暗川  


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by lumokurago
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緩和ケア編 その7

 こんばんは。昨日で5回目の放射線治療が終了し、今日から6回目が始まりました。こんなに放射線受けている人、いるのでしょうか。長生きしているから骨の治療が必要になるとも言えるので、文句は言えません。
 
 現在、飲んでいる薬はデュロテップMTパッチ2.1mg=オキシコンチン20mg、+経口オキシコンチン10mgで合計30mg/day、とアセトアミノフェン750mgを一日2回。痛みはなんとかやりすごしているのですが、左足が筋力低下で足をひきずり、ほとんど歩けません。痛くて起きあがるのが大変で、トイレもベッド上でしていたせいでしょう。いまは夜以外はトイレに行くようにしています。
 消化管がほんの少しつまっているのではないかという疑問がでてきました。げっぷとおならがひどく(もうずっとまえからですが)、たまに少しだけ食べた物が戻ってきます(少量なのでそのまま飲みこんでしまいます)。金曜日近藤先生に言ってみます。肝転移は2年前に2センチだか3センチだったのが、背骨に照射したときに、偶然一緒に照射されて消えたのですが、その後1年半で6センチになっています。大きくなる速度が非常に速いと思います。一度照射されたのでがんの性質が悪くなったのでしょうか。それでいよいよかという思いがでてきて、死後の手配などをノートに書こうと思っています。

 家の新築ですが、来週から半分取り壊すことになりました。残りの半分に住みつづけ、できあがったら引っ越します。5月にはできあがると思うので、間に合うとは思うのですが、どうしても間に合いたいという強い気持ちはなく、とにかく両親の遺した大量の物の片づけが終わったことで、ほっとしています。やってみて、妹ひとりでは無理だったと実感したので、決心してよかったと心から思っています。

 馬の話がなかなか書けませんが、お待ちください。 渡辺容子  1.17


こんばんは。
多分、左足の麻痺がありますね。
私も中枢性ですが左の麻痺がありますので
なんとなく状態がわかります。
消化管の症状は食道裂孔ヘルニアではないでしょうか。
食道に胃の一部が飛び出しているのです。歳をとると皆なり、
私もすでにそうなっています。
通過障害に加えて胸やけが伴っているようでしたら胃酸を抑える薬が必要
でしょう。逆流性食道炎という病態です。

新居が楽しみですね。
昨年暮れに亡くなった方のご遺族の相談にのっているのですが、遺灰の一部を
人造ダイヤモンドにして、残りを海に流すことになりました。私も海がいいかなと
思っており、遺言書をつくってあります。ダイヤモンドにするには60グラムの遺灰が
必要で1カラットを作るのに100万円くらいかかるようです。遺灰を粉末にするのは、
池袋の葬儀屋が1万5千円で引き受けてくれますし、船の手配もしてくれます。
渡辺さんは故郷の山へ散骨でしたね。唯物論者の私はゴミとして捨ててほしいですが、
無理のようですので、海ということにしました。もちろんダイヤモンドはお断りです。
暮れに亡くなった方は奥様の意向でダイヤモンドということになりました。
現在ビールを飲んでいます。アサヒのスーパードライです。カシスの発泡酒はおいしかったのですが
すぐうりきれになりました。
網野  1.17


 こんばんは。私の左足のことですが、麻痺となると、手術が必要になるのでしょうか・・・。これ以上ひどくならなければ、このくらいは仕方なしとして、手術はしたくありません。脊椎の手術なんて大変そうですから、残りの時間を楽しいことに使いたいと思います。

 今日、付き添ってくれた友人に逆流性食道炎のことを話したら、食べてすぐ横になるとなりやすいと言っていました。私は10月か11月ころから、起きていると痛いので、食べたらすぐに横になっていました。ちょうどそのころにげっぷがでるようになったと思います。おなかがすかず(寝てばかりなので当然ですが)、いつもお腹が張っているのはこのせいですね。秋からだいぶやせてしまいました。「悪液質」かなと思っていました。近藤先生にも相談し、薬を飲むかどうかを決めようと思います。

