暗川  


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小出裕章さんは子育てもまとも

 『原発・放射能 子どもが危ない』(小出裕章・黒部信一著 文春新書)を読みました。小出さんの感動的な記述を引用します。

***

 太郎、次郎、三四郎

 私はこれまで、3人の息子を迎えました。太郎、次郎、三四郎です。次郎は先天的な障害を背負って産まれてきました。生物体としては弱い存在で、残念ながら私は、次郎を守りきることができませんでした。弱い者に対して、世界はほんとうに残酷なのです。

 しかし、せめて社会的な面、つまり私たち大人が責任を負っている社会のありかたの面では、弱い者に対する差別や抑圧をなくしたい、と思います。そしてそれは本来、自分の子どもに対してだけではなく、世界中の、あらゆる弱い者たちへの行動でなければならないと思います。

 子どもを授かる前は、自分が子どもを持ってしまうと「この子は自分の子」「こっちの子は自分の子じゃない」というふうに区別するようになってしまうのが、私は怖かった。自分の子を特別視してはいけないと思いながら、現実にそうできるかどうか不安だったのです。

 だから私は、太郎、次郎、三四郎という、単なる順番以上の意味はない名前を彼らにつけました。親の思い入れを押しつけたくなかった。子どもは勝手に産まれてきて、勝手にその子の個性で育てばいいと思ったので、名前は考えない、勝手に育ってくれればいい、と。

 それでもやはり、自分の目の前に小さな生命がいる。私が抱かなければ、動くこともできない、そういう生き物がいるわけです。それをなんとか自立させなければいけないと思ったし、もしもここにいる命が何かに脅かされるようなことがあれば、私の命と引き換えでも守らなければいけないと思いました。

 だから私は、みなさんの「自分の子どもだけは放射能から守りたい」という気持ちはよくわかります。でもそれと同時に、もっともっと困難を背負った子どもたち、高い放射線に晒されている福島の子どもたちのことを、考えてほしいのです。

 そして、都会に住む人には、自分たちの生活のために過疎の地域の子どもたちが、原子力発電所の危険を押しつけられていることを、考えてほしいと思っています。

*****

 その通りである。子どもは親の所有物でも親の期待をかける対象でもない。子どもは親とは別人格であり、自分で育っていくのだ。勝手にいじくらないでくれよ、勝手な期待をかけるなよと叫んでいるのだ。もし子どもが子どものうちにそれを叫べずにいるなら、成人してからひずみが必ずでてくる。子どもは衣食住の世話をしてかわいがってやれば、あとは自分で決めて自分で自分を成長させていくのだ。親の勝手な思惑で子どもを縛らないで!!

 それに自分の子どもさえよければという考えで育てると、社会が絶対に悪くなる。悪くなった社会で生きていかなければならないのは、あなたの子どもである。

 子どもは親を選べない。放射能で汚染されてしまったが、過剰なモノに囲まれた日本で産まれた子どもも、アフガニスタンの戦火のなかで産まれた子どもも、ベトナムで枯葉剤の被害にあっている子どもも・・・世界中の子どもが平等なはず。もちろん日本国内で子どもを比較したり、競争させたりなど論外中の論外なのである。

*****

 再び小出さんの文章より。

 最後に、ひとつだけ。
 「子どもを産んでも大丈夫でしょうか?」

 そんな質問を最近よく受けます。福島の事故が起きてしまい、子どもを作ることをためらっている方が大勢いらっしゃるようです。

 しかし、子どもというものは、どんな時代だって、どんな社会だって、生まれてきたし、育っていくのです。戦争の最中でも、奴隷貿易時代のアフリカでも、今だったらたとえばパレスチナだって、子どもは産まれて育つのです。

 ですから私はこう答えます。

 「もし、子どもを産みたいと思うなら、ためらわずに、産んでください」

*****

 大賛成です。
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by lumokurago | 2011-12-10 11:24 | 子ども・教育
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