暗川  


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by lumokurago
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「シズコさん」(佐野洋子著)を読んで

すさまじい本だった。母親にかわいがられた思い出のない娘、母親が好きでなかった娘の母親に対する嫌悪感が、これでもかというほど書いてある。自責の念にかられながら。

呆けた母親を介護するうちに娘は思ってもいない言葉を言う。

「ごめんね、母さん。私悪い子だったね、ごめんね」
母親は「私こそごめんなさい。あんたが悪いんじゃないのよ」と言う。

そして娘は50年以上苦しめられていた自責の念から解放されたのである。

「呆け」ってなんだろう?

私も親に対しては複雑な思いがある。のびのびと育ててもらったわけではなく、かといって押さえつけられていたというわけでもないが、たぶん親の育て方のせいでものすごい苦労をさせられた。ひとは「理想の家庭」みたいに言うが、子どもの立場としては決してそんなものではなかった。理想主義をおしつけられていたから、ただただ「普通」になりたかった。父の言う「俗」なものにあこがれた。父はプラスチックのおもちゃなど「俗だ」と言って買ってくれなかったし、「ぬり絵」はオリジナリティをなくすからと禁止された。(人形は父の手作りだった)。

おっと、親について書きだすと私も本1冊書けるので、今日はこのへんで。

私も父が呆けて、だいぶたってから初めて彼を許したと思う。気持ち的にはその前に和解していたつもりだったが、決してそうではなかったのだろう。

彼が呆けて、別人になってしまい、衰えていき、人間は最期にこんな試練を与えられなければならないのかと、そのあまりの理不尽さに絶望し、でも、それが「老いる」ということなのだと受け入れられるようになった時、私は父をいとおしいと思ったような気がする。

私を育ててくれたんだ。だったら、死ぬまでできるだけのことはしようと思った。

そして、今、後悔は全くなく、本当のことを言うと、死んだ気がしないのである。

また、天国で会えるよね、お父さん。
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by lumokurago | 2008-08-23 22:03 | 父・母・介護
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