 遺骨でダイアモンドができるらしいことは新聞の広告で知っていましたが、ほんとうに利用する人がいるのですね。夫さんが大好きなのですね。いいことです。

 葬送の自由をすすめる会のパンフをとりよせたところ、いまはもう、どこに遺骨をまいてもいいそうです。粉にするのも自分(家族)でできるとのことでした。船を仕立てる必要もなく、どの船からまいてもいいが、船長には断っておいたほうがいいだろうとのことでした。
 私は母とまえの猫の遺骨と一緒に、牧場の親戚に粉にしてもらって、まいてもらおうと思っています。(父は父の母親の実家が寺だったため、断り切れず墓をつくりました。木の墓標です)。 渡辺容子  1.18



消化管には麻薬が影響しているかもしれません。逆流性食道炎への
私の対処法は右を下にして横になり胃の内容を腸へ落としていく方法が
効果的でした。げっぷは空気の飲みこみが原因とされているようで、
唾液を飲み込む時に空気も飲み込んでいるのですね。そこで、唾液を
できるだけ口の中にためて嚥下の回数を少なくするとよいかも。
少し離れた酒屋でカシスの発泡酒をみつけました。これから飲みます。
どこにまいてもよいということは、下水道でもよいのでしょうか。少しずつ
トイレに流してもらいたいですね。北欧は公園の芝生に撒いているとききました。
麻痺があっても歩けるなら放置がよいかもしれません。手術は大変そう。
網野  1.18


こんばんは。逆流性食道炎の対策は先生の真似をしてみました。私は左を下にして本を読むくせがあって、右を下にすると痛いので、いつも食後すぐに左をみて寝ていました。いまは右を下にしても痛くなくなり、よかったです。げっぷは、顔面神経麻痺のため、口の右のほうが閉じないので、そこから空気が入っているのかなと思っていました。おならはなんでしょうか? すごいですよ。

 もう長くないと思うので、友人らにそう言うと、「がんばれ」とか「長生きして」とか言う人が多いので、うんざりします。もうすぐ死ぬということを認めてもらいたいですね。先生が「トイレに流してもらいたい」なんておっしゃると、笑ってしまい、うれしくなります。みんなには死ぬことは自然なのであり、悪いこと(!)だという偏見を捨ててもらいたいです。この3月で58歳ですからね。友人の多くには孫がいますし、十分長生きです。
 ビデオプレスの松原さんが、人間は50歳にもなると歯も悪くなるし、悪いところがいろいろとでてくる、もともと50歳までの寿命としてできあがっているのだ、と言っていました。確かに。 渡辺容子  1.19


こんばんは。
げっぷもおならも原因は空気の飲みすぎと言われます。
呑気症というのですね。嚥下の回数が多いのです。
心理的要因が考えられます。とりあえずは唾液の飲み込みを少なくする
のがよいでしょう。子供のころ豆を食べすぎてお腹がパンパンに
なったことがありました。翌日腹痛とおならで大変でした。いろんな原因がありますが、頻度の高いのは
aerophagiaです。
寒いですね。外の猫にはペットボトルにお湯を入れて湯たんぽ代わりに
しています。そのほかほっかいろを段ボールのそこに敷いていますが、
少しは暖かいですかね。
現在、カシスの発泡酒を飲んでいます。
網野  1.19


こんばんは。今日は近藤先生の診察でした。逆流性食道炎のことを言ったら、「ぼくもだよ。あんなの珍しくない」と言われ(やはり老化現象ですね)、薬のことなど言いだせませんでした。私はそろそろ(がんの症状として)食べられなくなってくると言われました。やはり悪液質なのでしょう。疲れてしまったので、詳しくはまた明日書きます。

c0006568_1772233.jpg
  それより、チャー吉、ここ3日くらい来なくて、寒いし、雪まで降って心配していたのですが、今日の午後来て、喜んだら、なんと! 耳にはっきりとした三角の切り込みが入っていました! 去勢した野良猫という証拠です。だれがつけてくれたのか。私のブログを見た人がコメント欄には書きたくないけど、そっと知らせてくれたのか。その人もかわいがっているのでしょうから、うちの猫みたいになって、ずっとうちで寝ているので心配だったことでしょう。これで寒い日に来なくても、その家に行っているだろうことがはっきりしたので、安心しました。(でももともと去年の7月ころ、まだ6ヵ月くらいの子猫だったチャー吉が必死にニャオニャオないてご飯の催促に来たので、その頃はたぶんその家は知らなかったと思います。それにその家で世話をしているとすれば、夏の耳の日光アレルギーとけんかの傷がなかなかなおらず、手当てしているとは思えないので、抱き上げたりはできないのでしょう)。

 チャー吉の去勢済みがはっきりしたので、猫の保護活動をしている獣医さんに捕獲器が必要かどうか聞いたら、ほしいというので、そちらにあげることにしました。 渡辺容子  1.20


 こんばんは。外は寒いでしょうね。こんな日も競馬はあるのですか?

