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『特攻』 森山康平著 河出文庫

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この、まだ「子ども」である特攻兵の微笑を見るだけで涙があふれてきます。私はドライアイがひどいので、この本を読んでいる間中も、目が痛くなるのですが、そのたびにこの表紙を見て、この「子」の微笑を見て、涙を出して、読み続けました。

この本は5月3日の憲法集会で、「裁判の会」の横断幕を見て声をかけてきてくださった「太平洋戦争研究会」の森山康平さんがプレゼントしてくださった本の1冊です。以下、本から引用しながら、感想を書きます。

初めての特攻に対して昭和天皇は次のように言ったと伝えられている。

「かくまでやらせなければならぬということは、まことに遺憾であるが、しかしながら、よくやった」

「特攻の創始者」と呼ばれる、大西瀧次郎中将(大西がある日突然、一人で特攻を思いついたわけではないが)は、これとは違った天皇の言葉を期待していたのではないかと思われる話が残っていると、森山さんは書いている。

特攻隊の生き残りである角田和男氏は第一航空艦隊参謀長・小田原俊彦大佐が直接話してくれたという“特攻の真意”(小田原大佐が大西瀧次郎長官から直接聞かされ他言無用と口止めされていた内容)がどこにあったかについて、『修羅の翼 零戦特攻隊員の真情』に次のように書いているそうだ。

・日本の戦力からすると、もう戦争は続けるべきではない。
・もはや講和するしかないが、「連合軍と講和しよう」と言い出せるのは、天皇しかいない。ほかの者が言い出せば憲兵につかまって殺されるだろうし、たとえ皇族であっても命の保証はないだろう。
・天皇から講和を言い出してもらうには、このフィリピンで多くの将兵が体当たり特攻して命を投げ出す必要がある。

そして、大西長官は次のように語ったという。

「(特攻をすればフィリピンが防衛できるか)これは、九分九厘成功の見込みは無い。これが成功すると思う程大西は馬鹿ではない。では何故見込みの無いのにこの様な強硬をするのか。ここに信じて宜しいことが二つある。

一つは万世一系仁慈を以て統治され給う天皇陛下は、この事を聞かれたならば、必ず戦争を止めろと、仰せられるであろう事。

二つはその結果が仮に、いかなる形の講和になろうとも、日本民族が将に亡びんとする時に当って、身を以てこれを防いだ若者達がいた、という事実と、これをお聞きになって陛下御自らの御仁心によって戦を止めさせられたという歴史の残る限り、五百年後、千年後の世に必ずや日本民族は再興するであろう、ということである。

陛下が御みずからの御意志によって戦争をやめろと仰せられたならば、いかな陸軍でも、青年将校でも、随わざるを得まい。日本民族を救う道が外にあるであろうか。戦況は明日にでも講和をしたい所まで来ているのである」

そして、こういう考え方は「海軍大臣と高松宮に状況を説明」して了解を得たことだったという。

ところが天皇は「戦争はもうやめろ」とは言わず、「よくやった」と言ったのである。

角田氏は戦後、この大西長官の真意が全く伝えられていないことに疑問を感じたそうだが、森山氏は次のように書いている。

「角田氏が伝えるような経緯はあったが、海軍首脳が期待したような「もう戦争をやめろ」という天皇のお言葉が得られなかったので、事実を公表すれば天皇批判に通じる一面もあるとして、ひょっとすると闇から闇へ葬った可能性も否定しきれない」

特攻は戦果を期待して行ったのではなく、死ぬことだけを目的に行われた。

この本には次のような証言がある。

・フィリピンにおける特攻の始まりに指揮官を引き受けた関大尉は、「日本もおしまいだよ。僕のような優秀なパイロットを殺すなんて。ぼくなら体当たりせずとも敵空母の飛行甲板に50番(500キロ爆弾)を命中させる自信がある」と語ったという。

・レイテ島タクロバン(アメリカ軍の上陸地点)の桟橋に体当たりを命じられた特攻隊員が、「そこには輸送船もいるんだから、空振りでもいいから輸送船に体当たりさせてほしい。いくらなんでも桟橋に体当たりするのはいやだ」と頼んだら、「文句を言うんじゃない。特攻の目的は戦果にあるんじゃない、死ぬことにあるんだ」と怒鳴りつけられた。

・沖縄航空特攻が始まってまもなく、ある特攻隊員が「本日の攻撃において、爆弾を百パーセント命中させた場合、生還してもよろしゅうございますか」と聞いた。長官は言下に「まかりならぬ」と大声で応じた。

そして戦艦大和は沖縄まで到着することさえ無理とわかっていて、「死に場所を求めて」出航したのである。

石原、安倍、山田らが戦争をやりたがるのは「儲ける」ためと考えれば理解できるが、それにしても特攻を賛美する気持は全くわからない。

「お国のために命を捧げる」という不合理な名目を国民全員の体中に染みこませなければ戦争なんかできないから、洗脳しようとする。それはわかるが、それにしてもなぜ「特攻」なのか?

日本人らしい精神主義であろうが、戦争が好きなら勝つために最大限戦果をあげることを考えたらどうなのか。上記の例など、全くの無駄、いや、無駄以上である。なぜもっと合理的な思考ができないのだろうか? 

繰り返すが同じ戦争をするにもどうしてもっと合理的になれないのか? いや、合理的なことでは国民を洗脳できないのかもしれないと思う。不合理な精神主義みたいなものに日本人は洗脳されやすいのだろうか。
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by lumokurago | 2007-06-04 22:36 | 平和
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