のかと考えるのはどうしてなのか・・・というように問うやりかたで。

 ≪一枚の風景のどこに私はいるのか どこにもいないのか≫という根源的<不安>、≪動詞がひとつ、またひとつ、次々に消費させられていく 形容詞は風になって吹きすぎていく 私は森の中で道に迷う≫という<徒労>感はよくわかる。

 だが、そうした<不安>、<徒労>感が<問い>と結びついたとき、むしろ実在感として確実に自らの中に沈み込んでくる。≪腕を伸ばしてむんずと風をつかもうとする≫手が危い風をそっとすくいとる。

 <他者>とは何か。≪「風が吹かなければ風鈴は鳴らない」「自分の体温を感じるためだけにも他者の左手が必要」(『共犯幻想』真崎守)≫ この『共犯幻想』の冒頭で、バリケードに立て籠もるのがなぜ<わたし>ではなくて<わたしたち>なのかと問うとき、4人でもう3人分しか残っていない即席ラーメンをすする場面はとても象徴的だ。

 バリケード解除へ対峙するために、まずは確実に腹ごしらえと考えるなら、食事は明らかに1人分欠けているのである。けれども、この1人分≪欠けている≫という思いが、どうしようもなくなぜ<わたし>ではなくて<わたしたち>なのかという<問い>へ向かわせるし、また<わたしたち>であることの必要性~<他者>の必要性への自覚の契機となっているのではないかと思える。

 つまり自分は自分であり、それに<他者>が加わればさらに自分は向上する――のではない。自分という存在がはじめから何かが≪欠けている≫ことから出発しているのではないかという感覚が<他者>を招き寄せるのである。だから<他者>とは≪欠けている≫ことをあらためて出発の強力な自覚とするという契機のことなのであり、もしかして実際に具体的な<他者>に出会えないということもありうる。その場合、とおい、まだ視えてこない<他者>を自らの内部に予感させておく試みが追求されていく。

 この試みが、あて名のない恋文・・・ということなのである。

 ≪風≫とは何か。≪風鈴≫とは何か。≪体温≫とは何か。≪左手≫とは何か。ここで言われているのは、≪風≫、≪左手≫~つまりは<他者>の不可欠性ということだろうが、この≪風鈴≫を鳴らす≪風≫や≪体温≫を感じ取る≪左手≫を、味方やなかまというように限定してはならないのではないだろうか。むしろそこに<敵>を含めて考える必要がある。

 もちろん最終的な<敵>とは権力性のことだろうが、≪風≫や≪左手≫を<敵>を含めて考えるということは、困難な条件下であるからこそ、より≪風鈴≫は鳴り、より≪体温≫は鋭く感じられるということなのであり、また<敵>の意味を考えることによってしか、ほんとうは見方とかなかまとかは鮮明になってくることはないのである。

 つまり、差し出した手の向こうに<他者>と出会えないこともありうる。そうした<他者>との<出会い>とは、試行の道筋にあるほんの偶然であるとも思えるから。≪"FROM"でいっぱいで、だから"TO"でいっぱい≫と必ずしも限らないときもある。そんなときにも≪風鈴≫は鳴らせるか?

 ≪自分の中にたくさんの他者が住む≫とは、友人の数のことではないだろう。そうした<他者>とは、いわば無念さのことではないか。自死や挫折や失語・・・といった強いられた<時代>の重圧のなかで<自分>へも行き着けなかった者たち・・・。だから、ほんとうは<他者>とはもうひとりの<自分>のことだろう。

 <敵>に包囲されたなかでさえ、≪風鈴≫は鳴らすことができる。もうひとりの<自分>としての<他者>に視つめられて。

≪今日も新しい小さな芽が出た 赤ん坊も生まれた≫は、だから新生というよりも再生のイメージの内部で捉えることはできないか。

 (つづきはMoreへ)



 ・・・<書く>ことは確かに<話す>こととは異なる特質を持っていて、それは着実性といえるかもしれない。ただ、<話す>ことにも当然特質があり、最終的には<書く>こともその<話す>ことの特質の中に舞い戻ってくることになるのではないか。

 <話す>ことの特質とは、具体的な相手なしにはありえないということだろう。そうした相手に規定されてテーマは引き出されてくるし、そのテーマが重ければ言いよどみとか沈黙・・・ということがある。

