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終わらない基地被害―複雑な思い語る場必要

3月2日付沖縄タイムス記事より紹介します。筆者は知念ウシさんです。これは沖縄タイムスだけではなく本土の新聞にも掲載されるべき記事です。
*****

同じころに起こった人権と安全保障にかかわる二つの事件がある。
ハワイで米軍のミサイル防衛システムの訓練に参加した日本自衛隊のイージス艦が日本沿岸に帰ってきたとき漁船と衝突、乗組員を海中に行方不明にさせた。防衛大臣は辞任するべきだと問題になっている。日米安全保障条約に基づき沖縄で日々人殺しと破壊の練習に明け暮れる特別公務員、米軍人がまた暴行事件を起こした、外務大臣、防衛大臣の引責辞任は問題になっていない。被害者である「日本本土」の「男」の「大人」の落ち度が言われることはない。





何度でも書くけど、沖縄にある米軍基地は琉球石灰岩のように昔から自然にあるものではない。日本国と米国が安保条約を結び、日本国に米軍基地を置くと定めている。そこに「沖縄に置く」という条項はないのにもかかわらず、その75%は0.6%の「国土」面積で「国民」人口1%が住む沖縄に置かれている。その条約を支持(無関心=特に反対しないも含む)しているのは、沖縄以外の99.4%の土地(そこが通常「本土」と呼ばれている)に住む99%の国民の中の圧倒的多数の人々である。反対していたとしてもほとんどの人は賛成派同様、基地負担から逃れるという利益を得ている。0.6%の沖縄に住む1%の人々は条約に賛成でも反対でも基地負担と言う不利益を被っている。

米軍基地を沖縄に直接押しつけているのは日米両政府だけれど、それをずっと支えてきた(覆さないでいる)のは、99.4%の土地の99%の人々でもある。沖縄でどんなに声をあげようと、この人々がこのままでは、沖縄に基地はあり続け、あるいはさらに増強され、基地被害はこれからも続くだろう。もし、その人々も反対しているがそれを押し切って日本政府がアメリカの言いなりになっている、というのであれば、99.4%の土地で沖縄のような反対集会、反対運動がなんども起こっているはずだが・・・。

したがって、引き続く基地被害を私たちにもたらしているのはその「本土の国民たち」でもある。

沖縄では米兵事件に抗議する県民大会が計画されているそうだ。この前、教科書問題での大きな県民大会があったばかりで、しかも、大会決議の「検定意見の撤回」は実現されないまま・・・。

私がリアルタイムで覚えているかぎり、1995年の県民大会から(もちろんそれ以前でも)ナントカタイカイはしょっちゅうある。そんな日常とは、なんだか、(本で読んだ)復帰前みたいである。そうか、今は“復帰前”なのか。まだ、「復帰」していないのだ。
えー? どこに? だれが?

タイカイが必要な現実は変わらない。しかし、もしまたこのままやるのなら、今度の大会と前の大会が、単なる数字として比較され、両者とも、その意義が軽んじられる結果にならないだろうか。

「琉球処分」で精神的・文化的に否定され、沖縄戦でさらに徹底的に生物的にも物理的にも破壊された後に、さらに60年間も圧倒的な密度で軍事基地を押しつけられ、今やそれは私たちの生活、身体感覚にまで刻印されている。体内に深く入り込んだ異物。それを完全に取り去ろうとすると血が流れる。しかし、そのままでは健康を害し、ゆっくりとあるいは突如として死に至らしめる。自分ばかりではなく、他の人にも影響する。沖縄人にとって基地とはそんなものなのかもしれない。「基地反対、出て行け」と簡単に口にできない人も多いだろう。それでもこのままでいいとも思っていないだろう。

私が今ほしいのは、そんなさまざまな立場の沖縄人がそれぞれの複雑な苦悩、悲しみ、怒りを語り共有することが保障される安全な小さな空間、小さな集会だ。時に1995年以来どんな現実を見、見せられ、それにどう対応し、怒り、あきらめ、ごまかし、後悔、屈辱、それでも譲れないもの、今の気持ちを話し合い、分断させられることの多い沖縄人同士がつながり直す場がほしい。そのような空間が各地ででき、つながって重なって、うねりをつくり、これまでとはちがう私たちの未来をつくる抵抗のちからができてこないだろうか。

沖縄にいる「本土」の人は空港や観光地などで、観光客と移住者に「一緒に基地を持って帰りましょう。沖縄に基地を押しつけているのはわたしたちです」というビラを配り、基地を「本土」に持ち帰る運動を始めてほしい。「本土」にいる人も、基地に賛成でも反対でも、まずは基地を「本土」に戻す運動をしてほしい。そして、沖縄やグアムなど他の地域に迷惑をかけないかたちでの日本の安全保障をどうするか、を考え論議し、実行してほしい。「沖縄が好き」ならできるはずだ。嫌いでもそれが責任というものだ。
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by lumokurago | 2008-03-09 01:01 | 沖縄
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