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最首悟さん講演会記事

最首悟さんの講演会~星子をかばって生きる

 7月7日、(財)大竹財団、賑栄い塾主催で最首悟さんの講演会が開かれました。最首悟さんは東大助手時代から全共闘運動や水俣病問題へ積極的に取り組み、また、愛娘・星子さんが「障害」を持って生まれたことから、「障害」者問題へも深く関わって来られました。

 最首さん(以下、ぼく)のお話は哲学的でむずかしく、非常に奥が深いので、個人によって、受け取り方も理解も様々だと思います。この記事は筆者の浅い理解で恐縮ですが、何かが伝わればと思って書いてみました。最首さんに見せたところ少し加筆してくださいました。

 ご飯も自分で食べない、「――しない」づくしですが、乱されたくないという一念だけは強烈な星子と30年暮らして、引き比べて我が身はなんというむさぼり、なんというやましさという思いがつのります。そしてしだいに、星子が生きられるだけ生きるのに何かの役割を果たすことがいちばん価値のあることだと思うようになってきました。どうしてか、そのあたりのことを話そうと思います。
 
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最首悟さん

ひそかに「かばう」

 レジュメに書きましたが、今日は「070707」です。1937年7月7日に盧溝橋事件が勃発し、1945年までの戦争のきっかけになったのです。1931年の満州事変から数えて1945年の敗戦までを15年戦争と言っています。1937年(昭和12年)生まれが今年70歳になります。ぼくはその前年の1936年生まれです。1937年は樺美智子の生まれた年でもあります。彼女が生きていたら70歳になるんですね。

 70年前に盧溝橋事件があったのですが、日本はその戦争のけりをつけたでしょうか? それが60年代の学生反乱の下地になっていたわけです。1956年には「もはや戦後ではない」とされ、その年に水俣病も始まっています。日ソ友好条約、国連への加盟もこの年です。朝鮮戦争があって沸きに沸いた景気で銅線が高く、ちょっと売れば金になった時代でした。65年には日韓会談(とぼくたちは言っていたのです)があり、ベトナムに枯葉剤が撒かれ、ベ平連ができました。

 非暴力主義に対して「そうなのか?」という思いで、ぼくら理系の学生がベトナム反戦会議を作り、ぼくとしては根っことして「1人殺して自分も死ぬ」、それをぬかして何ができるのかと思っていました。山本義隆もそこにいました。60年末には米軍は沖縄からベトナムに出撃しており、沖縄は切り捨てられたのです。小笠原返還はたしか68年でしたが、沖縄は相変わらず日本じゃないとされたのです。そういう中で正当な、まっとうな生き方をするのはむずかしいのです。

 「かばって生きる」というのは禁じ手であって、言っちゃいけないことです。「かばう」というのは表現されない、表現してはいけないような何かです。「ケア」とか「福祉」とかいう言葉には「世話してやってる」という意識がつきまといます。それを抜かせばサバサバした職業的な介護になるのですが、これもまずい、1時間いくらでマニュアルで決まっているというのもおかしいということになります。

 片方で「世話してもらってる」方はたまらないのです。「誰に食わせてもらってるんだ」とは言っちゃあいけないのです。星子(重度の「しょうがい」をもって生まれてきた最首さんの4人目のお子さん)が生まれて、自分の体験を思い出しました。ぼくは副鼻腔炎(蓄膿症)、ぜんそく、結核、肺がんをやりましたが、ぜんそくが一番苦しかったです。背中をさすってもらうと楽なのです。犬猿の仲の弟が黙って背中をさすったりしてくれました。片方で涙が出そうなのに片方では「オレの酸素を食いやがって」と思っているのです。世話される方はみんな思っています。ありがたいけど、相手が少しでも「感謝しろ」みたいな態度に出れば、猛然と食ってかかるのです。「かばう」にはその辺の事情があります。

