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『ある軍国教師の日記』を読んで

『ある軍国教師の日記』を読んで

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 編著:津田道夫 出版社:高文研 定価:2200円+税

 戦争中、「民衆」はどのような暮らしをしていたのだろうか?このことは一般の歴史書などには書かれていない。断片的に聞く機会はあるにせよ、戦争中全体を通してのまとまったお話を聞いたことはない。この本は、著者の父親による克明な日記と著者のコメントによって、戦争中の民衆の「暮らし」について知らせてくれる。

 「個人が生活を生きる幅のほうが、戦争を生きる幅よりずっと広いということであり、だからこそ戦争の実態がいかに個人の日常に浸透してくるかが問題となる。そして、そうした諸個人の感情・気分・意識の総体が、その時どきの時代思潮なり世相なりを形づくるのである」(あとがきより)

 この本のタイトルに「軍国教師」、副題に「民衆が戦争を支えた」とあったので、私はその実態がどんなものなのかに興味を持って読み始めたが、その内容は淡々としたものであった。

 私は何人ものご老人に戦争中の話を聞いたことがある。みなさんが戦争のことを「大きな波のようなものがやってきて、知らぬ間に飲み込まれていた」とか「気がついた時はもう戦争だった」とおっしゃっていたことを思い出す。この日記の著者(浅見真吉氏)も、この本の始まりである盧溝橋事件の頃から、戦争に対して何の疑問も持たず「支える」側であった。つまり、それまでに政府は国民に対する「洗脳」を成し遂げていたということになる。その「洗脳」は基本的には戦後も解かれることなく、天皇制は維持されていったのである。

 私がお話を聞いたほとんどのご老人が「戦争だけは絶対にやってはいけない」とおっしゃりながら、今だに「天皇陛下」という言葉を使い、靖国神社にお参りされていることを知った。つまり「戦争」が「天皇」の名の元に行なわれたものであること、靖国神社が息子を亡くした母親にとって「麻薬」のような存在であること(『靖国問題』高橋哲哉著を参照されたい)を自覚されていないのだ。浅見真吉氏も然りである。

 戦争中も、当たり前だけど生きるための「暮らし」があった。これは兵隊たちにも当てはまる。日本軍は食糧を供給できず現地調達を命じた。兵隊たちは生きるために(戦う以前に)、侵略した国の民衆から略奪した。略奪するものもない南方の島では、過半数をはるかに越える兵隊が戦争どころではなく餓死していった。「一番恐ろしかったのは隣の日本兵」(飢餓のため、眠っている間に殺される)という極限状態だった、とのことである。(参考記事:立ち止まる、たじろぐ、言葉を失う~失われたメディアの自負)

 戦争は悲惨である。それ以外の何があるのだろうか。それでも子どもたちは遊び、笑顔さえ見せるのである。現在のイラク、パレスチナにおいても……。正視できない写真の隣でなお……。

 私たちが子どもたちのために何をすればいいのか、それは自明であろう。
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by lumokurago | 2007-05-04 21:20 | JANJAN記事
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