暗川  


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by lumokurago
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いまどきの子どもたちと私 4

 『暗川』第30号 1990.5.11より

「いまどきの子ども」たちと私 その4

 春休み中、5年生(4月から6年生)のK君、T君、それに4年生(新5年生)のH君が来続けている。彼らはF君をからかい、いじめ、私の話を全く聞こうとしない。そして新1年生に対してもからかったり、ボールをとったり、いじわるをする。彼らがそんな行動をとるのは、人一倍人間に対して興味を持っており、人との関係を求める気持ちが強いためだということはよくわかる。それはとてもすばらしいことなのだが、その表現が乱暴で屈折しており、弱い子に対しては時に“こわい”存在になってしまう。その子に興味があり、関係を作りたいという表現は、紙一重のところで“いじめ”につながるという一面を持つ。

 前回書いたが、私は「障害児」をからかうことがすべて“いじめ”であるとは思えないでいる。その子の反応が変わっていておもしろいということに対して、愛情を持ってその子の個性として慈しんでやるのか、それとも差別的に侮蔑の材料とするのかでは全然違うと思う。私は子どもたちが「障害児」の反応が変わっているために、興味を持ってからかうことを否定しない。人に興味を持つことはすばらしいことだから。興味を持ってからかうこともせず、ただ大人が言葉で「差別はいけない」と言っても、本当の意味で子どもは「障害児」と同じ人間としての対等な関係を作ることはできないだろう。

 絵本『はせがわくん、きらいや』で、「ぼく」は最後に「はせがわくんなんてだい、だい、だい、だい、だいっきらいや」と言う。しかし、「ぼく」はだいっきらいなはせがわくんをよく知っており、対等な人間として認めているのである。私もうわっつらだけのやさしさならいらない。大事なのは相手をよく知ることであり、知っていく過程から、その子が自分たちと同じかけがいのない命を持ったひとりの人間であることを感じとり、愛情を持って接することができるようになるのではないかと思う。

 きのう、私は彼らがF君や新1年生にいじわるをし、泣かせ、いくら話をしようとしてもまじめに聞かないので、ほんとうに頭に来ていた。F君を「シンちゃん」と言ったので……

 私:このあいだそんなふうに言わないでって言ったでしょ!
 H:なんで言っちゃいけないんだよ! 大人が言ってるんだろ!
 私:だから、大人が間違ってるんだから、あんたたちには言ってほしくないって言ったでしょ。
 H:大人が間違ってるんなら、おまえも間違ってるんだな。
 私:今の社会全体が間違ってると思ってる。「障害者」を差別してる社会が。私はそんな社会を変えたいと思ってる。
 H:おまえは正しいのかよ?
 私:全部正しいとは思わないけど、正しいと信じることをやるように努力してる。
 K:でもおまえもほんとは「気持ち悪い」と思ってるんだろ。
 私:私はそんなふうには思っていない。同じ人間だと思ってる。
 K:正しいと思ってもヤクザに殺されそうになったらやらないだろう?
 私:殺されたっていい。
 K:そんなこと、信じられるかよ!
 H:おまえだってFに「犬が来た!」とか言ってからかってるじゃないか。
 私:でも痛いこととか傷つけるようなことはしない。あんたたちのはひどすぎる。なんでいくら言ってもやめないのよ! やっていいことか悪いことか自分の頭で考えろ!
 H:考えたりしたらしらがになっちゃう。
 K:考えるなんてバカだよな。何も考えないほうがましだ。
 私:何も考えないなんて人間じゃない。
 K:おまえだっておれたちのこと、「人間じゃない」なんて決めつけるじゃないか! 「身体障害者」って言うのと同じだ。
 私:人間だったら考えろって言ってるの!
 K:(突然)やさしいことがなんだってんだ。やさしさなんかいらない。お金ちょうだい。1000円、100 円でもいいから。
 私:もう! おまえ一回泣かせてやろうか。
 K:おまえにおれが泣かせられるか! おれ、絶対泣かないよ。おれのこわさ知らないな。おれ、おこるとすごくこわいよ。
 私:知ってる。
 K:女になんか泣かせられるか!
 (中略)
 私:なにしろFや1年生泣かせるようなこともう絶対しないで。
 K:もししたらどうする?
 私:お母さんに言う。
 K:おれの一番弱いこと言われた。
 T:電話、切っちゃえばいい。
 H:家まで来るかもよ。
 K:おれの家、知らねえだろう。
 私:学校に聞けばわかる。
 K:わかった。もうしない。それでいいんだろう?
 私:私はお母さんに言うなんてこと、したくないんだよ。私の話をまじめに聞いて自分で考えてやめてほしいの。そのこと覚えといて。
 K:おれがやめてやるって言ってるのに、すなおに「ウン」て言わないのかよ。気にいらねえな。もうやめてやるもんか(と私にかかってくる)。
 私:自分で考えろ!
 K:やめてやるけど、お母さんに言われたくないからだぞ。それだけだぞ!