 昨日の続きです。いま問題になっているのは左足の麻痺で、近藤先生の診立てでは、このあいだ照射した第5胸椎よりも下に転移があって、神経を巻き込んでいるとのことでした。放射線治療は1度に2ヶ所しか保険適用できなくなったそうで、坐骨+大腿骨が麻薬で治まっているなら、そこを中止して背骨にかけようかと言われました。大腿骨が折れそうなのだと思い込んでいたのですが、先生はそんなことは言ってないと。麻痺は3週間位同じ程度で続いているので、急激に進むことがなければ、あとまわしにしたいと思っています。来週金曜日まで様子をみます。

 それと肝転移ですが、10月に60ミリだったものがこのあいだのCTで70ミリになっていました。ここに放射線をかけるとすれば22グレイかけられるとのこと。
 ただ、2年前に背骨と一緒に偶然放射線がかかって、画像上消えた肝転移ですが、その後1年半で60ミリになったことを考えると、放射線がかかったせいでがんのタチが悪くなり分裂速度が速くなったと思われます。とすると、また照射して小さくなっても、さらに急に大きくなる可能性もあります。骨転移もこれからどんどん進行すると思われるので、対応が大変になる一方です。肺転移はホルモン剤が効いているらしいです。

 以上を総合的に考えると、肝転移は放置がいいと思われます。これも来週までに考えてくることになっているのですが、私としては放置の方向にいきつつあります。
 
 画像上消えたときの大きさがわからないので、正確に計算することはできないのですが、私が戯れに計算したところ、余命予想は5ヵ月から8、9ヵ月というところでしょうか。(何センチになれば死亡するのかも知らないのに勝手な計算です)。

 先生に看取っていただくのが人生最後の希望なので、夜、うちに泊まってくれる人を募集(お願い)しようと思って、文章を作成中です。1~2ヶ月は必要でしょうか?  渡辺容子  1.21


こんばんは。
猫はくっつきながら寒さをしのいでいます。
当院関連の猫も避妊・去勢を終えた猫には耳にしるしをつけています。そういう
きまりなのでしょう。
今の季節、競馬は千葉の中山、京都、小倉と決まっています。
馬は寒さに強いのかな。今日は2レース当たりました。ついているほうです。
何が面白いのかわかりませんが、賭けは未来予測ですから、時間との関係が
おもしろいのでしょう。毎週レースがあるので、退屈しのぎができます。実は、
平日の賭けは株の取引をしているのです。本を書くのは止めてしまっていますから、
これらで、ずいぶん助かります。本は書き始めてはいるものの、完成には程遠いです。
脊椎に放射線をかけるのはよいかもしれませんね。肝臓はゆっくりでいいのでしょう。
網野  1.21


 こんにちは。雨もやんで寒さも落ちついたようです。さっき、犬を連れたお客さんが来たら、ニイニはピンポンが鳴るとさっと逃げるので犬が入るまえに逃げ切り、お客さんと遊ぼうとしたチビは思わぬ犬の出現に驚いて、天井まで飛び上がりました。しっぽがぶっとくなっていました。さぞかしこわかったのでしょう。お客さんはすぐに帰ったのですが、なかなか部屋に戻ってきませんでした。

 さて、馬の話をします。1980年頃、倉本聡脚本の『北の国から』を放送していました。先生は忙しくてご覧になっていないと思いますので、まず簡単にテーマを。東京住まいの父親と子ども二人(兄と妹)が父親の離婚で、父親の故郷である富良野に戻ります。父親が物質主義、効率主義などを嫌う昔気質の人間で、廃屋で手作りの生活を始めます。水は森の奥から自分で引いてきて、電気は自分で作った風力発電。電気や水が通ったときに、親子で大感動、大喜びします。視聴者は自分の生活を振り返り、今の暮らしでの物の過剰さ、本来の物の大切さを感じさせられます。ま、こんなテーマで進んでいくのですが・・・

