暗川  


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Dr.kとDr.Aの対談 その3

 ■ 全世界的宗教としての医学 ■

 網野 私自身もきちんと確信を持つまでには、自分の中に相当に揺り戻しがあったわけですが、近藤さんはどうでした?

 近藤 臨床的な面からの癌の進展の問題に関する論文を書きあげるまでは熟考しましたけれど、その後の揺れはありませんでしたね。肺癌検診や乳がん検診のRCT(くじ引き試験)の結果を見れば両群に差がないのは明らかですから。

 網野 そこに至るまでは、少しは揺れた?
 
 近藤 検診有効論の根拠になっている論文を読み解いていくには若干時間は使ったけれど、一つ糸がほぐれると――そうした山ほどある論文のおかしさに気づいたりすると、ほとんど揺れはなかったなあ。得心がいくというのか・・・なんと言って表現したらいいのかなあ。

 網野 そうねえ、私の場合揺れが止まったのは、先ほど触れた自費出版の『なぜ、村は集団検診をやめたか』を、いろいろな書物や資料を読みながら書いたときですね。同じ意見を持っている近藤さんの存在もそのころに知ったし。

 本を読んでいるうちに、現代医学の基本的な構造に信仰的なものが大きく、それで私たちは間違った方向に進んでいるのではないかと気づき始めたところがあります。現代医学を信じている人と話をしていると、なかなか理解されなくて疲れてしまうわけで――近藤さんも議論をしていて疲れるでしょうが、彼らの考え方は宗教心とほとんどイコールだと気づいた。

 近藤 それはありますね。

 網野 現代医学の中で医者は牧師のような役目をしている。

 近藤 例えば、レントゲン技師たちが消化器集団検診学会での論議(集検是非論)をどう受け止めたかを調査したマスコミの人がいうには、論議の中身を見るんでなく、「あの有名ながんセンターの名誉院長が有効というんだから有効でしょう」という声があった。こうなると、もう本当に宗教みたいになってしまう。

 網野 現代医学を作っている構造には薬害エイズでも問題になった医学、メーカー、国の三者の癒着があるわけですけど、そうしたいい加減なところを知りながらもなぜ改めないのかと言えば、そのほうが居心地がいいからでしょう。市民の側も権威にすがりついていれば楽だから。で、被害者になって初めて分かるという状況だと思う。そういう人たちを説得するのは本当に疲れてしまう。

 近藤 感情に裏打ちされた意見というのは、なかなか変わらない。論理が通じないのは大変ですよね。それでぼくがやろうとしているのは、患者さんの側に気づいてもらって、その働きかけで医者の考えを変えていく、それしかないと思っている。

 網野 全世界的な宗教である医学に立ち向かう困難さを感じませんか?

 近藤 むしろぼくは世界的な常識を紹介してきたのだから。乳癌の乳房温存療法を紹介することで、患者さんは切除しかない医者のところから離れるという動きになる。すると医者のほうは患者さんを呼びもどすために温存療法をすることになる。理論的に患者さんの動きというワンクッションあるから迂遠のようだけれど。

 網野 しかし明らかにそういう流れになっていますね。温存療法は日本でも社会的に認知されたと思いますし、癌の手術についても同じように進行しつつあると思います。権威ある病院で手術しかないと言われて逃げてきた人が私の患者さんにいたりしますから。

 本紙 近藤さんへの批判の中で、しばしば「医学の問題は専門学会で議論せよ、一般の人を巻き込むな」という話があります。これについてどう思われますか?

 網野 医学界の中で議論することは大切だけれど、宗教心が強いというか、認識論的な障害は患者さんよりも医者のほうが大きいんですよ、私自身の経験から言っても。

 近藤 医学に限らず 行政の問題にしても、情報が一般の人に届いていないことがある。例えば、9割の癌に抗癌剤は無効で生存率は上がらないことは専門家の間では常識だった。それが、一般の常識ではなかった。それを紹介するような行為をすると、専門学会に戻れというのは専門家支配を強めるだけ。情報公開により利益を受けるはずの一般の人たちまでもが専門学会でやってくれというのは不思議です。

 網野 一般の人たちもそう言いますか。それは少ないのでは。

 近藤 いや、そうでもないですよ。

 網野 それは、知りたくないということでしょうか。

 近藤 専門家信仰があるんじゃないのかな。

 網野 いろんな信仰がありますからね。

 近藤 パターナリズムでいいと言っているひとに、それを変えなさいとは言えない。それは患者さんの自由だから。ただ、そこから脱却したいという人に情報を提供するのは専門家の義務だと思う。

 網野 インフォームド・コンセントと言いつつ、肝心な情報を与えないことがありますから。

 近藤 情報を隠すのはそれによって利益を得る人がいるということですよね。それはどの社会でもそうだな。だから医者は隠して利益を得ていたということですよ。

 網野 いろんな意味で抜き差しならない事態に遭遇しちゃって、医者のほうも精神的に追いつかない。精神的な支柱を失っている。

 近藤 精神的な支柱かなあ。理論的な支柱じゃない?

 網野 理論的な支柱も失っているけれど。

 近藤 ある大学の外科で若い人が、温存療法をこれこれの理由で始めたいと言ったら、そのボスが「きみは科学者みたいなことをいうね」(笑)。彼の中で医学は科学をベースにしていないということです。また、経験的にも言えるけれど、ボスが辞めるまでその病院で温存療法は広がらない。

 網野 そうすると、世代の交代を待つしかないんですかね?

 近藤 それもヘンな話ですね。患者さんの利益を無視している。ボスがいても治療法を変えていくような世の中にしなければ。

 網野 ゲリラ的にいろんな作戦を導入してでしょうか。

 近藤 いやゲリラではなく本道で、ですよ。変えていくためには、患者さんがこういう治療をやってほしいと迫ればいいわけで、そのためにも情報公開が重要になる。

 つづく
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by lumokurago | 2011-07-10 16:38 | Dr.K関連記事
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