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二間のアパートでも看取りはできる

 Dr.KとDr.Aの対談です。「『がんと闘うな』論争集」(メディカルトリビューンブックス・1997年)より。私の主治医の二人なので大サービスで全文打ちこみます。

 二間のアパートでも看取りはできる ―病院信仰批判としての在宅医療―

 近藤 網野さんとは4年前に一度お目にかかっていますけれど、名前だけはそれ以前から知っていたんです。92年ごろでしょうか。何かの雑誌で、過疎の村で在宅医療を熱心にやっていて、それと同時に胃癌の集団検診をやめた村として紹介されていましたね。

 網野 『日経ヘルスケア』(92年9月号)ですね。

 近藤 ぼくもちょうどそのころ、検診無用論を書き始めていたんです。それは『文藝春秋』でゲラの段階まで行ってボツになりましたけど。

 網野 私が近藤さんの名前を初めて知ったのは、高校の同窓会報を読んでいた女房が“おもしろい先生”というか“あなたと同じ考え方の先生がいる”って。今日お目にかかるんで調べてきたら、掲載されているのは92年5月の同窓会報で、91年11月の近藤さんの講演が紹介されている。その当時は、『なぜ、村は集団検診をやめたか』という本の自費出版の準備をしていたときで、“同じ考え方の人がいるんだ”とびっくりすると同時にうれしかったのをよく覚えています。

 ■ 3年続けて胃癌を見落とす ■

 近藤 網野さんは、どうして行政レベルでの集検をやめることにしたんでしょうか。泰阜(やすおか)村は、もともとは癌検診を熱心にやっていたんですよね。

 網野 泰阜村は長野県の貧しい村ですが、保健婦の活動は古くから活発で集検が入り込みやすい素地があったのと、住民にも医療や集検への期待が大きかった。そこにある医療チームが胃の集検をするために入ってきたんです。

 近藤 昭和でいうと30年代ですか。日本で初めてぐらいでしょうね。

 網野 初めてかどうかは分かりませんが、東北大グループが始めたころをほぼ同じころです。

 近藤 網野さんが村の診療所に赴任されたときも、それがシステム化されながら続いていたんでしょう?

 網野 ええ。貧しい村としては、医療費を節約するためにも検診に熱心にならざるをえなかったんでしょう。国や県の指導もあったでしょうし。赴任したのは84年の2月で集検をやめたのは89年でした。赴任当時の私は“ふつうの医者”だったと思います。現代医学になんの疑問も持っていませんでしたから。それを僻地で生かそうとしていました。

 集検には、それまでに携わったことはなかったにしても、当然のものだと考えてました。ところが実際に経験してみると雑であるし、こんなもので本当に早期発見ができるのかなあとは思いましたね。疑問が決定的になったのは、村に赴任したときから3年連続して見落としによる胃癌の死亡者が出たことです。なぜ現代医療の恩恵が及ばないのかと素朴な疑問でした。

 近藤 それから文献を調べだしたというわけですか。

 網野 ええ。それで文献を調べてみると、胃の集検にはなんの根拠もないことが分かったんですね。初めはとにかく検査精度に大きな疑問を持ったわけですが、88年に出版された『胃癌』(日本病院出版会)で、西沢護さんが問題点を指摘されてました。それは確か、胃集検では発見一に対して見落としが六で、その見落としにはかなりの進行癌もあるという内容でした。この文献が大変に印象深かった。それからアメリカの論文でしたが、アメリカでも罹患率で見ると胃癌が癌のトップだった時期がある。ところが検診を行わなくても自然に減少している。当然ながら死亡率も低下している。

 その一方、胃集検を肯定する論文は研究としてはすべてお粗末で、とても集検を続ける根拠になりえない。このようなことが分かってきたんです。それと、村の胃集検についてまとめると、胃癌の発見は非常に気まぐれ的で、住民の受診率と相関していない。要するにかなりでたらめなんですね。国全体を見ても集検が胃癌現象に影響を与えていない。

 近藤 ぼくの場合は、医者になって放射線科に入ったわけですが、アルバイト先で胃の間接撮影や精密撮影をやったりしていました。だいがくでも胃の直接撮影や大腸透視をやってましたけれど、特に疑問はなかったんですね。ただ、効率が悪いなとか、早期発見されれば意味はあるんだろうなと、その程度でしたね。

 その後、癌の治療を専門にするようになって・・・どうしてかなあ、疑問が湧いてきたんですよね。最初の疑問は効率論で、そこにかけるお金を別のほうに回したほうがいいんではないかと――86年か87年ごろのことです。88年に初めて一般向けの本(『がん最前線に異状あり』廣済堂出版。『がんほどつきあいやすい病気はない』と改題し、講談社プラスα文庫に所収)を書いたときには「癌を早期発見しても、それが死亡率の減少に結びつくか疑わしい点がある」といった程度で、集検への批判というよりは疑問を出した形でした。それから、集検批判の『文春』原稿がなぜボツになったのか考えたり。

 つまり、乳癌ではなぜ温存療法が可能なのか。局所再発が増えても、なんで遠隔転移が増えないのか。結局、早期癌を放置して増大しても遠隔転移が増えないのではという疑問が成り立つ。そういう面から考えたのが一つの道。

 もう一つとしては、ぼくは医療過誤問題にも取り組んでいるわけですが、ある市民集会で遺族の方から「私の夫は集検で早期癌が見つかって入院するときは元気だったのに帰ってきたときは棺の中だった」と大変悔やんでいる話を聞かされ、がん診療では害のほうも大きい。これは相当深刻な問題だと改めて気づいたわけです。それで、癌の性質上、早期発見は有効なのかという疑問と害の部分が知らされていないということを突きつめていって論文にしたのが「がん検診、百害あって一利なし」(『文春』92年9月号)です。

 網野 そうすると、論理が先行していて、そこで遺族の話にぶつかったという感じでしょうか。

 近藤 そうですね。

 網野 それは非常によかったですね。そのことで問題の本質により迫ることになったと思いますから。

 本紙 厚生省も医学界全体も積極的に推進している集団検診に、ほぼ同じ時期に複数の医師が批判をしたのは単なる偶然でしょうか。

 網野 疑問を持っている医者は少なくないと思うんですよ。

 本紙 でも、大きな声で、具体的に批判してはいませんよ。

 近藤 そうね、ふつうなら最初に批判を始めるのは一人なんでしょうが。でも、開業医で疑問を持っていて不要論を言い始めて無視されている人も知っています。要するに社会的に認知される形で行動を起こしたのは二人だった、ということでしょう。

 つづく
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by lumokurago | 2011-07-08 16:45 | Dr.K関連記事
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