 あるとき、真冬の雪道で東京の叔母さんが兄妹を車に載せて運転していて、立ち往生します。すごい吹雪で車が雪に埋まってしまいます。父親らは車をだして探そうとするのですが、雪が深くて車は使えません。馬なら大丈夫かもしれないと、部落で馬を飼っているじいさんが馬をだします。そして埋れている車を発見するのです。文明の利器は自然には勝てず、むかしから飼っている馬が役に立つのです。でも部落で馬を飼っているのもすでにそのじいさんの家だけになっています。

 別の回の話になります。馬を飼っているじいさんの家は貧しくて、これ以上馬を飼いつづけることはできなくなり、売らざるをえなくなってしまいます。部落の者もぎりぎりの暮らしなので助けることもできません。馬を売った晩、じいさんはしこたま飲んで酔っ払い、「あの馬には名まえもつけていなかった。ただ馬と呼んでいた。家族同然だったのに、いまごろは馬肉になっているだろう」と涙します。そして帰り道、じいさんは橋から川に転落して死んでしまうのです。

 馬を飼いつづけられなくなって、一つの時代が終わりました。じいさんもまた、新しい時代などみたくないとでもいうように、古き良き時代の終りを人々に知らせながら、馬と一緒に死んでしまったのです。

 馬を飼い、家族の食べ物は畑で作り、自給自足の暮らしをして、少しの現金収入を得る・・・などという暮らしがいまどきできるはずがありません。

 『北の国から』は人気番組だったので、数年に1度2時間ドラマという形で続編が放映されました。子どもたちの成長を追ったものです。最後の番組はいつだったでしょうか。成長した兄が結婚することになります。彼は結婚にあたって、父親と同じ、自給自足の生活を選びとるのです。

 都会に住むわれわれはとてもそんな生活はできません。しかし、倉本聡はこの現代にあっても、むかしながらの暮らしが最も人間的なのだということを主張していました。私はせつなくせつなく、彼の作品に感情移入してみていただけですが・・・。

*****

 処方のお願いです。

 デュロテップMTパッチ2.1mg  10枚
 オキシコンチン 5mg  何錠まで一度にだせますか? たくさんお願いします。
 酸化マグネシウム  ?mg  1日3回 30日分

*****

 以上です。おっと、去年だしていただいた処方箋の請求書がまったく届いていません。ちゃんと請求してください。どうぞよろしくお願いします。  渡辺容子 1.22


こんばんは。
富良野は石狩川の支流、空知川の源流の辺りにありますね。自然主義の国木田独歩が空知川の畔にてを書いたという。盆地なのでかなり寒いところでしょう。泊まったことはありません。緯度は私の生まれた美唄と同じくらいで、山二つ東という位置関係です。私の祖先はアイヌから土地を奪って開拓したのでしょう。あるいは、アイヌは農耕民族ではなかったから、「勝手にしやがれ」といったかもしれない。
美唄はアイヌ語でピパオイといい、カラス貝の多いところという意味だそうです。昔は石狩川の氾濫が多く、沼地が広がっていたと思います。そこを明治政府の屯田兵が奪って行ったわけです。石炭が取れましたので戦中戦後は炭鉱で栄えました。今は米の産地で、すし飯にちょうどよいとのことです。昔は北海道米はまずくて食えなかったのが、温暖化でちょうどよくなったのですね。高校生のころ、授業が終わると自転車で石狩川へ遊びにいきました。途中の沼は渡り鳥の休憩地になっていて、にぎやかでした。

我が家の馬は私の2,3歳の記憶でぼんやりとしか残っていません。ある時、馬が消えてしまいました。どうしたのかと訊きましたが答えてくれません。病気で死んだとしばらくたって聞きました。今思うと、馬肉にでもなっていたのかもしれませんね。私の動物好きはこのころに形成されたのか。犬も好きでした。飼い犬のしろが死んだ日の朝、「何とかしろよ」と私を訴えるような眼でみました。何もしてやれない自分が情けなく、ただ、がんばれよと言って学校へ行きました。帰ってきたら畑の傍らで死んでかたくなっていました。そこに穴を掘り埋めて墓としました。しばらくたった夕方、その墓へ眼を向けると、突然青白いひかりが飛び出して真っすぐ私に向ってきました。私の周りを一回りして空高く舞っていったのです。宗教を信じない私ですが、その青いひかりはしろの魂のように思っています。私は古典的唯物論者ですが、この事実は否定できません。実際経験したことです。
明日処方箋送ります。代金は私が払っておきます。プレゼントですので気にしないでください。
網野  1.22