 “生きがい”ということをいろいろ考えていって、あれやこれやはずしていって、最後に残りそうな、人として最後のよりどころとなるもの、「これだけは」というものが「かばう」なのかなと思います。それを言っちゃおしまい、態度に出してはいけない、匿名でいる、けどられないようにする、そして「かばう」。かばう相手が大事だからとか役に立つからかばうというのではよこしまなのであって、無目的の「かばう」、ひそかにかばう、役柄として脇である、サブである、そんな感じです。目的があればと思うけれど、考え出すとむずかしい。それでは絶望かと思えば、そうでもなくて目的のない希望にひたるのです。中原中也が「目的のないぼくだけど、希望は胸に高鳴っていた」と言っています。

目的のない問い

 「―ぽい」という言葉があります。「―ぽく」でもいい。うそっぽい。にせもの的な・・・本物をめざしているようだけど、本道に乗ったと思ったらはずれる生き方みたいなものですね。でも生まれてから70年もあきっぽかったりすると、それなりの学問ができてくる。「ポイ捨て」みたいな軽さがあって、ええ、「ポイ」っていうとタロイモ料理なのです。「ポイエシス」というのは「つくる」という意味です。オートポイエシスは「なってしまう」ということ。意図してつくるはクリエイト。そのようにしてしまうのか、なってしまうのか?ぽい生き方、どこにも収まらない生き方ってありますよね。

 ウジや蚊は湧いてくる。目的があってつくるのではなくて目的がなく、「なっちゃう」、どうなっていくかわからない、設計図がないけれど展開はしていく。「つくっていく」と「なっていく」という大きな二つの系譜があって、目的、理想に憧れながら実際は「明日は明日の風が吹く」で、そしてそのようには生きられない。

 道の果てがない、あるいは行き止まりの道に向かって歩き続ける。高村光太郎は「ぼくの前には道はない、ぼくが歩けば道ができる」と言いましたが、道つくってどうするんだ? と茶化したくなる。「-ポイ」的生き方にどうしてなってしまうんだろう。 本物になれない、穴があったら入りたいけど、自分で穴をつぶしちゃう。そうして残ってしまううしろめたさ、やましさをなお解消したいと思う。

 “実”(じつ)に入り込めない、“虚”(きょ)である。地に足がついていない。「漂私」という感じ。直感的に、そんなに簡単には“実”にいかないと思う。暮らし、生活は“実”的なのだろうか。戸坂潤が「哲学者は生活の達人でなければならない」と言いましたが、生活って何? 達人て何?

「やましさ」はどこから?

 「やましさ」はどこから来るのだろうか? 戦後の朝鮮、中国、東南アジアに対するやましさ、沖縄や水俣に対するやましさ、もっと卑近に自分のやってしまったことのやましさが蓄積していく。振り返ると、数ある「やましさ」の中でも強烈なのは猫を殺したこと。ご飯(銀シャリ)自体が夢で、砂糖1さじやチョコレートがほんとの夢だった頃、プリマスロックという鶏のヒナのツガイをもらってきて、卵を楽しみにしていたら、猫がメスの方をさらっていってしまった。弟と復讐を誓ってぼくが殺した。猫の歯をむき出した顔がすごかった。オスは徒らに大きくなって、首を絞めて食べてしまいましたが。積み重なってくるやましさは、やはり命にかかわってくることです。

 星子が生まれて少しずつ、命を殺して命を維持しているという解消できないやましさを感じるようになりました。「感謝して全部食べましょう」でいいのか? 野菜はよくて、動物はだめなのか。ベジタリアンならいいのか? 野菜を生のままバリバリ食ってる。授業で学生に一番受けたのは、大根おろし、大根をあんなにすっちゃって拷問にかけて食ってる。やましいといくら思っても「うまい、うまい」と食う。そして自分は喰われたくない。よけいやましい。

