暗川  


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小出裕章さんのHP発見

 先日発見した9.11に関する文章があまりにも感動的なので、小出さんはほかにも書いていらっしゃるのではないかと、捜したところ、彼のHPを発見しました。
 
 お忙しいのでしょう。あまり記事はありませんが、まず次の記事に「やっぱり!」(原発に関する記事はたくさんあります)。

***** 以下無断転載。

 熊取町教育委員会 御中

 熊取町に住む小出裕章です。

 知人から、大阪府泉南地区の教科書の採択に当たって、熊取町教育委員会は扶桑社の教科書を推薦するようだという連絡を受け、正直に表現して、仰天しました。

 事実でないことを願いますが、もし事実であるとすれば、やはり一言異議を申し述べておきたいと思います。

 かつての戦争と、それを裁いた東京裁判をどのように捉えるかについては、様々な立場があると思います。米英を中心とする戦勝国の歴史認識が正しいとも私は思いません。しかし、どのような言い訳をしようとも、日本がアジアの人々に多大な苦しみを加えたことだけは歴史的な事実です。それを覆い隠そうとするどのような試みにも私は反対ですし、事実をしっかりと見つめて次の戦争を避けることに、私自身も責任を負っていると思います。

  かつてドイツのワイツゼッカー大統領は「荒れ野の40年」の演説で、
 「問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になってから過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」
と述べました。また、「日本はアジアに友人を持たない」と言ったのは、たしかシュミット首相だったと思います。

 過去をしっかり見つめ、未来で同じ過ちを起こさないようにすることこそ教育の役目です。どの教科書を採択するかは教育委員会の権限に属すると仰るのであれば、そうだと思います。ただし、教育委員会が扶桑社の教科書を推薦するのであれば、胸を張ってその根拠を説明する責任もまたあると思います。問答無用と口を閉ざすような姿勢は、およそ教育的でないことを申し上げておきます。扶桑社の教科書を採択しないよう、私は要望します。

2005年7月25日  小出 裕章

 http://www.geocities.jp/koideclan/history.htm

*****

 ドイツ福音主義協会、マルチン・ニーメラーについて

 かつて、ナチス・ドイツは600万人のユダヤ人を殺害しました。ドイツのM・ニーメラーは第1次世界戦争の時にはUボートの艦長として活躍した軍人でした。戦後、彼は福音主義教会の牧師になりましたが、キリスト教の中には「ドイツ・キリスト者」などナチズムに迎合する勢力も生まれました。彼はヒトラーの教会政策に抗して1933年「牧師緊急同盟」を結成して「ドイツ教会闘争」を指導しましたが、1937年7月に捕えられ、ナチス・ドイツ敗戦までダハウの強制収容所につながれていました。

 戦後間もなく、ニーメラーは彼の妻とともにダハウの強制収容所を訪れ、その時のことを以下のように書き残しています。

 「その建物(死体焼却炉)の前に1本の木が立っていて、そこに白く塗った板がかけてあり、黒い字で何やら書いてありました。この板は、ダハウで生き残り、最後にアメリカ兵によって発見・救出された囚人たちの、いわば最後の挨拶のようなものだったのです。つまり、彼らが、先に死んでいった仲間のために書いた挨拶です。こう読めました。『1933年から1945年までの間に、23万8765名の人々がここで焼かれた』。それを読んだとき、妻が失神しそうになってわたしの腕に中に沈み、ガタガタ震えているのにわたしは気がつきました。わたしは彼女を支えてやらなければなりませんでしたが、同時に冷雨のようなものがわたしの背すじを走るのを覚えました。妻が気分が悪くなったのは、25万人近くという数字を読んだためだと思います。この数字は、わたしにはどうということはなかった。わたしはもう知っていましたから。その時わたしを冷たく戦慄させたものはいくらか別のこと、つまり『1933年から1945年まで』という2つの数字だったのです。・・・1937年の7月1日から1945年の半ばまでは、わたしにはアリバイがあります(注・その間彼は捕えられていた)。しかし、そこには『1933年から』と書いてある。・・・1937年の半ばから、戦争の終わりまでは、お前にはなるほどアリバイがある。だが、お前は問われているのだ。『1933年から37年の7月まで、お前はどこにいたのか?』と。そしてわたしは、この問からもう逃れることはできませんでした。1933年には、わたしは自由な人間だったのです・・・」

