暗川  


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花咲き、鳥の啼くでんでら野(菅野浪男)

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 浪男さんの農場の入り口にあるヤマボウシ。この農場は川俣町山木屋にあり、計画的避難区域なので、浪男さんは現在川俣町町内に避難している。
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 浪男さんのイングリッシュガーデンの花たち(2009年7月)

 浪男さんが私の『生前追悼文集』に寄せてくれた文章をご紹介します。

 花咲き、鳥の啼くでんでら野   菅野浪男

 前略 容子ちゃんと初めに出会ったのは、私が大学生、貴女が中学生の時でしたね。容子ちゃんはふっくらとしてお母さん似だな、越ちゃんは細くお父さん似だなというのが第一印象でした。

 私はご両親の故郷川俣の出身ということでお世話になりました。私は貴女の父方のおじいちゃんやおばあちゃんの生前も知り、母方の叔母さんとは今も親交があります。つまり貴女のルーツを知る友人だと自負しています。

 私がこの川俣の地に牧場を開いてからは幾度となく足を運んでくれ、又多くの友人達も連れて来てくれました。あの小学生だった子は20年以上も過ぎた今、どんな大人になっているかなあ、と考えることもあります。

 容子ちゃんが乳がんになった時も骨に転移したときにも牧場に来てくれましたね。私は何もしてあげれなかったけれども、時間と空間は提供できたかと思っています。

 貴女は池のまわりや草地のなかをひとりで歩いていましたね。特に私とは話はしなかったけれど、牧場の草木は貴女の思いをいっぱい聞いただろうと思います。

 今、私は、貴女のお父さんの絵を展示する美術館を作る努力をしています。開館の時は必ず見に来てください。

 そして私も牧場も40年の月日が過ぎ、子育ての役割も終えて、これからは経営のためではなく単に私が生活するための場所作りをしようと思っています。花を植え、池を掘り、4万5千坪の墓作りかもしれません。自分で自分のでんでら野を作るつもりです。

 そしてそこには多くの友人達も遊びに来てくれると信じています。石に囲まれたお墓ではなく、花咲き鳥の鳴くでんでら野です。

 容子ちゃんも必ず遊びに来て下さい。

 (父の同郷・親戚同然・福島県在住)

 
 ここに私の「骨をぶん投げて(叔父の表現)」くれるように頼んできました。浪男さんはいずれ深い森に戻るだろうと言っています。「花咲き鳥の啼くでんでら野」を通り越して森になりますが、放射線汚染のことを別にすれば、それもまたいいかなと思います。(浪男さん、ごめんなさい。でも浪男さんも亡くなればいずれそうなりますね)。
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by lumokurago | 2011-09-12 18:16 | きままながん患者
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