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『負けるな子どもたち』の感想 その3

『負けるな子どもたち』について  匿名  1990年5月

1、書評

 この本は学童保育という教育の現場で先生として日々子どもに接してきた著者が、この10年間子どもたちがいかに急激に変化してきたか、そして自分がそれにどう対応してきたかをまとめたものである。

 この作品については二通りの読まれ方があるだろう。一つは著者が子どもと交流する過程で、子どもと向かい合う先生・大人から同時代を共に生きる「時代への挑戦者として子どもと肩を組む人」へと変貌していったプロセスの記録として受けとるというものと、

 二つはどうしてこの10年間子どもたちが急激に変化してきたのか。しかも悪い方向へと変わってきたのか。それはなぜなのかという深刻な問題に対する著者なりの解答と理解し、さらにそれに対して大人はどう対処すべきなのかという著者の問題提起と捉えるというものである。

 しかしそんな解釈をいかに精密にほどこしたところで著者はきっと納得はすまい。なぜなら著者の真意はこうなのだから。

 もしもあなたが少しでも、ほんの少しでも自由を獲得したいなら、なんでもいいからともかくも行動を起こせ。そうしないと状況はますます絶望的になってしまう。子どもを見よ。彼らは自己の全存在をかけた<非行化><問題行動>をひっさげて孤独に壮絶な戦いをくりひろげているではないか。さあ、大人も子どもの同志となって戦列を組もうではないか。「負けるな子どもたち」とエールを送ろうではないか。しかしそれは、とりもなおさず自分たち大人自身へのはげましでもあるのだ。

2、この本を知って私が考えたこと

(1)現状の報告としての面から考える
 1976年から現在まで学童クラブの先生として子どもたちと接触している著者が、この10数年間のすさまじいまでの子どもの変化について具体例にそくして報告してくれている。私はそれを読んで、こんなになってしまったのかと驚き、本当にこれは何とかしなければと深く考えこまされた。

(2)著者の子ども観の変遷としての面から考える
 これまでの10数年間学童保育の仕事にたずさわったという体験を積み重ねる中で、著者が、時代の流れに対応し変化する子どもたちにいかに対処してきたか。またそれによって著者の子ども観が変わらざるをえなかったのだが、それはどのように変わってきたのか。そして、今はいかなる子ども観を持っているのかの発表として捉え、著者の子どもたちへの深い理解と愛に感動させられた。

3、私の著者への疑問

(1)著者の全力をかたむけた努力にもかかわらず、結局は何も変わらないし、変えることもできない。例えば、おけいこごと通い、塾、学校のカリキュラム、みせかけだけの豊かさ、競争(受験をはじめ全ての面での)等々・・・について。

 だけど渡辺さんと接しているごく限られた人数の子どもとその親たちは、子どもの心を理解できるようになり、子どもの置かれている状況を的確に判断するようになり、他の親たちと交流を持てるようになったという、ごくささやかな変化はあった。とはいえ、そんなちっぽけな変化など全体にとってはもちろん、当人たちにとっても何のたしにもならぬ程度のものでしかない。せいぜい自己満足の域に止まるに過ぎぬのではないだろうか。

 そういうことが見通せたのに、なおかつ渡辺さんは努力を重ねざるをえなかったのはなぜなのか。その努力を支えている哲学はどんなものか。また接する子どもや母親たちに何を望み、何を訴えかけているのか。それを知りたい。

(2)私はいつもこのような改革派的思考と実践に出会うたび思う。その思考に忠実に従ったなら、きっとこの社会では落後者にならざるをえないだろうと。そうなったとき、どのような思いで以後を生きてゆけばよいのか。またその落後者に対し、渡辺さんはその者がどのように生きてゆけばよいと考えているのか、質問したい。

*****

 当時、このかたの質問にどのように答えたのかは覚えていません。たぶん、私の考えはいまとさほど変わらないと思います。ただ、いまは、いいお手本ができたので、利用させてもらって、次のように答えます。

(1)人間には「結局は何も変わらないし、変えることもできない」だろうと思っても、どうしてもやらざるをえないことがあると思います。小出裕章さんのように、近藤誠さんのように、網野晧之さんのように・・・。彼らのやってきたことは「全体にとってはもちろん、当人たちにとってもなんのたしにもならない自己満足」かもしれない。小出さんはどこかで「自己満足だった」とおっしゃっていました。近藤さんは私に「医療をよくするなんてできっこない。わかるでしょ?」と言っていました。それでもまだ本を書いています。網野さんの改革した泰阜村でも再び検診をはじめ、特養を作り、在宅死80%を成し遂げた在宅医療は崩壊しようとしています。

 でもでも・・・、彼らのやってきたこと、やりつづけていることは決して「自己満足」ではないし、無駄なこととも思いません。なぜならばごく少数ではあるけれど、彼らから学ぶ者がいるからです。小出さんの場合、いまは多数に認められていますが、これがいつまでつづくかはわかりません。所詮少数派だからです。近藤さんのことを言えば、これは彼の医療への貢献の一部ですが、彼の本のおかげでがんがみつかっても無治療を選択する患者が(たぶん96年頃からではじめて、いまでは)150人を超え、彼らは治療した場合よりも長生きしています。近藤さんの患者はセカンドオピニオンを入れれば何万人ということなので、無治療を選択した患者はそのなかのごくごく少数でしょう。でもいかに少数であれ、患者の寿命を長くしているのです。

 網野さんの場合も、彼が直接診る患者は限られていますが、例えば私は彼に看取ってもらえることで死ぬことに対して何の不安もありません。私と過去につきあってきた子どもたち、親たちにしても、「当人たちにとってもなんのたしにもならない」ということはなく、少しはたしになったことを確信しています。

 それでも全体を変えることはできませんでした。それなのになぜやりつづけてきたのか? それは自分にとって大切なものはなんなのか、社会の不正や差別を許すのか、お金がほしいのかそれほどほしいと思わないのか、結局は人間として自分の良心に忠実に生きるかどうかに尽きると思います。

(2)「落後者」という言葉を使っていらっしゃいますが、人生において何を大事にするのかによって、見方はまったく違うと思います。「(小出)助教」や「(近藤)講師」は「落後者」なのか? 網野さんは担当教授とけんかしたため、「医学博士」の称号も取りませんでした。教授になり、有名になり、名誉も金も得る生き方をしていれば「成功者」なのか? 私は人から「落後者」とみられる生き方でも一向にかまわないと思います。むしろそういう生き方しかできない人間のほうを信頼します。
 
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by lumokurago | 2011-08-10 17:49 | 子ども・教育
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