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諫早湾に思う 梅原猛

 殺生の現場は罪の意識忘れた日本人の心の風景か  梅原猛  朝日新聞1998.7.1

 一瞬、私は自分の目を疑った。累々たる貝の死骸が、三千ヘクタール以上という東京でいえば山手線の内側の約半分にあたる見渡す限りの広い地域に横たわっているのである。巨大な貝塚にも見えるが、貝塚というものはもともと貝の墓場であった。生きる糧を与えてくれる貝の恩恵に感謝して、貝の再生を願って古代人が作ったのが貝塚であるが、これはこれは貝の墓場でもない。これはあのギロチンと名づけられた潮受け堤防の閉め切り(昨年4月14日)以来、海水がこなくなって、無残にも殺された大量の貝の殺戮現場なのである。

 ここ長崎県・諫早湾干潟は有明海の子宮とも呼ばれたもっとも豊饒な干潟であったが、生物学者の予測以上にこの海は豊かで、このような大量の貝が生息していたのである。そればギロチンの落下以来、みごとに死の世界に化した。もちろん死んだのは貝のみではない。貝のように屍を残さない無数の水生動物も跡形もなく消えた。それでもムツゴロウやカニなどがわずかに生きながらえているのは、よほど彼らが強靭な生命力をもっているからであろう。

 私は堤防の閉め切り1年を経た干潟の風景を見ながら、あのガス室で折り重なって死んでいる大量の人間の屍の姿を思い出した。これはまさしくナチスのホロコーストに比すべき暴挙である。しかし人間の殺害と動物の殺害は違うという人もあろう。日本人は今でも、少なくとも形式的にはほとんど仏教徒であるが、仏教の第一の戒は殺生戒であった。(中略)

 ここは殺生戒の罪の現場なのである。貝やカニやムツゴロウが殺され、またこの干潟を中継地としている渡り鳥も死ぬにちがいない。しかもその殺害には確たる目的もなく、それを犯した人たちにはまったく罪の意識もない。貝の霊を弔った古代人のあのやさしい魂はどこへいってしまったのか。それでも日本人は仏教徒といえるのであろうか。

 (中略)諫早湾の干潟は生命の豊かな海の湿地帯であり、自然条約に従って厚い保護を加えなければならない。この諫早の海を、莫大な国の予算を使ってのうちに変えようとする計画はまったくの暴挙であるといわざるを得ない。

 (中略)

 私はすべての日本人に勧める。一度諫早湾へ行って、世にも珍しい累積された貝の屍の風景を見てほしい。それはおそらく戦後日本人の心の風景である。宗教も信じず、道徳も重んじず、自分の金儲けのためには平気で殺生をし、何の罪も感じない心の姿である。大人がこのような心であるからには、少年の心が荒れるのは当然である。諫早湾を、長崎の原爆の跡とともに戦後および戦中の暴挙の跡としての死のモニュメントとしたらどうであろう。

 (後略)

*****

 「少年の心が荒れるのは当然である」=荒れるのは少年ばかりではない。大人も同じ=児童虐待が増えるのも当然である。
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by lumokurago | 2011-08-29 17:58 | 社会(society)
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