 神様はほんとのところこうあってほしいという目的を持っていないし、命に目的はないと思います。命が続くには命しかない、命は命でしか語れないのです。人間の自意識が発生したのはエデンの園でイヴが知恵の実を食べたからです。イヴはアダムにすすめ、アダムも食べました。ここがだいじ。女が冒険して神に逆らって、自意識を持つ、やましさを自覚する人間になったのです。結果として神はイチジクの衣を脱がせて動物の皮衣を着せて動物食をするようにエデンの園から追放したのです。皮衣は殺す、あるいは死を意味して、食べることのやましさを担うシンボルでしょう。

 新しい食物を女が食べました。蛇に言われて―蛇は知恵の神であり豊饒の神です。どうしても食べなければならない、新しい食物を開拓しなければならない、そうして新しい食べ物を試みて、死んでいった女の人はものすごい数でしょう。イヴは試み、そして生き、それを見てアダムは食べた。女は進取の気性をもち我が身を実験台にする。男は保守的で安全と見極めてから食べた。幸島のサルが芋を洗って食べるようになったのも最初はメスザル、キャラメルをむいて食べたのもメスです。

子どもを産めない男と「続く生」

 語らない星子と暮らしていると、目的に向かって精進するとは何だろう? 生半可でそうしてはとんでもないことになるんじゃないかと思われてきます。男は歴史を作り、女を穢れたものとして差別してきましたが、その大元をたどると、聖書が示唆するように、女が“実”の暮らしを立て、男は遊ぶしかないように、つまり“虚”で暮らすしかないようにさせられた。端的に男は子どもを産めないということです。

 エデンの園を追われるとき、女はイブ(命という意味)という名前になり、子を産む母として位置づけられます。命を続けることが人間が自覚する根本の価値となったと読めます。男はいわばそこから跳ね出され疎外されている。重度の「しょうがい」をもつ子どもと母親の暮らしを見ているとその思いが募ります。特に母親と「しょうがい」を持った男の子の間には父親は入りにくいので、父親はいたたまれず、逃げるということも起こる。実際、離婚も多いのです。父親を弁解するわけではないが、父親の居場所がないのです。そこをかいくぐるには、ひそかに、「オレが母子をワキで支える」と、いきがらずに覚悟するほかないのです。

 「続く生」というのは、「女-母-子」のラインであって、男は精子を与えているにしても、それが本当に不可欠なのか? なぜオスが分化してきたのかは、実はよくわかっていないのです。そのことをモロにつきつけられると男はつらい。メキシコのある地方では、男は働いてはいけない、お小遣いもらって遊んでなきゃいけないそうですが、これはそう耐えられることじゃないです。ライオンのオスの仕事は交尾と侵入するオスの撃退だけです。暮らしの居場所はない。

 人間の男の場合もそのきらいはありますが、さすがに“虚”では生きられないので、遊びを“実”らしくする必要があり、そのために学問から芸術、スポーツまで命をかけて競争する。パスカルは戦争も慰戯だと言っています。料理や裁縫や、お茶を飲むことまでそういう遊びにして、真剣に打ち込む。必然的に平凡なくりかえしの毎日の暮らしを貶め、殺して食べる疚しさについてまわる「血」に、聖と穢を付与して、子を産み育てる女、出血する女を差別し、しかも出血しなくなると生きる価値はないと罵るのです。

 平凡に繰り返される美しくない暮らしには「つづく」という大きな目的が刻印されているような気がします。そしてその自覚は男には、子どもや母親をそっとかばうというふうに表わされ、自分はそのようにしているというのが、いちばんの満足なんじゃないかと思われます。

 小浜逸郎が『死にたくないが生きたくもない』の中で、「養うべき『弱者』というものが、私の身の回りには存在しない」と言っていると大平健が書いています。身内じゃなくてもいい、そういう者がひとりいたらいいと思います。命がけの慰戯をしないと身がもたない男が主役の文化文明は、「ソフトな科学技術」といってももう保たない段階に来ていると思います。
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by lumokurago | 2007-08-02 13:18 | JANJAN記事
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