 彼らは私に対しても、この数日、けったりぶったりの乱暴なことをし続けていた。なんでそれほど乱暴をするのか? 『負けるな子どもたち!』でたいていのことは驚かずに受け入れられるようになっていた私だったが、この日はなぜかとっても悲しくて泣きたいほどだった。泣きたい気持ちと腹立たしい気持ちが入り交じって、気が滅入った。彼らともう口をききたくなかった。

 私が他の子とバトミントンをしていると、彼らはエバーマットという大きな厚いマットをすべり台にして遊び始める。これは普段禁止されている。彼らが他の子に「おまえもやれよ」と誘うので、私は「あんたたちが自分でけがするぶんにはかまわないけど、他の子にはやらせないで」とすごい剣幕で言う。

 K:ワタナベ、すごくおこってるでしょ?
 私:おこってる。もうあんたたちと口ききたくない!
 T:おれたちも口きくのやめようぜ。ワタナベなんか無視しよう。
 しばらくして彼らが片付けないで出て行こうとするので、「片付けろ! すぐやれ」と言うと、K君は「急にこわくなった」と言いながら、「片付けようぜ」と言ってすぐに片付けたのだった。

 この日、新1年生で「原因不明の発達遅滞」の子が初めて彼らと顔を合わせた。彼らはすぐに彼(A君とする)のところへ来て、「この子、シンちゃん? 何才? 」と聞く。A君ははっきりしない言葉で答える。

 K:この子しゃべれないの? シンちゃんかよ
 私:病気でまだうまくしゃべれないの。でもだんだんにじょうずになるよ。
 K・T・H:「ろくさい(6才)」だろ。「ろくさい」! (と大声で言う。その他、名前を聞いたりして、それも聞き取れないと私に聞き、大声で教える) 私:あんたたちが教えようとする気持ちはわかるけど、急にはできないからあんまり大声で言わないで。こわがってるよ。

 他の子が紙飛行機で遊んでいたのをA君がほしがったので、私が作ってやると、H君が取ってしまい、「返せ」と言ったら破いてしまった。K君はそれを見て「おれが作ってあげるよ」と作ってくれたのだが、なかなか渡してくれず、からかっておもしろがっているのだ。でも最後には渡してくれたので、私は「どうもありがとう」と言った。

 それから折り紙をいろいろ見せて、「これは何色?」と聞いて、はっきり答えられると、「言えるじゃん」と言い、発音が聞き取れないと、「みどり」「みどり!」などと大声で教えていた。

 A君にとってはきつすぎる刺激だろうけど、彼らが来なければ、これほどまでA君と関わってくれる子はいないから、私は彼らに感謝した。さっきの悲しい気持ちはだんだんに薄らいでいった。

 A君はずっとアメリカに住んでいたので、英語ならわかるかもしれないと、彼らはローマ字のスタンプを持ち出して押して遊んでいた。私も一緒に遊んだので、 K:おまえ、もうおこってないの?
 私:おこってないよ。
 K:なんでおこるのやめたの?
 私:おこるのあきちゃった。
 K:おれたち、仲直りしたな。仲直りの印! (と私の顔にスタンプを押してくる。まったく!)

 次の日
 K君たちは私とA君がボール投げをしているところに来て、ちょっかいを出す。 私:(A君が何か言うので)いやだって。やめてよ。
 T:わたなべ先生、好き?
 A:××(はっきり聞き取れない)
 K:なんて言ったんだ? わたなべ先生、好き?
 A:××
 K:なんだって?
 私:「好き」って言ったんじゃない? 「きらい」だったら「×××」って音がみっつになるもん。
 K:わたなべ先生、好き? 好きだったらこっちの手、きらいだったらこっちの手たたいて。
 A:(「好き」の方の手をたたく)
 T:好きだって!
 私:このお兄さん好き(とK君を指して)?
 K:好きだったらこっちの手、きらいだったらこっちの手。
 A:(「好き」の方の手をたたく)
 (その他いろんなことをその方法で聞いて)
 K:おれたちと遊びたい?
 A:(「遊びたい」の方の手をたたく)
 K:遊びたいって!
 私:A君、トイレは?
 A:××
 K:トイレに行きたかったらこっちの手、行きたくなかったらこっちの手。おしっこしたかったらこっちの手、したくなかったらこっちの手。
 A:(「トイレに行きたい」の方の手をたたく)
 (A君はトイレに連れて行かないとおしっこをもらしてしまう。この時はすぐに連れていき、間に合った)
 私:K君のおかげだ。トイレに間に合った。いい方法、考えついたね。これから使わせてもらおう。ありがとう。
 
 K君のおかげでこの日は一回もおしっこをもらさなかった。私はうれしかった。大人の私はA君の言葉を聞き取ろうとそればかりに一生懸命だったけれど、子どものK君は違うやり方で意思疎通の方法をごくごく簡単に見付け出したのだった。K君はそれからもA君に乱暴なことをして、私に「やめろ!」と言われていたのだけれど、そんなことが何だっていうのだろう! K君はA君の気持ちを聞き出す方法をいとも簡単に発見したのだ。私はうれしい!

 A君は友だちの中に入りたいという気持ちは十分に持っているのだが、今はひとりでボール遊びをしていることが多い。1、2年生はまだ自分たちで遊ぶことで精一杯でA君に目を向けることは少ないが、3、4年生は興味を持ってちょっかいを出したりしている。A君をめぐって子どもたちがどんな関係を作っていくのか私は楽しみにしている。
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by lumokurago | 2011-05-08 20:25 | 昔のミニコミ誌より
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