暗川  


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by lumokurago
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「いまどきの子ども」たちと私 その1

 今日からいくつか子どもたちのエピソードを紹介します。1990年頃の小学校4、5年生男子はこんなふうでした。(相手をしていた私は35歳でした)。結局、甘えんぼをうまく表現できなかったのだと思います。彼らはもう30歳にもなっています。どうしているかなあ?

『暗川』第27号1990.1.1より

 「おまえには一度ケガさせたからな」

 11月中旬、学童クラブの4年生の男の子M君に遊んでいて胸をけられました。M君はいま、私がつきあっている子どもたちのなかで「一番」と言ってもいいくらいやさしい子で、私と仲良しです。去年の冬、スケートに行ったときなど、「ワタナベ、一緒にすべろうぜ」と言って、手をつないで一緒にすべり、疲れると「ちょっと休もうぜ」という具合。

 私たちは(他の男子も)よくプロレスごっこのようなことをやって遊んでいて、それまでもやりすぎたときには「ものには程度というものがある」という話をしていました。しかし、このときはあっという間のことで、ねころんでいた私はよけることもできませんでした。やりすぎだと叱ってもM君は「遊んでたんじゃないか」と言うだけ。

 翌日、私は病院に行きました。まさかとは思いましたが肋骨が折れやすいことは知っていたし、息をするだけでいたんだからです。レントゲンの結果、骨には異常ありませんでした。

 骨に異常はなかったものの、病院にまで行ったことをM君に知らせたほうがいいと思い、夕方、家に行きました。お母さんはまだ帰ってきておらず、話をしようとする私に対して、Mくんはまるで聞く耳がないふざけたなげやりな態度なのです。それは私が『負けるな子どもたち』に書いたことは正しかったのだと改めて思わせられるできごとでした。私はあのなかでは一度も泣いたことなどなかったのに、「あのやさしいM君でさえそうなのか。まじめに話を聞いてくれることはないのか」ということがショックで、はじめて泣いてしまいました。

 それでも「ちゃんと話さなければ」と思いなおして、テレビを見ていたM君にテレビを消させ、一生けんめいに話しました。ソファに寝転がって、頭をソファから落とし、私の顔を見ないようにしていたM君ですが、それでもとうとう「悪かった」とは言いました、でも(妹がいて一部始終を見ていたので)「お母さんが心配するから、帰ってくるまで待って話していく」と言う私に、M君は「帰れよ!」を繰り返すばかり。いたたまれず、私は帰ってきました。

 夜、お母さんから電話がかかってきました。「私の言うこともきかないんです。男の子はわかりません・・・。明日必ず謝りに行かせます」

 翌日、5時前にお母さんがみえて、「M、謝りに来ましたか?」「いいえ」「すぐ連れてきます」 
そしてM君が来て「ごめんだって」と一言言うと走って行ってしまう。お母さんが「ちゃんと謝りなさい」と追いかけていく・・・

 M君と私はいまも仲良しで、彼は「おまえには一度ケガさせたからな」と言って、かかってくることはなくなりました。M君はやっぱりやさしいのだと私は思うのです。
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by lumokurago | 2011-05-01 16:32 | 昔のミニコミ誌より
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