 こんばんは。処方箋、今日着きました。ありがとうございます。お金まで払っていただき、なんと言えばいいのか。ほんとは大笑いしてしまいました。先生はもう仕事をやめる方向ですね。HPも閉じてしまったのをみました。だからいいのかな? 赤ひげ先生というあだ名をつけよう。
 赤ひげ先生、もう新患は診ていただけないでしょうか? 乳がんの患者さんのお父さまで、肝臓がん+肺転移で、今日、近藤先生の診察を受け、「自分は手術も抗がん剤もやらない」とじぶんからおっしゃって、近藤先生は喜んで握手なさったそうです。世田谷区代田(井の頭線東松原)なのですが・・・。うちより遠いですかね。まだ症状はまったくありません(胸が痛くて受診し、レントゲンで肺転移がみつかったが、痛みはその後治まった)。私とも、楽しくやりましょうと言って握手しました。娘さんができれば網野先生に診てもらいたいと言っていますので、ちょっと打診です。

 しろのお話、かわいがっていらっしゃったので、魂が戻ってきて、お別れの挨拶をしたのでしょう。私も子どものころは、いろんな動物を飼っていました。うさぎ(台風で小屋が倒れ、逃げてしまった)、(夜店で買ったひよこの大きくなった)ニワトリ(飼いきれなくなり、そのころはまだ近所にあったニワトリを飼育している家に持っていかれてしまいました。親はそこで飼ってくれると言っていましたが、オスだったので食べられてしまったでしょう)、セキセイインコ、手乗り文鳥、犬・・・。猫を飼ったのは児童館の捨て猫が最初なので大人になってからです。

 近藤先生も動物好きだったそうですが、お母さんが動物嫌いで、猫が死んだのを「ネコイラズを食べたネズミを食べたせいだ」とおっしゃったそうですが、いま思えばお母さんがネコイラズを食べさせたとしか考えられないとのことで、恨んでいるそうです。それから飼っていたニワトリをクリスマスに料理されてしまい、それから10年以上、鶏肉が食べられなかったそうです。暇になっていろいろ思い起こすとひどい母親だったとおっしゃっていました。

 私は30代ころ、新得にある共働学舎という障害をもった人と健常者が一緒に暮らしている農場に通っていました。自閉症の子供を連れて行っていました。北海道の大自然もすばらしかったし、学舎のみんながやさしかったです。

 今日から家半分を壊し始めました。チビはまったく動じないのですが、兄ちゃんが家の様子がおかしいので、ノイローゼ状態・・・とまではいきませんが、いま外にだしたら、家がわからなくなって帰れなくなると思うので、用心に用心を重ねています。職人さんがでいりするので、ケイジに閉じ込めていますが、エサをいれたすきにニイニがでてしまい、結局私のベッドにもぐりこんで抱かれていました。チビはへっちゃらです。いつでも女はたくましいのか。

 渡辺容子  1.25


 こんばんは。
兄ちゃんの血統は極端に臆病です。
ちびの方は大胆ですね。同じ動物でも性格
が違いますね。新居で飼うことを想像すると
楽しくなるでしょう。
新得は母の父親たちが、兵庫県から夜逃げしてきた
熊牛という変な名前の土地に近いです。帯広に近い
のですね。冬は寒かったでしょう。
北海道の寒さは尋常ではありません。よく暮らしていたものだと
感心します。冬山でテントに寝たことがあるのですが寒くてきつかったのを
覚えています。北海道の冬山は低山でも厳しいです。

本題に入れずにビールを飲みつつ考えているのです。代田は環七沿いですので
行けないことはないのですが、女房が許可してくれるかしら。反対されそうです。
世田谷は在宅医療が進んだところで、開業医の結束が固く、近くにもよいドクターが
いると思います。医師会に相談すると紹介してくれるでしょう。
外来診療もしているでしょうから、試みに受診し、相性を確認するとよいと思います。
どうしても見つけられない時、私が車の運転ができる状態でしたらうかがえるかも。
先のことはわかりませんけどね。
網野 1.25
 
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by lumokurago | 2012-01-26 17:16 | Dr.Aとの往復メール
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