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脱線事故は日本人ひとりひとりの責任

 ドライアイなので新聞もろくに読めないが、ちらっと見たところによると、JRでは電車の遅れを出した運転手にひどい仕打ちをしていたらしい。朝日新聞4月29日付「時時刻刻」によると、2001年にたった50秒発車が遅れただけでペナルティを課せられた運転手が、自殺してしまったとのこと。父親が裁判に訴えた話が載っている。「ライバル社に勝つためには1分の遅れも許されない雰囲気がある」とのこと。
 普通に考えて1分の遅れも許されないなんて厳しすぎる。なぜそんなことになってしまったのだろうか? それは世の中(ほとんどの日本人)が要求するからであろう。ではなぜ要求するのか? それは日本では人間にも社会にも余裕がないからだろう。ではなぜそんなにも余裕がないのか?
 
 数年前、私の父がMRSAに感染し、老人ホームから追い出された時、慶應義塾大学病院放射線科講師の近藤誠医師に質問したことがある。(近藤医師は私の乳がんの担当医)。近藤医師は「現在、どこの病院にもMRSAの菌はいて、感染しない方がおかしいくらいの状況。だから、感染した老人を老人ホームで受け入れないというのは差別だ」と言うので、私が「では、老人ホームで感染老人から他の老人にうつることについてどう思いますか?」と聞いたら、「それは日本人が今までしてきたことに対する“つけ”みたいなもの」と言っていた。私はその言葉に納得した。“つけ”、そうなのだ。

 この事故も犠牲になられた方々には大変気の毒だが、“つけ”ではないだろうか。「1分遅れても許されないような雰囲気」を作ってきた、私たちひとりひとりに対する“つけ”である。
 
 ニュースや新聞をちらっと見る限り、この事故については運転手ひとりの責任ではなく、JRの責任も追及するということらしいが、JRをそうさせたのは、いったい誰なのか? それはもとをたどれば、国民一人ひとりなのではないだろうか。

  人間が人間である限り、必ず間違いはある。間違いが許されない社会では人間は大切にされない。自殺者が出たり、このように事故になってしまったり・・・。間違いがいつか起こることを前提として、それでも事故の起きないように普段から手厚く人手を用意しておかなければならないのだ。事故が起こってからでは遅い。
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by lumokurago | 2005-04-29 20:12 | 未分類
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