 沈黙は<書く>ことができるか? <書く>ことはほんとうはその<問い>なしにはありえないのではないか。そんなとき<書く>ことはしぐさやつぶやき・・・と同じ地点にいる。

 ≪書きながら考える≫≪書かなければきっと私はよく考えない≫。自己とは完結したものではなくて、何か過渡にあるものと感じるとき、<書く>ことはそのことを鮮明にさせる。実はつまり、≪書きながら考える≫ようにして<書く>ことが必要なのだということであり、必ずしも考えるから<書く>のだとは限らない。はっきり言えば考えなくても<書く>ことはできる――ということもある。

 話そうとしてもある体験にことばを見出すことができずに沈黙を強いられるとき、その目前で繰り出される饒舌~考えなくてもできる<書く>ことは、何かを生みだすというよりも、むしろ拡散に加担している。

 ≪書きながら考える≫ ≪書かなければきっと私はよく考えない≫ → ≪その上で私は書いたものを誰かに読んでほしいという気持ちが強いです。それは「何か言ってほしい」ということです≫ ≪「出会い」には偶然が作用するという要素はあります。しかし「出会い」を欲する強い意志は、偶然のなかにかなり大きな必然を生みだすことができるのだとわかりました≫

 ≪誰か≫とは誰なのかと考える。<出会い>が新鮮な発見ということであるのなら、まず新しい<自分>にこそ出会わなくてはならないだろう。求められているのは<自分>との対話である。そのとき、もちろん≪誰か≫とは<自分>であるといえる。

 確かに、ただの偶然ということはありえない。必然がふと偶然を生み出すか、偶然をも採り込んでいく必然がそこにあるだけである。新しい<自分>との<出会い>を求める必然性の過程にこそ、ふいに他者は偶然として現れてくる。誤ってはならないのは<表現>が<自分>と<他者>とを、あるいはひととひととを結びつける役割をもっているということではない。つまり、<表現>→<出会い>の間には、何か(あるいは誰か)との<出会い>を求めて<自分>を静かな危うさへと漂わせていく試みが必ず介在されるということだろう。

 ≪現在出している『暗川』という個人誌は1984年9月から始め、いま19号までだしています。これもはじめは私が読んでほしいと思う人に一方的に送っていたのですが、1986年10月に、いままでに手紙をくれたり何らかの反応をしてくれた人にはこれからも送るけれど、それ以外の人で読みたい人は申し込んでほしいという便りをだし、申込制にしました≫ ≪結果としては、いままで反応のなかった人たちの大部分があせって便りをくれたり、電話をくれ、部数はほとんど減りませんでした≫

 <反応>とは? ほんとうは<表現>にとって、それがどう<反応>されたのかということはどうでもよいことなのではないかと思う。

 ただ、それでもなお<反応>が問題にされざるをえないとすれば、ひとつの<表現>が思いがけない<反応>にどう出会えたか、そして、そんな思いがけなさを当初の<表現>意識を揺るがせるような問題として抱え込んでいけるのか――という<問い>としてあるといえる。

 ≪申込制≫の問題からいえば、<反応>を確かめるというよりも≪一方的≫に<表現>し続けるという固定制、≪一方的≫に送られ、読みつづけるだけという固定制を突き崩す試みとして不可欠であったと思われる。

 ≪これからも私は書きつづけ、それを人に送り続けると思います≫
<書く>こと自体に、あるいは<送る>こと自体にすぐに意味があるわけではない。意味はむしろ≪続ける≫ことによってだけ、しだいに明らかになってくるのである。そのようにして意味が明らかになりつつあるうえで言うと、≪書きつづけ≫ることと≪送り続ける≫こととが一直線につながり、いっしょくたに考えられてはならないことを感じる。

