暗川  


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「杉並ママ」の原告体験記

原告になるとこんなにおもしろい! チョー気持いい!
という「杉並ママ」の記事です。ぜひお読み下さい。
http://www.janjan.jp/area/0703/0703242301/1.php

「杉並ママ」の原告体験記

しみずえいこ2007/03/25 裁判の原告なるものに初めてなった。しかも、誰あろう首相・安倍晋三氏を被告とした裁判の、である。自分でもびっくりした。杉並区の扶桑社版歴史教科書採択に対する安倍氏の政治介入を訴えた訴訟(係争中)である。

杉並のママ、原告になる

 裁判の原告なるものに初めてなった。しかも、誰あろう首相・安倍晋三氏を被告とした裁判の、である。自分でもびっくりした。杉並区の扶桑社版歴史教科書採択に対する安倍氏の政治介入を訴えた訴訟(係争中)である。

 私は東京・杉並区に住み、小学生の子供を持つ母親である。杉並であの教科書が採択されるまで反対運動があることも知らなかった。2006年9月、「原告にならないか」と連絡をもらった時、私がまず思ったのは、「え~、裁判ってなに? 原告? 被告は安倍晋三? ひぇ~、おっかないかも~」であった。

 でも、あまりにも、あの教科書がイヤだったので、原告になることにした。右翼から手紙や電話が来たらどうしよ~、とも思ったが、原告になったくらいで殺されるような世の中だったら、いずれにしろ命はないな、と思い、無用な恐怖は追い払うことにした。その時には名前だけでいいや、ぐらいに考えていた。

「えー、陳述ってなに~?!」。オバチャンの決断

 安倍裁判は、弁護士を立てない本人訴訟の裁判だった。原告は素人のオバチャンがほとんどで、サラリーマンのおじさん、学校の先生がチラホラ。えっちらおっちら、裁判のための書面を作っている。見てられなくて私もオバチャンの一人として、少しだが書面づくりを手伝った。

 昨年12月、東京地裁での第1回口頭弁論の日が近づき、今度は「陳述しない?」と言われた。またまた「えー、陳述って、なに~?!」と思ったが、その頃には多少知識も増えていた私は、「えーい、ままよ、やってしまえ」とばかりに「はーい、何でもやります~」と引き受けた。

東京地裁って、ゴージャス! もっと利用しなくっちゃ!

 さて当日(2006年12月15日、奇しくも改定教育基本法案が採決された日である)、緊張しながら東京地裁を訪れた。来るのも初めてである。東京のど真ん中、霞ヶ関の地下鉄A1出口を出るとすぐ目の前に、「わ、でかっ!」という四角いビルがあるが、それが東京地裁である。

 527法廷。それが私たちの法廷だった。傍聴席30人ほどの明るく綺麗な室内、座り心地のいい椅子。「あら、東京地裁ってゴージャスね。もっと利用しなくちゃ」と変なことを思う。図書館じゃないって。低い柵の向こうが法廷で、奥の一段高い所に裁判官の席がある。「皆を見下ろす所に裁判官は座るんだ」と思う。

ドキドキの開廷。陳述して「チョー気持ちいい~!」

 ドキドキしながら原告席に座り、開廷を待つ。裁判官らが入廷し開廷。重々しい雰囲気だったが、私たちは自己紹介を求めるなど素人らしく、思いは切実だが面白い裁判をした。詳しくは別記事(関連記事:「杉並の不当な教科書取り消し裁判」傍聴記)の通りである。

 なかなか陳述時間をくれない裁判長から、やっと時間をもぎ取り、私も2分くらい話す。裁判長から「あと10秒」などと急き立てられながらの中途半端な陳述ではあったが、言いたいことが言えた。超・気持ちよかった。

オバチャン、「主権者の目覚め」を経験

 あの法廷以来、私の中で何かが変わった。今まで杉並のママたちの間で「あの教科書は嫌だ」という気持ちを押し隠してきた私にとって、原告席で陳述したことは、私が私であることを弁明するものだった。自分が自分であることを言えるって、なんて気持ちがいいのだろう。戦争を嫌だと言い、子供を国に提供するのは嫌だと言えるのは、なんて素晴らしいことだろう。

 同時に、「ああ、これが主権者なんだ」と思った。今まで、投票することだけでしか主権者の意思を表わすことはできないと思っていたが、こんな方法があったなんて。あの日、原告席に座った人は、少なからず皆「主権者のめざめ」を経験した。傍聴人の中にも「60数年生きてきて、初めて自分に主権があることを感じた」と言う人がいた。

オバチャンは、オバチャンでいたい

 私たちは、大きな組織に従属して生きるのがラクチンで好きである。でもその分、自分が自分であることを、いつもどこかで削りながら生きてきたと思う。削りすぎちゃって、自分が誰だかもわからなくなっている人もいる。

 私は、自分の命や自分の子供を誰かに提供したくないし、他の誰かにも、命や子供を提供させたくない。他の人権裁判も同様だが、原告になることは、私が私であるための、私の闘いであり、自己実現の方法なのだと思う。このような方法を見つけることができた私は、いま、とても爽快な気分である。

だから、私は原告になる

 歴史学者・若桑みどり氏は著書『クワトロ・ラガッツィ』の中で、「人間の価値は社会において歴史に名前を残す“傑出した”人間になることではない。それぞれが自己の信念に生きることである」と述べている。

 私は、もちろん歴史に名を残す者ではない。数十年という自分の人生をちょっとはマシなものにしたいと思っている母親にすぎない。「戦争は嫌だ」という私の数少ない信条を曲げさせるものがあった時、それに対しできることをしなかったら、私の人生の価値はいったいどういうことになってしまうのだろう。吹けば飛ぶような私の人生、私はそれを、せめて価値あるものとして生きたい。

 だから、私はこれからも原告になる。今度、「教育基本法の改定は違憲」との提訴があるが、私はこれにも原告になる。先日、朝日新聞の対談で、鶴見俊輔氏が仏陀の言葉を紹介していた。「自分の中に灯を灯し、犀の角のように、ただ独り歩め」。私はいま、心の中にその灯が灯ったような気分である。その灯は、決して他人には消せない。自らがそっと吹き消すまでは。ありがたいことに私は独りではない。決して多くはないけれど、心の中に灯を灯す仲間とともに、それに向かって、ただ歩む。犀の角のように。

 私たちの裁判の原告になりたい方は、こちら(「改正」教基法は違憲・違法だ!提訴します)へ


(注)
扶桑社版「新しい歴史教科書」とは
 「新しい歴史教科書をつくる会」が著す中学生用の歴史教科書。扶桑社発行。2005年8月、全国583の採択地域の中で2ヶ所、東京・杉並区と栃木県大田原市で採択された。日本国憲法の記述はわずか5行、憲法前文の記載はない。

 一方、明治憲法成立には2ページを費やし教育勅語を掲載。「歴史は科学ではない」との立場から、アジア太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び「自存自衛の戦争だった」とする。「日本はアジアに危害を加えたことはない」と主張しており、「お国のために命を捧げる愛国心教育」をめざす。(引用は「新しい歴史教科書をつくる会」ホームページ等より)
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by lumokurago | 2007-03-25 19:37 | その他裁判関係
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