 「ナチスがコミュニストを弾圧したとき、私はとても不安だった。が、コミュニストではなかったから、何の行動も私は行わなかった。その次、ナチスはソシアリストを弾圧した。私はソシアリストではないので、何の抗議もしなかった。それから、ナチスは学生・新聞・ユダヤ人と順次弾圧の輪を広げて行き、その度に私の不安は増大した。が、それでも私は行動しなかった。ある日、ついにナチスは教会を弾圧して来た。そして私は牧師だった。が、もうその時はすべてがあまりにも遅すぎた。」

 「ナチスに責任を押しつけるだけでは十分ではない。教会も自らの罪を告白しなければなりません。もし教会が、本当に信仰に生きるキリスト者から成り立っていたならば、ナチスはあれほどの不正を行うことができたでしょうか」


 いま、私は日本の国家からも、また米国からもなんらの拘束も受けていません。その私は、歴史の審判に耐えられるように今を生きているか、自問します。

 http://www.geocities.jp/koideclan/niemelle.htm

*****

ならず者国家
                     小出 裕章

 地球の誕生は46億年前、人類の誕生は400万年前といわれる。その人類は近年著しい「繁栄」を誇るようになり、1800年には10億だった地球の人口は、1930年には20億、1960年には30億、2000年には60億を超えた。その上、産業革命以降のエネルギー消費量の増加はまさに爆発的ともいえるもので、20世紀の100年間に人類が消費したエネルギーは、400万年間に人類が消費した量の6割に達する。複雑な生態系を抱えた有限な地球環境は、この人類の「繁栄」のために危機に瀕し、2000年の1年だけで50万種の生物種が絶滅に追い込まれたとの推定もある。しかし、その責任が人類全体に等しくあるわけではない。人類の内部にも著しい格差があり、膨大なエネルギーを消費してきたのは一握りの「先進国」でしかなく、アフリカ、アジア、中南米の多くの国々は未だに生命を維持するだけのエネルギーすら使えない。飢餓人口は5億を超え、「絶対的貧困」の人々は10億を超える。そしてUNICEFのデータによれば、2秒に1人の割合で子供たちが命を落としている。

 したがって現在の課題には、他の生物種に対する人類の責任の問題と人類内部の格差の問題がある。そして、これらのいずれの問題とも、「先進国」と呼ばれている国々が膨大な浪費を尽くしてきたことによって引き起こされた。

 去る6月17日、米国のブッシュ新政権は「国家エネルギー政策」を発表した。その「政策」は石油、石炭、原子力を含め従来からのエネルギー消費をさらに加速させるというものであった。ブッシュ政権の閣僚リストをみれば、そのすべてが石油、石炭、原子力などのエネルギー業界関係者であり、あからさまな利益の追求に、さすが米国流と感心した。

 豊富な資源に恵まれ、第2次世界戦争で戦争の現場にならなかった米国は原爆開発に邁進した。日本の一般歳出が59億円(1940年)、215億円(1945年)という当時、20億ドルもの費用を単に原爆開発だけに投入して、米国は広島・長崎の原爆を作り上げるとともに、核兵器開発の主導権をとった。しかし、数年にしてソ連、英国、フランスなどが原爆開発に成功したのを受け、IAEA(国際原子力機関)を設立して核兵器材料の管理、統制を強め、さらには核拡散防止条約を作って、米・ソ・英・仏・中の5カ国による核独占体制を謀った。その上、非核保有国への核攻撃をしないという消極的安全保障すら拒否し、さらなる核軍拡を進めながら、米国の正義が世界の正義であるとして世界中に支配の手を広げた。一方、ソ連が崩壊して冷戦構造が終焉するや、今度は「ならず者国家」から米国を防衛するとの理由で、ミサイル防衛(MD)をはじめとする軍拡を進めている。

 朝鮮民主主義人民共和国(以下、「朝鮮」と記す)は1998年8月に人工衛星打ち上げ実験を行ったと発表したが、純粋技術的に言えば、それは大陸間弾道ミサイルにもなりうる。もちろん米国は無数の軍事用人工衛星を打ち上げ、無数の大陸間弾道ミサイルを持っている。しかし、米国はただ1発のロケットを打ち上げた朝鮮を「ならず者国家」と呼び、それを理由にさらなる軍拡を進める。また、朝鮮には寧辺に熱出力25MWの研究用ガス冷却原子炉があるが、それがプルトニウム生産目的のものだとして経済制裁を加えてきた。しかし、プルトニウムは原子炉の使用済燃料を再処理しなければ取り出せず、朝鮮にはもともと再処理施設がない。おまけに、朝鮮が仮に使用済燃料の全量を再処理して原爆を作ったとしても、最大でも50kT(広島原爆約3発分)にしかならない。米国には5000MTもの核兵器があるから、10万倍に相当する。それでも、悪いのは「ならず者国家」朝鮮で米国は正義の国だという。ちなみに、日本には巨大な原発も再処理工場もあり、すでに30トンを超える分離プルトニウムがある。また、H2ロケットをはじめ人口衛星を打ち上げる力もあるが、幸か不幸か「ならず者国家」ではないそうだ。

