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ビキニ事件の真実

昨日、大石又七さんがTVに出ていました(父の特養ホームでちらっと見ました)。

大石さんは1954年3月1日、アメリカのビキニでの水爆実験により被曝した第五福竜丸の乗組員で、核兵器廃絶をめざし、命ある限りビキニ事件について語り続けていくとおっしゃっている。私は今年の8月12日に大石さんのお話を聞いた。

大石さんも長い間、自分が被爆者であることを隠していた。しかし、初めての子どもが奇形児で死産したこと、仲間たちが怒りを抱いたまま次々と死んでいくこと、核実験は止むどころかはげしさを増していくことなどなどで、自分たちこそが核兵器の恐ろしさを言わなければならないと考え、発言するようになったそうだ。

ご自身もがんをかかえながら、穏やかにていねいに話される様子は、感動的だった。

「ビキニ事件の真実」(大石又七著・みすず書房)という本に詳しく書いてあるが、ビキニ事件の「政治決着」(とその裏工作)が衝撃的な内容である。これを読むとたぶんどの「事件」も同じように政治的に処理されているのだろうなと想像できて、暗澹たる思いがする。

かいつまんで要点だけ書く。

1991年10月、戦後30年間の日米外交文書の一部が、外務省から3万ページにわたって公開された。その中に第五福竜丸・ビキニ事件関係も3000ページほど含まれていた。

ビキニ事件によって、魚パニックが起こり、あらゆるものに放射能が測定され(値が残されているはずだが、発表されず)、原水爆禁止運動が盛り上がった。当時の国民の3人に一人(3200万人)が反対署名をした。

当時、アメリカとソ連が核兵器所有で競い合い始めたばかりで、困ったのは米日政府だった。アメリカは「自由諸国を守るため」と言い、日本はいいなりになった。

日本政府はアメリカに損害賠償請求もせず(被曝のみならず漁業への被害も莫大なものだった)、見舞金として200万ドルを受け取り、将来に渡りそれ以上何も請求しないことを約束したのだ(将来の被曝の影響も何もわからないのに)。

大石さんはこう書いている。「膨大な被害をもたらした加害国アメリカに、損害補償の請求もしないで、日本政府は『重ねて敬意を表します』と言っている。このような外交文書を読むと、政府が国民の人権や国際常識より、アメリカばかりに気を使い問題を処理していた様子がはっきりと読み取れる」

ビキニ事件は被曝の事実も認められず、保障もなく、わずか9ヶ月で政治決着した。

その後、核実験は地下核実験に変わった。

なぜ日本政府は損害賠償の請求もしないで一気に政治決着させたのか。

続く
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by lumokurago | 2006-11-11 21:30 | 平和
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