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『泥の河』の感想・1

今、東中野ポレポレ坐で小栗康平監督の特集をやっています。懐かしい『泥の河』を観てきました。以下は1982年12月13日発行の高井戸学童クラブで出していた父母向け通信『ユーカリ』に載せた文章です。この年の9月30日、高井戸学童クラブは小学校内のプレハブから新しくできた児童館内に引っ越しました。土と風に近く、校庭で思い切り遊んでいた子どもたちがコンクリートの建物に閉じ込められてしまったのです。そして12月のこの号から、題字の『ユーカリ』に隠し文字のように「コンクリ」という字を埋め込んだのです。
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『泥の河』という映画があります。時は1956年(昭和31年)。人々の心にはまだ戦争の影が色濃く落ちていますが、戦後の混乱期は過ぎ、朝鮮戦争の神武景気によって、「もはや戦後ではない」と言われるようになった時代。この後、1960年代から日本は高度経済成長を遂げるわけですから、この時代は戦後の混乱期と高度成長の間にある束の間の「古き良き時代」であったと思います。

 この頃、人々は貧しく、心が冴え冴えと透き通っていました。夫を亡くした「廓舟」に住む女性の子どもたち(11歳の銀子と9歳のキイチ)と、河の向こう岸の食堂の子ども(9歳ののぶお)との交流の中に人間にとって最も大切なせつなさ、かなしみ、かなしみに裏打ちされたやさしさが表われており、心に沁みとおるようでした。




この映画に次のような場面があります。のぶおのお母さんが銀子にワンピースを着せて「あげる」と言うのですが、銀子はそれを脱いで、ていねいにたたんで無言で返すのです。そして「今日は楽しかったです。ありがとうございました」と言って帰るのです。今の子は私のはいているスカートにも「そのスカート、きれいだね。ちょうだい、ちょうだい」と言います。それも一人だけではなく、大部分の子が、なんでも見れば「ちょうだい」と言うのです。「遠慮」とか「つつましさ」とか「はにかみ」とか「気おくれ」、そして「誇り」という言葉は近い将来なくなるでしょう。銀子のような子どもは今はもう99%いないと言っても過言ではないと思います。どこにでも物があふれていて、ワンピースの1着や2着、もらおうが返そうが双方にとってどうでもいいことになってしまっていて、のぶおのお母さんが銀子にワンピースをあげようとしたような必然性もなければ、銀子が返したような必然性もありません。1着のワンピースをめぐる近所のおばさんと少女の思いほど深い思いは、今はもうどこにもないのです。あり得ないのです。

 のぶおとキイチがのぶおのお母さんから50円ずつもらってお祭りに行く場面があります。キイチは生まれて初めてお金をもらってお祭りに行くのでしたが、ズボンのポケットに穴があいていて、二人分のお金を落としてしまいます。二人は人ごみの中、地面に這いつくばってお金を探すのですが、もちろん見つかりません。そしてもちろん、もう一度お金をねだることなど思いつきもしません。意気消沈して帰る二人・・・そこでキイチはのぶおを元気づけようとして自分の宝物を見せるのです。

 今の子どもならもちろんもう一度お金をねだり、大部分の子はもう一度もらうでしょう。その時、もう一度お金を得た代わりに子どもの失ったものの大きさはどうでしょう。年に一度の楽しみをふいにしてしまったかなしみ、お金を探す苦労、お金の価値、かなしんでいる友だちを自分もかなしみながらも思いやる気持ち・・・もう一度お金をもらってしまったら、それらのことを感じずにすんでしまうのです。けれども今の親たちには100円や200円のお金に困る人はいません。子どものために断る人がいたとしても、その理由はお金がないという切実さではなく、「信念」のためとなってしまいます。それでは子どもが感じるものも違ってくるでしょう。

 Kさん(私よりも10歳年上の同僚)が「若い頃は貧しさこそが人間の敵だと思っていた」とよく言います。貧しさというものは絶対的に悪いものなんだと、貧しさを知らない私も観念的には思います。けれども、人間にとって最も大切なものは、貧しさゆえに生まれざるを得ずして生まれていたのではないでしょうか。現在の日本では飢えに泣く子もいないでしょう。人々は皆、飽食しています。戦中、戦後の食糧難の時代から見れば、皆「幸せ」であり、「快適」で満足していると思います。けれども
その代りに、あの『泥の河』の時代にあった「やさしさ」「せつなさ」「かなしみ」は消え去ろうとしているのではないでしょうか。

