暗川  


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沈黙の島の叫び

「ミーニシ吹く島から」(森口豁)より引用します。
*****

ある島で〈沖縄戦)後戦没者の25周年忌慰霊祭がおこなわれようとしていたこの春、一人の男が関西から飛行機で沖縄島に降りたった。赤松嘉次と名のるこの男は、日米両軍の沖縄決戦が始まろうとしていた昭和20年の春、日本軍の特幹船舶隊長として渡嘉敷島に送りこまれた陸軍大尉である。彼は慰霊祭に来賓として出席する予定であった。ところが彼を迎えた夕方の空港には「虐殺者かえれ」ののぼりが立ち、50人近い島びとたちの詰問と抗議のシュプレヒコールが雨のように浴びせられたのだ。〈来賓〉はたちまち〈被告)であった。



昭和20年3月28日、日米両軍の対峙する渡嘉敷島で住民の集団自決があり、336人が一瞬にして死んだ。武器は日本軍から配られた手榴弾。だが絶対数の不足で多くの人たちは死にきれず、親子同士、姉弟同士がクワやカマや石で互いに斬りつけ、なぐりあって死んだ。

悪夢のような戦争が終わるや、島の人たちは遺族会をつくり、ささやかな戦記をしたためて村役場に残した。その戦記にはこの集団自決が赤松隊長の命令によるものであり、同時に赤松隊が島の人たちに対して犯した犯罪行為の数々、たとえば、米軍に降伏したいと許しをもとめに陣地を訪ねた女教師と学童が、たちどころに隊長の軍刀で斬り殺された、などが記されている。

25年目の〈来賓)は、3泊4日の沖縄で公衆の前に自由な姿を現すことは、ただの一度もできなかった。宿泊予定のホテルからも姿を消さねばならなかった。那覇で暮らしている渡嘉敷島の青年たちは夜どおし協議した結果、島を結ぶ連絡線の前にすわりこんで赤松氏が島へ渡るのをこばんだ。地元の新聞記者からも鋭い質問が、浴びせられ、沖縄を去る日の空港には警察官が多数でて、飛行機のタラップの下まで彼を保護しながら送りとどけるといった状況をつくりだした。

それはまぎれもなく〈人民裁判)だった。私はこの〈事件)の中にいくつもの〈日本)を見、(沖縄)を見出さずにはいられない。それは、沖縄戦という戦争事実が、本土と沖縄の間にこうも根強い傷口をつけ、それがまったく癒されないで今日まで実在しているという事実に集約されるのだが、それにしても本土と沖縄のこの断絶を埋めることは、はたして可能なことなのか-。

教員もいた、歴史家もいた、平和運動者もいれば牧師もいた。人びとは青天井の下で赤松氏に迫った。「なにしに来たか」「かえれ」「おまえは沖縄人を何人殺したんだ」「あなたが来島することは軍国主義につながるんだ。渡嘉敷島のあるおばあさんは、赤松がきたら発狂するから来てくれるなといっているんだ。かえれ」「慰霊祭にはでてもらいたくない。あなたが来島すること自体、県民にとって耐えがたいのだし、軍国主義をまったく忘れ去ったものとしか思えない。現在の日本の右傾化を見ろ」

きびしい追及にたいして、赤松氏は終始かたく口をつぐんでいたが、〈軍国主義〉、〈日本の右傾化〉といった言葉がでると、「私のところは平和だし・・・私が来島したからといって・・・」ときりだした。

このたったひとことの言葉に秘められたものこそが、沖縄が赤松個人にたいして、祖国に対して問うていることにちがいない。個人と国家、沖縄の追及は一元軍人のつるし上げという形ではあった。しかしその本質は、あまりにも隔たった本土と沖縄の空間に横たわるもの、今日の日本の姿勢と実際にあるのだということを、私は赤松氏が理解したかどうか気づかう。

*****ここまで引用。

この項をほとんど書き写しました。この「赤松氏」は、大江健三郎氏を訴えた人です。こんな証拠があって、よくもまあ「集団自決を命令したことはない」などとうそを言えたものですね!!!
命令しなかったのならば、なぜこの時はっきりそう言わなかったのでしょうか?
これを読んで、本当にびっくりしました。
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by lumokurago | 2007-10-02 18:49 | 平和
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