暗川  


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品川正治さんのお話(1.21集会にて)

メモから起こしてまとめたものです。

私は実際に戦争に行った戦中派です。私は三高でしたが、猶予がなくなり(注:学徒出陣のこと)、勉強できるのはあと2年だと思い、どうしても読んでおきたい本を肌身離さず持ち歩き、苦行僧のように勉強しました。純文学に引きずり込まれながらも、頭の中にはいつも戦争があり、国が始めた戦争の中で、国民の一人としてどう生きていくのかがテーマで、それが解決されないまま戦地へ行きました。

召集されてから内地にいたのはわずか2週間で、いきなり北支の戦線へ行かされました。すぐに完全武装して実弾を持って本物の戦闘に参加したのです。将校ではなく、兵隊として実戦に参加した男です。今でも足に弾が入ったままです。

戦争に行き、復員してきて、悩んでいたことの答として私が見出したことは、「国が起こした戦争」と言っているが、戦争を起こしたのも人間ならば、戦争を止める、戦争を許さない努力をするのも人間だということです。なぜ私はそれをやってこなかったのか。「国家と国民」という枠では考え付かなかったことです。沖縄の摩文仁の丘の平和祈念館にも全く同じ言葉が刻まれています。これが私が自分の最大の指標、座標軸としている考え方であり、当時も今も一歩も変わらないものです。

1946年5月に憲法草案が新聞発表されました。二度と戦争しないと国家が謳い、戦争を許さない形を国民主権で与えられた、これ以上のものはない。とてつもない感激がありました。2000万から3000万にのぼる人を殺し、原爆など、多くの犠牲を払って手に入れた9条2項であり、国民は惜しみなく拍手をしてその決意を受け入れたのです。

国民はそれだけの決意をしたが、支配政党は一度も決意していません。憲法に違反することはできないが、決意もできないので、冷戦でのアメリカの介入を許し、解釈改憲の名のもとに自衛隊を作り、ガイドライン、有事立法を作り、ついには自衛隊の海外派遣に至りました。今や9条2項の旗はボロボロ、これ以上破りようもない状態です。後は改憲しかない。しかし国民は旗ざおをしっかり握って放さない、これが現状です。中曽根さえ改憲はやらなかった。しかし今、「放せ。どうしても放せ」と迫っているのです。

経済界においても、「それは理想主義だ」という考えです。しかしこれは「理想主義」とそしられるような座標軸ではないのです。

争いがなくなる、平和な世界が実現できるとはなかなか考えないものです。アフリカなどで仕事をしている人で、部族間の争いがなくなると考えている人はいないでしょう。宗教や部族間の争いはなくせといわれてもなくせない。しかし武力で解決すべきではないのです。

領土問題を持っていない国も皆無です。例えばイギリスにはフォークランド問題があります。紛争の種は尽きません。紛争には戦争にもっていく強い力があります。軍があることで戦争になるリスクがあります。軍を持っていない国は日本以外にはありません。

また、戦争で儲かる人もいます。アフリカには石油やウラン、ダイヤモンドなどが豊富にあり、その地域の紛争は武力戦争になりやすいのです。武器商人が武器を売り込み、国際的大資本の影がちらちらします。今は戦争請負業もあり、戦争がなければ彼らには仕事がないのです。国内統治に失敗した政権は、ゆがんだナショナリズムを国内にすすめていくでしょう。紛争を戦争にする力は地球上に満ち満ちています。

紛争を戦争にしない力としては国際連合があります。ここで「外交」とはあえて言いません。なぜならば、外交には平和のための外交と、戦争に加担して儲けようとする外交があるからです。

9条は戦争の最大の抑止力です。言葉で書いてあるのですから、これほどはっきり戦争にしない力はない。今はボロボロですが、旗ざおは国民がしっかり握って放さない。

これが世界で普遍的に理解してもらえるのかという疑問もあります。どの国においても「正義の戦争さえ認めない」という立場はとっていないからです。ソルボンヌ大学では「平和主義」という言葉は軽蔑の言葉という理解が一般的です。そしてレジスタンスの歴史に対する思い出が「正義の戦争はある」という考えのもとになっています。独立戦争で独立を勝ち取ったアルジェリアや中国の抗日運動もそうです。「軍がない。戦争は一切しない」というのは日本以外にありません。これは突拍子もない考えでしょうか?

21世紀の目標が平和であり、飢餓、疫病をなくすというものであれば、9条は目的に合致した最たるものです。

政界のみならず、経済界ももっと過激に改憲を言っていますが、アメリカが戦争しているという事実を甘く見すぎています。戦争の意味には三つあります。

1.国民に対する発言権は戦争指導部に移る。
2.価値観の転倒が起こる。命の価値が「戦争に勝つ」という価値に席をゆずり、自由・人権がすっとぶ。
3.政治、経済、歴史学・・・すべてを戦争に動員する。

この三つです。アメリカはイラク戦争の張本人を世界銀行の総裁にしているような、どうしようもない国です。そして米英同盟があります。そこに安保を動員しようというのが米軍再編成であり、こんな時に憲法をいじるなんてとんでもない話です。アーミテージは9条2項があるからできないと思っています。グローバリズムとはアメリカの経済侵略に他なりません。

国民が憲法改正にNOと言ったら、それは現状維持ではありません。日中関係が変わり、日米関係も変わり、アメリカの世界戦略も変わり、すべてが変わるでしょう。9条を守ること自身が、本当の意味での改革なのです。

感想:最後のパラグラフ、感動しました。その通りだと思います。9条2項を守ることの重さと影響力には計り知れないものがあります。
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by lumokurago | 2006-01-24 23:27 | 社会(society)
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