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『戦後思想を考える』 その4

第5章 管理社会化をめぐって

引用

 政治的支配、経済的搾取、社会的差別だけが日本の現代社会の骨格を支えているのではない。生活の管理化、教育の統制化、文化の画一化、思想の受動化、要するにすべての局面におけるおしきせ性がその骨格を支えている。そのおしきせ性に異を唱えることは、めぐりめぐって自分の生活設計に不利になるという構造がしつらえらている。

 軍事大国化に不安を持つものがいても、放任しておけばよい。もし彼らが現在のおしきせの生活・教育・文化・思想に従順であれば、軍事大国化の推進者にとっての不安はないのだ。

 それゆえ、逆にいえば、軍事大国化を批判するためには、生活・教育・文化・思想などのあらゆる面で、民衆のひとりびとりが、この管理の網の目をくいやぶることが、あるいは少なくともその囚われ人のままでいたくないという意識を持つことが必要である。

 (中略)

 労働者の団結だけではなく、民衆のひとりびとりの自立や、そのひとりびとりの人間のつながりや連帯がきわめて重要であるということ。さらには、人間と自然との共生的関係が、多くの人びとがいま考えている以上に大切だということ。そうしたことを認識と想像力のつばさのなかにおさめた思想が待ちのぞまれている。

*****

 日高六郎さんがこの本を書いた1980年に「おしきせ」「管理社会」と言っていることは、今日では生活・教育・文化・思想ほかすべての分野において、人間は「消費者」にさせられてしまったことだと言えるだろう。身近なところで私の仕事だった児童館・学童クラブという人間相手の仕事さえが、職員は「サービス提供者」、子どもや親は「消費者(お客様)」とされてしまい、そこにむかしあったような人間的な交流は生まれようがなくなってしまった。なぜならば対等でないのだから。

 人間相手の職場にまで「ニーズ」という言葉が入り込んできたのはいつごろだったのだろうか。私たちの仕事は決して「ニーズ」に答えるなどという無味乾燥なものではなかったのだ。同じ人間として子どもや親と交流し、お互いに育ち合っていたのだから。

 介護職にも同じことが言える。10年前から3年前まで7年間も来てくれていた母のヘルパーさんとは人間的な交流があった。大きな声では言えないが、介護保険では認められていないことや禁止されていることもしていたからである(一緒にお茶を飲んでおしゃべりするというような)。彼女は親戚のおばさんのようだった。

 いま来てくれているヘルパーさんは利用者宅でお茶をだされて断ったところ(お茶を飲んではいけないことになっている)、「年寄りの入れたお茶は汚いのか」と言われたという。あんなにつらかったことはないという。
 
 私たちはなぜここまで非人間的にならなければならないのか。管理されなければならないのか。

 もっと人間的に仕事をしたい。お茶ぐらい飲んでなにがいけないのか。子どもを預かることは「ニーズ」ではない。一緒に育ち合うのだ。
 
 枠をはずしたい。網を食い破りたい。囚われ人ではいたくない。一人ひとりが自立して対等な人間としてつながりたい。
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by lumokurago | 2011-05-30 17:29 | 本(book)
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