 米国は従来から世界一のエネルギー浪費国であった。2億7000万(世界人口の4%)の人口で、世界全体が消費するエネルギーの4分の1を消費し、地球温暖化の元凶であるといわれる炭酸ガスもそれだけ放出してきた。その地球温暖化に関しては気候変動枠組み条約締約国会議(COP)が取り組みを進め、1997年12月には日本が議長国となって、炭酸ガス廃出量の多い国々に温室効果ガス削減目標を課す「京都議定書」を定めた。その当時も米国は国内産業界の反対で議定書の成立に難色を示したが、温暖化によって水没すると言われた小島諸国の切実な要求もあってようやくに成立にこぎ着けたのであった。ところがブッシュ政権になった米国は、「京都議定書」に従えば米国産業の活力が失われ、国益に反するとの立場から批准に反対。日本は、自らが議長国として定めた「京都議定書」でありながら、米国抜きの批准は実効を伴わないとの理由で最後まで米国の肩を持って抵抗。ボンで開かれていたCOP6は、大幅な後退を余儀なくされた。

 新しい「国家エネルギー政策」の公表を前にチェイニー副大統領は「省エネは個々人の嗜好を縛るもので好ましくない」とコメントしたという。しかし、エアコンを24時間・365日つけっぱなしという浪費社会が地球環境を破壊してきた。そして、そのつけを払わされるのは、地球環境の破壊に責任がなく、かつ破壊された環境から身を守る力のない国々の人々、そして生き物たちである。そうした現実の前で、「個人の嗜好」と「自国の利益」を振りかざしてエネルギー過消費を加速するというのが米国である。日本の原子力業界誌「原子力eye」に、「供給力が増加し、『個人の嗜好の問題』に国が何ら関与するのを避ければ、さらにエネルギー需要は増大する。無制限的に増大する需要に合わせ、供給も無制限的に増加させていくなどという循環はあり得ない。今の米国の1人当たり消費量でさえ、世界平均がそこに近づくことすらかなわない」と書いたのは、東京電力ワシントン事務所である。

 米国こそ今後「ならず者国家」として世界から嫌われ、その腰巾着の日本は世界から蔑まれることになると私は思う。

 『科学・社会・人間』 第78号 2001年9月10日 (つまり9.11のまえです)

 http://www.geocities.jp/koideclan/ssh78.htm

*****

 「科学・社会・人間」89 号 (2004.6.)
 
 巨大な暴力への抵抗 小出 裕章

 Manifest Destiny(神に与えられし定め)英国からの102 人の移住者が、わずか180トンの帆船・Mayflower 号に乗って北アメリカ大陸北東岸に到着したのは1620 年の晩秋のことであった。その年の冬は寒さが厳しく、農耕の経験を持たない都市生活者だった移住者は、その半数が春を待たずに死んだ。その土地の先住民は移住者に作物の栽培法・魚の採り方・肥料の作り方を教えて彼らを支えた。ところが、移住者はすぐに先住民の土地を奪うようになり、英国からの独立戦争を経、1776 年に米国は建国された。その独立宣言には「すべての人は平等である」と謳われているにもかかわらず、先住民については「老若男女・身分を問わずに殺戮するという戦法で知られる残酷なインディアン野蛮人」と記されている。実際にそうしたのは移住者の側であり、やがて太平洋に達するまで、数限りない先住民を虐殺しながら領土を強奪した。それを正当化するために考え出された理由が
「Manifest Destiny(明白な運命)」であり、アメリカ大陸は神が米国民に与えたものだというのであった。

「テロ」と「レジスタンス」

 一方、キリスト教徒は2000年に渡ってユダヤ人を差別し、ユダヤ人はしばしばゲットーの壁に閉じ込められた。そのユダヤ人自身が今、自分たちの領土を獲得するためにパレスティナの地に壁を作り、パレスティナ人を虐殺している。パレスティナで地道な福祉活動・医療活動を続けてきたハマスは、時に自らの命を捨てて「自爆攻撃」を行うようになった。それは、武力によって根こそぎ生活奪われ続けることへの止むに止まれぬ哀しい抵抗である。ナチスによるホロコーストに直面したユダヤ人が、孤絶したワルシャワ・ゲットーで蜂起した絶望的なレジスタンスと同じである。それを今、米国とイスラエルは「テロ」と呼ぶ。

