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いじめという集団の自傷行為(朝日新聞「時流自論」より)

藤原新也さんの文章です。(朝日新聞11.20付)
 
11月初旬のある日の夜10時、JR山手線に乗っていた。隣の席に塾帰りらしい小学生が座る。ランドセルからスポーツ飲料とサンドイッチと「ポッキー」を取り出し、携帯でメールをチェックしながら食べはじめる。夕食らしい。

携帯の画面には「あいつ」「ゴキブリ」という言葉がちらりと見える。小学5,6年生くらいだろう。子どもは携帯画面を見終えると、手さげバッグからゲーム機を取り出し、一心に両手の指を動かしはじめる。画面には飛行機の影が浮遊しており、神経症のようにたたきつける指の動きと連動してビームを発射し、しきりに何かえたいの知れないものを攻撃している。

・・・中略・・・・

「君、ごめんね。さっき携帯、見えてしまったんだけど、あのゴキブリって何のこと」

隣の子は一瞬驚いたように眼が泳ぐ。

「まあいいや、それで君、毎日この時間に家に帰るの?」

ゲーム機を操作しながら、わずかにうなずく。

「・・・苦しくない?」

ちょっと間を置いて、以外にも吐露するような小さな泣き声が返ってくる。

「・・・くるしいけど、しかたない」

子どもはそのまま、足早に次の駅で降りる。

私はその後ろ姿を見ながら、昨今騒然となっているイジメの正体と出所のすべてがそこに集約されているように感じ入る。イジメ事件が起こると世間の怒りはイジメた子の側に向かう。だがそんな短絡的な問題ではない。「ゴキブリ」と言った子が今度はいつ自分が「ゴキブリ」にされるかも知れないという攻守の堂々巡りの中にあるように、イジメはリストカットと同じ、“子どもという集団の自傷行為”なのである。

くだんの夜の電車の小学生のように、イジメる側もイジメられる側も、子どもたちはその終わりのない競争原理と抑圧の中で疲れきっている。受験管理教育という名の“強制収容所”の密室で喘ぎ、心が病み、歪み、イジメ合うことでガスを抜くという自傷行為が繰り返されているということだ。悲惨である。

だがその堅固に構造化してしまった教育のあり方を根本的に組みかえないかぎり、いかなるその場の対症療法を行ってもイジメやイジメ自殺は消えない。

もう評論言語は意味をなさない時代に来ているのである。腐った根っこを掘り出し、別の土壌に植えかえる抜本治療のみが必要とされる。たとえば、受験競争のピラミッド構造の頂点にある東大をまず解体し、全体の縛りをゆるやかにするという一見暴論に近いような見解も、そのくらいの荒療治が必要という意味で傾聴に値する。

この、やらなければならないができそうもない荒療治の一つに、携帯電話所持の年齢による線引きも考えられる。たとえば、たばこは発育途上にある子どもの身体に害がある、として20歳で線引きされている。それでは、なぜ発育途上の子どもの心を複雑に蝕んでいる携帯電話所持の線引きをしないのか。

携帯は、子どもに最も必要な他者との肉声や身体の接触を奪う。内面を育む本を読まない。迂回するという無駄がなくなり、行動が定型化される。心が内向して現実に向き合わない。そして人の目を見ない。・・・中略・・・

甘く見積もっても心身形成期の小中学生で線引きをし、携帯を禁止するという法を施行すべきだと私は考えている。

受験産業で巨大な利益を上げている企業には申し訳ないが、かなうことなら塾も小学生までは廃止すべきである。商売の自由は保証されるべきだが、意味のない受験本位の知識を詰め込んで子どもの“オタク化”が進みこそすれ、それによって子どもの知能が低下するとは思えない。(注:『低下』はおかしいですね?)それが証拠に塾があるのは世界で日本と韓国と中国の都市部だけで、アメリカにもヨーロッパにも、当然アフリカにも南米にも東南アジアにも、日本のような塾はない。塾がなくても彼らは立派にやっているではないか。

ちなみに教育機関のテレビコマーシャルが全国規模で流されているような不可思議な国は日本と韓国だけである。子どもの深夜の帰宅もそうだが、日本という国は異様な国なのだ、その異様さが異様なイジメや自殺に吹き出していると言える。

まだまだ根本的な発想の転換をしなければならないことは無数にあるが、評論家口調をする“タレント”が受けねらいで教育再生会議のメンバーに任命されるような施政が行われる日本にあっては、実現への期待は薄いだろう。

であるなら、イジメ自殺は未来永劫に終わらない。

以上

私はこの藤原さんの文章にすべて賛成というわけではないが、「対症療法ではなく、抜本的な荒療治を」というところに共感する。

私には藤原さんが声をかけた子どもの気持が痛いようにわかる。長年子どもたちとつきあってきたから・・・

みんなみんな、「くるしいけど、しかたない」と言っているのだ。親はなぜそれがわからないのだろう?

そしてこの狂った国の大人は子どもを対象にもっともっととあくどいやり方で儲け続ける。ゲーム機、携帯、塾、ジャンクフード・・・。大人たちは子どものことなど、何も考えていない。子どもがどうなろうと知りはしない。無責任この上なく物を消費させるだけ。

子どもは心も身体も蝕まれる一方だ。

もう一つ、私が言いたいのは、子どもを傷つけているのは競争原理や管理、受験などだけではなくもっともっと根本的なことで、もっともっと大変なことだということだ。
なぜならば、子どもは小学校1年生として入学してきたその日(6歳)でもうおかしくなっているから。生まれたばかりの赤ちゃんはまだおかしくなっていないはず。その赤ちゃんが6歳になるまでにおかしくなる原因が今の日本にある。
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by lumokurago | 2006-11-20 15:53 | 子ども・教育
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