 一言で言ってしまえば、<書く>こととは<自分>へ波紋を投げかけることであり、<送る>こととは<関係>へ波紋を投げかけることであるということになるか。

 <書く>ことは必ずしも送り届けることにはつながらないかもしれない――ということが逆説的に<書く>こと、<送る>ことをより切実につきつめていくことになるのである。<書く>ことと<送る>ことがイコールで結びつけられる領域があるとすれば、それはアジテーションか宗教的共同性(宗教的とは宗教団体に属するということとはまったく関わりがないことは言うまでもない)のなかにしかないのではないか。<書く>ことも<送る>ことも、すでに風景の一部分のようなものとして解体、つまりは秩序の制度の一部と化した姿を除けば――。
 ≪明日へ、また明日へと新たな自己を求める≫ ≪明日≫はどこからやってくるのか。同じこととして≪新たな自己≫はどこからやってくるのか。≪明日≫は夜が明けるようにして突然やってくるわけなどありえない、むしろ退屈ともいえる日々の繰り返しのなかから、ふいに過去~(現在)を踏みしめようとするところからやってくる。<誕生>とは新生ではなくて再生だという意味はそこにある。

 誰もが日々の繰り返しのなかに、とりもどせない後悔を残しており、それを思い出としてではなく、あらためて息治そうという切ない思いのなかにはじめて≪明日≫はある。≪明日≫は別に無責任なユートピアとしてあるわけではない。というか、≪明日≫ということを無責任なユートピアとしてはならないと思う。

 これは≪新たな自己≫、≪新たな≫・・・というような新しさについても同じことが言える。新しさは別に奇跡のようにやってくるわけではない。新しさとは過去それ自体ではなく、過去から引きずっているものを反転させることができたことによって生まれるということができるだろう。

 過去(~現在)をひとつひとつ踏みしめることなしに、ある新しさ(とみえるもの)は、踏みしめるものがないために感受性の古さへとどこかで必ず後退していく。自称左翼を標榜している者たちが、新しい社会をと叫びながら、現在のなかにほんとうは何も定着できず、むしろ新しい試みに対して保守思想以上に反動的な壁を立ち塞がらせていくように・・・。


 以上、『いま、人間として』第8号(1987.7発行)に掲載されている渡辺容子さんの文(仮題 求めて求めて・・・)に対応するかたちでーーというより渡辺さんの文に触発されてぼくなりのイメージをそこにふくらませるかたちで書いてきました。

 ぼくは、たとえ同じひとつのことばを使ったにしても、そのことばに込められているものは決して一様ではないと思っています。それはきっと、たったひとつのことばにしろ<時代>からの圧力をくぐって屈曲していくことなしにはありえないということだろうと思います。そして、このことばは屈曲を孕んでいる(ある意味でことばの豊かさとも言えるが)ことをしっかり視つめることこそが、ほんとうは<伝達>の問題であると考えることができます。

 そうしたことを追求しようとしたことからいうと、この≪・・・への便り・その14≫の試みは、うまくいったといえないかもしれません。でもそれでも固執した理由は、実は1987.6.20~21の渡辺さんの便り(渡辺注:すみません。暗川には載せていません。探しだすこと困難)なのです。渡辺さんの<表現>への評価とはまったく関係ないところで(というよりぼくには<表現>への評価などできないし、する必要もありませんが)、ぼくと渡辺さんの<表現>への向かい方みたいなものに少し差異があるような気がしてならなかったのです。それが意外と大きな差異であるのか、意外と小さな差異であるのかは、いまのぼくには判断できないのですが。

 ただ、この差異がもしどこか、さきほど言った<時代>のもたらす屈曲からやってくるのだとしたら、しっかりと視つめておきたい気がします。屈曲から逆算していくようなかたちでしか、ほんとうには<時代>が孕んでいる問題~その<時代>に生きているひとたちが共通に突きつけられているはずの切実な問題に辿りつけないように思えるからです。

 かつて思想家吉本隆明が詩論のなかで、≪詩の不幸は方法の不幸として現れる≫と指摘したけれども、この着眼を借りて言うなら、<時代>の不幸は物質的な貧しさ~不幸としてではなく、<表現>のあり方の不幸として現れる――と言えるのではないかという気がしています。<表現>のあり方の不幸とは、<伝達>の回路が見いだせなくなっているということです。そしてその<伝達>の回路の見いだせなさも沈黙のうちにではなく、饒舌のうちにしだいに蝕まれていくようしてやってくるというところに、不幸の重さが想像以上に深いように思わないわけにはいかない気がします。
1987.9.29
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by lumokurago | 2011-04-28 12:02 | 昔のミニコミ誌より
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