 世界貿易センターと国防総省が攻撃されたのは2001年9月11日であった。奇しくも1973年のその日は、米国系資本の銅産業を国有化し、社会主義建設を進めていたチリ大統領S・アジェンデに対して、米国の後ろ盾を受けた軍部がクーデターを起こした日である。アジェンデは大統領官邸に立て籠もり銃を取って抵抗、そして殺された。アジェンデと彼の仲間たちもまた、米国によれば「武装集団」になろう。
 
 そして今、イラク各地で貧弱な武器を取って米国の支配に立ち向かう人々がいる。米国や日本はそれを「テロ」と呼ぶが、私はそれを「レジスタンス」と呼ぶ。傲慢な一極支配と「国際社会」2002 年9 月20 日、ブッシュ米国大統領は「米国国家安全保障戦略」を発表し次のように主張した。「米国はかってないほどの力と世界への影響力を持っており、この力は自由を希求する国々の力の均衡を推進するために使われなければならない。脅威が米国の国境に達する前に探知し、破壊することで、米国民とわれわれの国内外での利益を防衛する。米国は国際社会の支持を得るために努力を継続するが、必要とあれば、単独行動をためらわず、先制する形で自衛権を行使する。米国は、自分たちの意思をわが国とその同盟国に押し付けようとする敵のどんな試みも破る能力を維持する。米国と同等かそれ以上の軍事力を築こうとする潜在的な敵に思いとどまらせるに充分な、強力な軍事力を持つ。」

 何のことはない、米国は自分だけが正義であり、自分の権益を守るために必要であれば、いつでも武力を行使すると宣言しているのである。まさに、アメリカ先住民を虐殺して領土を獲得した「Manifest Destiny」そのままの横暴さである。

 米国は、イラクが「大量破壊兵器」を保有しているとして戦争、いや一方的な殺戮を仕掛けた。しかし、イラクに大量破壊兵器はなかった。そのことで、この攻撃に大義がなかったと反省する声が出てきた。しかし、仮にイラクが大量破壊兵器を持っていたとしても、もともと大義など無い。世界最大にして圧倒的な大量破壊兵器保有国は米国である。その米国が一方的な殺戮を繰り返す世界で、当の米国から大量破壊兵器の保有を非難される謂れなど、どの国にももともとない。また「国際社会」なるものも、強大な軍事力で世界を一極支配する米国とそれに屈服した国々の総称のことでしかない。日本はひたすら米国に従うのが国益だと言うが、そんな卑屈な国の一員であることを私は恥ずかしく思う。

「自己責任」論と連帯すべき人々

 イラクで日本人が人質になった時、日本政府は「卑劣なテロ」に屈しないと一切の譲歩を拒んだ。また、自民党の柏村武昭・参議院議員は、人質事件にかかった費用などについて、「人質の中には自衛隊のイラク派遣に公然と反対していた人もいるらしい。そんな反政府、反日的分子のために血税を用いることは強烈な違和感、不快感を持たざるを得ない」と発言した。

 いまさら反論する必要もないが、日本国が日本人を守るのは、その人が「反日的」であるか否かに拘わらず、国としての義務にすぎない。ところが、日本政府は実際には彼らを守るための行動は一切取らなかった。人質になった人々は、日本政府が米国に助けを頼むという妨害にもかかわらず、彼ら自身がイラクの人々の「友人」であると認定されたが故に解放されたのである。

 「日本人はイラクに来ないで欲しい。私たちは友人に危害を加えたくない」と言って人質を解放した「卑劣なテロリスト」たちは、「正義」の米国の攻撃によっておそらくすでに殺されているであろう。私は自衛隊を派兵している国の一員であるが、痛苦の思いを抱えながら彼らと連帯したい。それが「反日的」であるというのであれば、喜んで受け入れる。連綿と繰り返されてきた差別と抑圧の人類史を超えるためには、多様性を認め合う以外には道がないのである。一つの価値観に凝り固
まった狭量な一国支配には最後まで抵抗したい。イラクで人質とされ、そして解放された人たちも誇りを持って顔を上げていて欲しい。

(2004 年5 月10 日・記)
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by lumokurago | 2011-05-07 20:23 | 原発
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