暗川  


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いまどきの子どもたちと私 2

 『暗川』第27号1990.1.1より

その2

★ これも11月中旬(1989年)、学校の学芸会を見に行きました。学芸会の劇というのは、すべての子どもを平等に舞台にだすための劇で、「知っている子どもが一生けんめいやっているところをみる」以外は特に劇としておもしろいということはあまりないのではないかと思います。

 今回もそんな感じで見に行ったのですが、驚きました。5年生の呼びかけ劇『八郎』がすばらしかったのです。舞台に5年生全員が並び、呼びかけと合唱で劇が進んでいきます。真ん中に黒い服を着た男の子たち15人ほどがいて、八郎になっています。まわりを囲むみんなは海になったり、小鳥になったり・・・。

 『八郎』というのは八郎潟の物語で、その村はいつも海が荒れて波をかぶり、作物がダメになっていたのですが、山のような大男の八郎が海を押しとどめ、村を救うという話です。

 八郎になっていた男子のなかに、児童館の常連であばれんぼうの男子がほとんど全員入っていました。学校でもあばれんぼうだろう男子たちです。

 さいごに海になったみんなが青い紙を持って「海は押す」と歌い、八郎になった黒い服を着た男子たちが立ちあがって、手で押しながら「八郎は押し返す」と歌い返します。そのリフレイン。そして・・・「沈む、沈む・・・胸も肩も、肩も頭も沈む、沈む。村のみんなのかわりになって、白い泡こを残して沈む」のところで涙が出てきました。

 みんなの幸せをこわす大きな力があって、それとたたかう者がいて・・・たたかう者は沈んでいく・・・そのことに私の思い入れが深いせいもあるでしょう。それと、あばれんぼうたちが八郎になって一生けんめい歌っていたこと、それよりも全体の合唱に力があり、すばらしかったこと・・・涙があふれて止まりませんでした。

 出番を終えて席に戻ってきた彼らに、私は「すごくよかったよ」と言いました。そしたらその日、彼らが児童館に来たので私は「感動して泣いちゃった」と言いました。それに対して言うことが傑作なのです。

 「あんなことで泣くのかよ!」「泣き虫!」
 私「そういうけど、あんたたちの劇がよかったから泣いたんだよ。上手だった」
 「オレが『八郎』って言うまえに小さい声で『タコ』って言ったの聞こえたか?」
 私「聞こえた」
 別の子「オレが手を振ったの見えたか?」
 私「見えた」 「えーっ、ほんとかよ?」 「ほんと・・・ウソ」と私。
 
 次の日、もう一日学芸会があったので、私は職場の相棒に頼んでもう一度『八郎』を見に行きました。写真を撮りたかったので。いま思えば録音こそすべきだったと後悔するけれど。

 途中から行ったら、きのうの子どもたちは舞台上で「またワタナベが来たぞ」とかなんとか話している。まじめにやれ! 子どもは「タコ八郎」なんて歌っているというのに、私はまた泣いてしまったのです。

 そして終わると今度はぜんぜん別の子(児童館の常連だがきのうは来なかった)が来て、「おまえ、また泣いただろう」と言う。「なんで知ってるんだ」「聞いた」(きのうの連中がワタナベは泣き虫だといいふらしたな)その子もその日児童館に来た。泣き真似をしながら入ってきて「泣き虫! 泣き虫!」と言う。「あんたたちの劇が上手だったから泣いたんだ。泣き虫じゃないぞ」と私。まったくなんという子どもたちなのだ。

★ そして冬休みの1日目、八郎になったあばれんぼうたちのうち4人(5年生男子)が来て、児童館の隣の公園の砂場に落とし穴を2つ作り、そのままにして帰ろうとするので、呼びとめて片づけるように言うと――「もう片付けた」  私「ウソつくな。ずっと見てたんだぞ」  「片づけたってば」

 私、落とし穴の一つをあばき「ほら片づけてないじゃないか」と言うと、子「なにすんだよ! 人がせっかく作ったものを! どうしてくれるんだよ!」とすごい剣幕でどなる。「なに言ってんのよ。そっちが片づけないで帰ろうとしたんだろう! 小さい子が落ちたらどうするんだ! どうやって責任とるんだ!」と私も負けないくらいの剣幕でどなる。4人のうち2人はそれでもつっぱって、捨て台詞を残しながら自転車に乗って逃げようとする。残った2人のうち1人が「片づけようか」と言う。

 結局、自転車に乗って逃げようというデモンストレーションをしてみせた2人も戻ってきて、4人で片づける。そして片づけ終わって――さっきすごい剣幕でどなったK君が「(いつも『ワタナベ』とえらそうに呼びつけしているのに、急に神妙に)先生、さっきのおこり方、迫力あった。もう1回おこってみて。おもしろいから」と言う。なんだ、なんなのだ。私「えっー、そんなこと言われたってもうおこれない。いまはもうおこってないもん」

 K君「いままでにもこんなにおこったことある?」
 私「もちろんある。何回もある」
 K君「誰に?」
 私「S君(『負けるな子どもたち』にでてきたS君)
 T君(S君の仲間)「あとY君!」
 私「T君」・・・

 K君「先生、このなかで一番のワルって誰? オレでしょ?」
 私「そうだねえ」するとU君が「一番いい子はボクでしょ? ちゃんと片付けたし」と言う。 私「うん、そうだね」

 子どもって一番のワルにもなりたいし、一番いい子にもなりたいんだよね。複雑な子どもの心理よ。
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by lumokurago | 2011-05-05 12:24 | 昔のミニコミ誌より
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