暗川  


写真日記
by lumokurago
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
検索
リンク
ご感想をお寄せ下さいmailto:lumokurago@yahoo.co.jp

嫌がらせコメントは削除させていただきます。

必ずしもリンクするHPの意見、すべてに同調するわけではありません。ご自分で情報を選んでください。

原子力資料情報室

小出裕章非公式まとめ

沖縄タイムス

暗川メインページ
私の下手な絵などを載せています。

杉並裁判の会
私たちの裁判の会です

ポケットに教育基本法の会

「つくる会」教科書裁判支援ネットワーク

もぐのにじいろえにっき
もぐちゃんのページ

プロテア
リリコおばさんの杉並区政ウォッチング

鬼蜘蛛おばさんの疑問箱
松田まゆみさんのページ

熊野古道の路沿い
鈴さんのページ

風に吹かれてちゅちゃわんじゃ
小笠原父島で農業をやっているサエちゃんのブログ

三宅勝久さんのブログ
杉並区在住のジャーナリスト

カテゴリ
以前の記事
ライフログ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

3.11以後のDr.Aとのメール その7

渡辺より 4.24

 こんばんは。興味深いお話、ありがとうございます。田中好子さんの死は想像ですが穏やかだったような気がします。初回治療から19年も生きることができたし、3月まで仕事もしていたみたいだし、よかったと思います。

 やまいも死も人間の頭のなかにしかない観念であると考えれば、主体=理性がDNAの支配に抗い、自分のやまいや死を自分のものとし、コントロールしようとするのでしょうか。うーん。

 主体=理性(これはすごくわかりやすい)と考えれば、客体は? 環境? 関係? 社会? もともと日本語にない訳語だからわかりにくいということもありますよね。
 
 死は結局、本人にとっては観念であり、残される人にとってのみ実在するもののような気がします。

 私にとっては美しい若葉や花々とお別れすること、好きな人たちに会えなくなること・・・かなしいけれど、やはり仕方がないと納得してしまいます。「長生きしてほしい」と言ってくれる人はいますが、それも自分で努力してできることではないから、仕方ありません。

 池田さんはおもしろいですね。先生が喜ぶと思いました。生きていたら会ってみたかったです。


Dr.Aより  4.25

 こんばんは。死んでよかったというケースはほとんどにおいてないですね。特に身近な死は悲しいものです。私たちが問題にしているのは、池田さんがいったように、治せないのに治せると強弁する詐欺的な現代医療でしょう。最後は好みにもよりますが医療ではなく宗教に任せるのがよいかもしれません。また、寄り添ってくれる人がいるのもいいですね。今までの経験から励まされ安心して死ねるような気がします。

 私は無宗教でゴミとして捨ててもらうのがいいと思っていますが。これも無宗教という宗教なのかもしれません。

 客体は各主体により成り立つ構造といえるかもしれません。私たちは現代医療に批判的ですが、異なるいろんな考えの人々がいます。私たちは自らが正しいと考えているのですが、医療構造は私達や圧倒的多数の他者との相互関係で出来上がっています。それが詐欺であろうとなんであろうと、現代の医療であることに違いないのですね。こう考えてくると絶望的になっちゃいます。しかし、構造は無視できないのですね。

 若くして死ぬことは、必ずしも否定すべきことではありません。寄り添ってくれる、看取ってくれる人がいます。死ぬ瞬間が分かる脳が生きているような感じがします。長生きすると孤独に死んで行かねばならないケースが増えるでしょう。老いると楽に死ねるよなんて無責任なことがいわれますが、老若どちらがよいかはわかりませんね。


渡辺より 4.26

 あれあれ、私は冷たいのか、父も母も死んだとき「よかった」とまでは思わなかったけど、ほっとしました。まったく悲しくないし。あれ以上長生きしても苦しむだけと思っていたからかな。やっぱり知識は大事ですね。私は網野先生、近藤先生、村山先生(近藤先生が紹介している外科医:母について質問した)のおかげで現代医療の罠にはまらずにすんだけど、普通は医者に「治す」と言われれば治るものと信じていいなりになってしまうと思います。

 田中好子さんの件も報道によると、夫にも乳がんというのは初回治療をしたからといって「治った」というものではないことや、再発転移したら治らないものだという認識がないようです。好子さんも「がんばってたたかってきたけど、負けるかもしれない」とおっしゃっていて、がんというものがわかっていません。本人が努力して闘えば勝つものではないというのに、気の毒な気がします。自然現象だと思えば楽なのに。と言っても普通は思えないのでしょう。思えるというのは、これは宗教なのかな? やっぱり近藤教? あはは。

 好子さんは多くの人に看取られて幸せだったと思います。父の友人で生き残っている人(87歳)が会うたびに、「みんな死んじゃった。Aちゃんも、せいやん(父)も、Sさんも・・・。おれ一人生き残った」と嘆いています。先に死ぬ方がみんなに大事にされて思われて得ですね。

 なるほど、「客体は各主体により成り立つ構造」はわかりやすいです。構造を無視はできないので、闘ったりしていますが、とても勝ち目はないですね。だったらこうやってちいさな場所でつながって自分の考えで生きていこうとすることがとても貴重だと思います。ありがとうございます。


Dr.Aより 4.27

 こんばんは。病気は敵ではなく自身の一部ですから、勝ち負けはないはずです。戦う相手ではないと思いますが、敵のような扱いを受けることが多いようですね。現代医療の詐欺師にしてみれば敵でなければ困るでしょうけど。人間から病を取り除くことはできないでしょう。そうなると人間ではなくなるのですね。病気になりますか、それとも人間やめますか、なんてね。

 明日は札幌です。中学の同級生数名と会うのですが、どう変わっているでしょうか。楽しい夜にしたいと思っています。


渡辺より 4.28

 おはようございます。病気は敵ではない、自分の一部で自然現象・・・そんな考えが広まったら、ほんとうに医者はいらなくなってしまいますね。人びとは平安に暮らすことができるでしょうが、やっぱりあり得ない話か。DNAに逆らい、主体を強固に生きる生き方は脳の大きな人間にあっていると思うのですが。そう言えば近藤先生が私の「生前追悼文集」に、動物は自然に死んで行く、人間は大きな脳をもったツケとして不安や恐怖と闘わなければならないが、その大きな脳は同時に理性や感性を与えてくれると書いていました。だから脳の使い方ひとつだと思います。こっちのほうがずっと楽だと思いますが、みんなはそうは思わないかな。

 では気をつけていってらっしゃい。そして楽しんでいらしてください。

*****
 
 最凶さんがブログに田中好子さんについて書いておられます。おもしろいですよ。また、コメント欄に記事にはできないような内輪の話が書いてあります。

 「乳ガン芸人じゃなかった田中好子」

 つづき 「田中好子の死後を大予言!」
[PR]

by lumokurago | 2011-04-29 11:59 | Dr.Aとの往復メール
<< やっぱり国も東電も何もわからな... 「どうしても放射性廃棄物を捨て... >>