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虐待する母親たちの側で考えたこと 広岡智子

 虐待する母親たちの側で考えたこと 広岡智子  「ともしび」青少年と共に歩む会  2005.9.25

 私は1991年より「子どもの虐待防止センター」を拠点に、子どもを守ることを目的に虐待する母親のケアにかかわってきました。期せずしてこの間は立っている位置こそ逆ですが、憩いの家(自立援助ホーム)に来なければならなかった子どもたちの、声にならない「親に何をされて生きてきたのか」「なぜこれほどまで深く傷つかなければならなかったのか」ということを、親を通じて知る時間になりました。

 子ども虐待とは親の生きづらさの表明です。「加虐は隠されているが不運な者の正義の欲求そのもの、いわれのない劣等という不正をただしているだけ」「生命が結果はどうなろうと必死に事故を表現したがっているのだ」という新聞で見たロシアの文豪の人間心理の深いとらえ方に、これだと思いました。

 もしそんなことは受け入れがたいという方は、子どもたちにも同じことが言えるとイメージしてみてください。親だけでなく、小学校で動物虐待をしている子どもも、憩いの家でくらしながら窃盗や傷害罪で逮捕されなければなれなかった子どもたちも、「自分が利を得たい」わけではない。今ここを生き延びるために、そうするしかなかったという意味です。

 子どもと強制的に引き離されて「子どもを返せ」という親たちに、どうしたら戻ってくるか一緒に考えさせてほしいと、児童相談所の一室で民間の相談員の立場を強調して向き合わせてもらって約3年になります。「返せ」という言葉が「返してもらうのは困る」という言葉に聞こえてくるとき、親が自分の内なる声を聞きはじめたなと思います。

 それでも本当の気持ちは言えないのです。子どもだけでなくその親もまた声にならない体験を抱えていることがわかります。そこに分け入ると、あらゆる種類の死と暴力(心理的も含む)の悪臭が漂ってきます。ところが本人はそれを認められません。子どもが親の暴力を自分の責任として背負うように、そのままで育っています。

 しかし「子育て」とは残酷です。子どもという存在は親がして欲しくてやってもらえなかったことを当然のように要求してきますから。ここでは隠しようがありません。奪われた愛を子どもから取り戻すかのように、目の前の子どもが自分を虐待した「怖い親」にすりかわったり、受け入れられなかった「嫌いな自分」におきかわったりするのですから、子どもはたまったものではありません。子どもには何の責任もなかったというのに。

 広岡知彦が逝ってこの11月で10年の月日が流れます。彼がなぜ憩いの家の子どもたちをそれほど熱心に守ろうとしたのか、私はようやく理解できるようになった気がしています。2004年の法改正で、国は自立援助ホームを40か所にまで増やすとの目標をかかげました。しかし深く心が傷つけられて憩いの家にたどりついてくる子どもたちの自立援助とは何でしょうか。これからの若きスタッフに向けられる難しいテーマです。「静かなたたかい」(注:広岡知彦さんの遺稿集)はつづいています。

*****

 児童虐待が増える一方で、私は離れてしまいましたが現場は困難を極めていると思います。過剰なガラクタに囲まれ、物を大切にすることを忘れ、その結果、生き物を大切にすることも忘れ、「自分さえよければ」の風潮ばかり広まり、原発事故があってもなお経済成長をやめることができない社会が児童虐待を増やしたのです。

 「衣食足りて礼節を知る」・・・衣食は十二分に足りています。衣食が過剰になると礼節もおろそかになるようです。

 明日、諫早湾が貝の墓場となったという梅原猛さんの記事を掲載します。
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by lumokurago | 2011-08-28 19:40 | 子ども・教育
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