 街を歩いているとけばけばしい色があふれていて、よくまあこんなに物があるもんだ、いったい誰が買うんだろうと思うほど、たくさんの物が売られていて、『泥の河』のモノトーンの画面と対照的で、外側が対照的なら内側も対照的なんじゃないかと思います。貧しさは確かに人間の敵だった。けれども、その敵を倒した後に現れた敵はもっと手ごわいものだったと言えないでしょうか。貧しさゆえにかなしみを知り、やさしくなった人がいて、反対にかなしみにうちひしがれてやさしさを失った人もいて・・・いずれにしても最も人間らしい感情が渦巻いていたのだろうと思います。

 今、大人も子どもも物質的に満たされている代わり、社会の歯車の一つとなり果て、ただ目先の楽しみだけを求め、「自分さえよければ」という価値観で動いています。貧しさは悪いけれど、「豊かさ」はもっと悪い。「豊かさ」は人間の心を涸らすから。『泥の河』の世界のせつなさが貧しさゆえに成り立っているものであることに、人間の不条理を感じます。

 ところで、物のない時代に育った人たちは、自分たちの味わった苦労は子どもだけには味わわせたくないと、子どもを何不自由なく育てるのが親の愛情だと思っていますが、私は現代のような物の氾濫する時代においては、子どもに意識的に不自由な思いをさせることの方が大切だと思っています。現代においては普通にしていれば、子どもが物に不自由することはあり得ません。それどころかいつもいつも過剰に与えられています。だから必然的に一つ一つの物の価値は低下し、ものの大切さが忘れられていきます。いえ、初めから知る由もないのでした。ですから今の子どもは非常に物を粗末にします。そしてその物に対する扱い方のひどさが、そのまま他人に対する接し方に表れているかのように、他人の気持ちを思いやることができません。他人への思いやりの原初的なものは、「自分はおなかがすいている。お母さんやきょうだいもおなかがすいている。パンがひとつしかないなら、半分こしよう」ということなのではないかと思いますが、今は「自分はおなかがすいているんだから、いくらでも食べる。お母さんやきょうだいもおなかがすいているのなら、食べ物はこんなにたくさんあるのだから、勝手に好きなだけ食べればいい」ということしかありません。「半分こ」なんてする必要がないのです。子どもの日用品やおもちゃも買えないほどお金のない家庭も激減しているので、お金がないためにおもちゃも買ってもらえないという友だちもいないから、そういう友だちを思いやる気持ちも育たないし、逆におもちゃを貸してもらえずいじめられて悔しがったり、奮起することもありません。そういう感情の豊かさが人間関係を築いていく基礎になる大切なものなのに、今の子どもは物の「豊かさ(過剰さ)」ゆえに感性を損なわれていて、すでにたくさんの物を持っているくせにもっともっとと際限なく欲しがるだけなのです。(これは子どもだけでなく大人もそうですが)。

 物はできるだけ少ない方がいいのです。その分だけ楽しさもかなしさもいたわりも憤りも、たくさん感じることができるのですから。鍋釜のないのでは困るけれど、最低限暮らしていける物があれば、それ以上の物は害になるばかりです。けれども、この物の氾濫する時代にあって、質素な暮らしをして物を大切にすることを実践しようとしても、それは「貧しさ」とは全く異なるもので、前述したように「切実さ(必然性)」ではなく「信念」になってしまうのです。さきほどのお祭りでお金をなくした例で言えば、親にお金がないという切実さがあれば子どもは切実さやせつなさを感じるけれど、親にお金があるのに信念で与えない場合は、何か別のものが伝わることはあっても、切実さやせつなさは決して伝わらないでしょう。質素な暮らしをしようとしても、子どもに物を大切にすることを教えようとしても、切実さがないから何か空回りしてしまう。結局、便利できれいな物の山に生き埋めになって、人間らしさを失うのが人間の運命であるように思います。

 『泥の河』の子どもたちはとっても静かでした。黙っていることが多いのです。黙っていて大人たちのかかえているかなしみ、人生の矛盾を少しも曇りのない目でじっと見ているのです。そうやって黙って見ていたことは、子どもたちの心の中に蓄積されやがて核になるのでしょう。今の子どもたちに一番欠けているのはこのことのような気がしました。

*****ここまで引用

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by lumokurago | 2008-04-03 23:15 | 子ども・教育
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