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主権実現の手段としての裁判

生田弁護士の本のために書いた文章です。

 私が裁判をやってみようと思ったのは、愛媛の裁判を傍聴したことが大きなきっかけです。裁判というとむずかしい上に、堅苦しく、権威的なものだと思っていましたが、愛媛の裁判はそんな先入観とはかけ離れ、自由であるばかりかとっても楽しいものでした。百聞は一見にしかず。その上、私は傍聴のつもりで生まれて初めて行った裁判で、いきなり原告席にすわって意見陳述してしまったのでした。そんな愛媛の裁判に習って始めた私たちの裁判のやり方をご紹介します。愛媛とは違い、本人原告と生田弁護士とのミックス原告ではなく、本人原告のみで行っています。

 第一回の口頭弁論では、開廷の言葉が終るか終らないかのうちに、「すみません」と挙手し、「一期一会のご縁ですから、自己紹介から始めたいと思います。原告は~」と名乗り、裁判官、被告にも自己紹介を求めます。裁判官は「表に書いてあるから」とか「個人の立場でやっているのではないから」などとぶつぶつ、「慣例ではない」としながらも名乗ってくれます。(つべこべ言わずすぐに名乗ってくれれば数分が節約でき、「迅速な裁判」促進に役立つはずなのですが)。
次に、裁判官を「裁判長」と呼ばずに、名前を「さん」付けで呼ぶことをお願いします。裁判所は決して庶民には近づきがたい権威的な場所ではなく、裁判官と主権者とは対等であることを確認するためです。

 今までの裁判では、「口頭弁論主義」を標榜しているにも関わらず、訴状、準備書面などを口頭で陳述させてもらうことはほとんどなく、どんなに膨大な書面を書いても、裁判長の「陳述しますか」という問いに「はい」と答えれば、それで全部陳述したことにされていました。それではその裁判で一体何が問題になっているのか、傍聴していても全然分かりません。せっかく傍聴に足を運んでも、あっという間に終ってしまうことさえあるのです。

それに対して私たちの裁判では、傍聴者も主権者であるとの立場にたって、できるかぎり実際に口頭で陳述することを求めています。裁判官にとっても、原告の顔を見ながら、切実な訴えを間近に耳で聞けば、ただ書面を斜め読みするのとはまるで違うことでしょう。現在、メールなどが普及して、生身のコミュニケーションが失われていることの弊害が問題になっていますが、裁判もそれと同じだと思います。更に言えば、証人喚問を要求しても、採用されることは少ないと聞いていますが、当事者の声を聞かずに公正な判断ができるとは思えません。

 私たちは期日前に何度も「訴訟指揮への異議申立」という準備書面を出し、時間を取ってくれるよう頼んでいますが、東京地裁は事件数が多いせいもあるのか、同じ裁判を行っている愛媛や栃木に比べ、なかなか時間を取ってくれません。しかし、現在行っている2つの裁判のうちの1つでは、次回第3回口頭弁論に30分の時間を取ることを確約してもらいました。私たちにとって大きな収穫です。傍聴した人たちは、私たちが素人にも関わらず、きちんとした準備書面をたくさん出したので、認めてくれたのだろうとおっしゃっていました。

 もう一つ、私たちの裁判の大きな特徴は、弁護士のいない素人の集まりなので、裁判官に教わりながら裁判を進めていることです。わからないことが出てくると、その場で質問して教えてもらっています。生まれて初めての裁判ですから、何を勉強すればいいのかもわからないのです。その点、生田弁護士がその都度、役に立つ戦略を教えてくださっています。杉並の場合は原告(選定当事者)8人ないし10人のうち、どちらの裁判でも1人を除いて全員が女なので、直感でやっていることが多く、理屈は苦手で、裁判官にとってもやりにくいことでしょう。しかし、主権者は私たち一人ひとりですから、主権者が裁判を行うのを手助けするのが専門家である裁判官の仕事だと思います。(とは言っても、裁判官に頼りっぱなしではなく、現在、生田弁護士からいただいた「要説 行政訴訟」という本を読んで勉強しています)。

 訴状、準備書面は全部自分たちで書いています。現在の法律の成立過程などを調べるために、1950年代60年代の膨大な国会議事録を読んだり、文科省から情報開示した資料を調べたり、区議会の議事録を検索して調べたり、被告らが書いた本を読んだり、被告についてネットで調べたり、国会図書館で古い新聞を調べたりと、とても大変ですが、いろいろなことがわかってくるとおもしろくなってきます。ちょっとした探偵気取りです。とは言っても、全員が同じように調べて書くことはできないので、できるだけ情報を共有化することが必要です。

 ここで、口頭弁論での裁判官の失言を紹介しましょう。その時はファイル1冊分にもなる準備書面を書いたのに、裁判長がそのタイトルだけ列挙し、「陳述しますか」と聞いたので、私が傍聴席に「これでこの分厚い準備書面の中味が全部わかりましたか?」と質問しました。傍聴席からは「わかりません」との声があがりました。その時、裁判長が「居酒屋の鍋奉行じゃないんだから、勝手に仕切らないで下さい」と言ったのです。それでも私たちは引き下がらず、裁判長から5分の時間を引き出しました。5分の陳述後、裁判長はまた「陳述しますか」と聞いたので、「今回時間が取れないなら、次回に継続して下さい」と食い下がりました。すると、裁判長は「先生に『静かにしなさい』と言われても、まだ駄々をこねる生徒と同じですね」と言いました。裁判長は「陳述しないならこの裁判は終わり。閉廷」と言い出したので、原告の中の2人が「忌避」を言い出して少しもめ、結局私たちは陳述したのですが、裁判長がこのような人間的な面を思わず出してしまったということに、私たちの裁判の人間くささが現れているような気がしました。

 私たちのこのようなやり方に対し、被告代理人は準備書面に「原告らの訴訟手続きに関する主張等に照らしたとき、本裁判が司法権の範囲外の場にならんとする懸念もあり、適正な訴訟指揮のもと、直ちに本訴は棄却されるべきである」と書いてきました。しかし、裁判長はこの記述に対して「ふさわしくない」と被告に注意してくれました。

 私たちは教育基本法「改正」案が参議院で強行採決された2006年12月15日に、「つくる会」教科書を推進し「改正」前の教育基本法第10条に違反した、安倍晋三を訴えた裁判の第一回口頭弁論を行っていました。ここに書いてきたようなやり方で裁判を行い、原告のみならず傍聴者も、みんなが「主権は自分にあるのだ」ということを実感しました。中には「60年以上生きてきて、自分が主権者なのだということを生まれて初めて感じることができた」と言った人もいます。傍聴者は「裁判所で人間らしいやりとりを初めて聞いた」「裁判て、こんなにおもしろいものだったのか」とおっしゃっていました。

 この口頭弁論をあの日、国会前に集まっていたみんなに見てほしかったです。実況中継してほしかったです。そうすれば、みんな、教基法が改悪されて落ち込むのではなく、逆に元気になることができたのに。そう、私たちは「主権者」として初めて、主権を具体的に行使する方法を手に入れたのです。ただ選挙に行くだけではなく、直接首相を訴え、法廷で意見を述べることができるのです。

 日本社会がこんなにひどくなってしまったことには自分にも責任の一端がある、それなのに何もできないと思い、私は今まで絶望していました。生田弁護士は「今まで主権者としてさぼっていたツケを払わなければならない」とよくおっしゃいます。私は裁判をやることによってツケを払うことができることを知り、これでこれからは絶望せずに生きていけると思っています。
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by lumokurago | 2007-04-25 23:48 | その他裁判関係
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