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2011年 07月 09日 ( 3 )


森住卓さんのブログより

 飯舘村から シーザーのその後

 飯舘村から 乳牛最後の競り(本宮市)

 Dr.Aの言っていたように牛も連れて北海道に移住できなかったのだろうか?
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by lumokurago | 2011-07-09 15:49 | 原発

Dr.kとDr.Aの対談 その2

 ■ 「近藤に謝罪させろ」 ■

 近藤 網野さんの場合は、それまで集検に携わっていた立場ですから、周囲との対応はさぞかし大変だったんじゃありませんか。

 網野 意外だったんですが、村の担当者には私の考えをよく理解してもらえました。ところが保健所はネガティブな反応で、納得しないまでも、自治体の独自性を認めさせるのに1年ぐらいかかりました。村民のみなさんにも納得してもらわないといけないから地域を回って講演会をしたりと、簡単ではなかった。それと、紆余曲折を経ながらも集検を廃止できたのは村がクローズドの世界だからでしょうね。

 近藤 確かに、東京の真ん中の地域でやめようとすれば周囲からいろいろあるでしょうから。

 網野 もう一つ申し上げれば、医療や福祉の実績をあげていたこともありますね。

 近藤 網野さんへの信頼感、ね。

 網野 先に言われてしまったけれど(笑)。そういうようなものもあった。それで、秤にかけたんだと思いますね。行政も住民も。もともと、みんな年に1回ぐらいの検診がそんなに有効だとは思ってないわけです。

 近藤さんはどうだったんでしょうか? 周囲からは。

 近藤 論文を発表したあと、大学の教授会で問題になって、どうも「近藤に謝罪させろ」って、なったようなんですね。ぼくの教授に呼ばれて、なんだかんだと言われましたよ。でも、これは学問の話だから、謝るとか謝らないの問題ではないと突っぱねたんです。教授のところには学会や権威からいろいろ圧力があったことは想像に難くない。ただ、ぼくに直接はありませんでした。

 網野 批判というのは、具体的にはどんなことですか。

 近藤 要するに「けしからん」ということ。

 網野 ただ「けしからん」じゃあね(笑)。批判になりませんね。

 近藤 論理の話じゃないから(笑)。

 網野 「おまえの顔が気に入らない」というのと同じレベルだな。

 近藤 そのあとに出てきた批判というのは、ぼくが言っていることを決めつけたり曲解することが基本にあるんですよ。

 網野 乳癌治療への批判論文を発表したときと、集検批判の論文を発表したときでは周囲の反応が違いましたか?

 近藤 ヒステリックは批判が増えたという印象はありますね。

 網野 私もヒステリックな批判を受けましたね。癌検診を専門にやっているドクター、自治体関係者、保健婦。それと泰阜村は長野県ですから、佐久病院からも。

 論理ではなく感情に裏打ちされ、とにかく検診は間違いないんだというような現代医学擁護論があるんです。常識とか古い知識は、認識論的に障害とならざるをえない。検診皇帝論者には、このような理解が欠けているんですね。

 近藤 一度常識になると、それを崩すのはたいへんということですね。

 網野 「田舎の医者が何をばかなことを言っているんだ」ということになるし。

 私が学会などでしゃべると、それを聞こうとする人はいましたが、完全に無視されることが多かった。論理で対応するとこちらが勝つので黙ってしまう。あるいは、感情的多数決で会場の雰囲気を制してしまう。

 本紙 集検の見落としは、いわば日常茶飯事ですよね。それがなんで問題にされてこなかったんでしょうか。

 網野 仕方がないとされているんです。「発見」の背後に「見落とし」があるのは当然ですから。でも、「権威」は見落とし率の大きさを無視して、それを研究してこなかった。その理由と言えば「現代医学に誤りはない」ということです。

 近藤 胃癌検診に関して言えば、本当に胃癌死亡数を減らしたのかを調べずに検診を続けてきたということですね。ぼくが網野さんの立論の仕方と異なるのは、見落とし云々は検診の有効性を前提とした考えなので、それは強調しない。

 網野 そうですね。当時の私の考え方はそうでした。

 近藤 ぼくの考え方からすると、検診で発見されて助かっても、それはもともと死に至らない性質のものだから助かったとなる。そうすると、見落としは問題にならないんですね、概念的には。

 網野 集権をやっている人たちの考え方を変えさせるのに、ある程度同じ土俵で闘う必要がある。そこでは「君たちのやっていることは、こんなに誤りがあるだろう」という、見落としの指摘が一番有効と当時は考えていたから。

 近藤 それは確かにそうでしょうね。網野さんがやってきたことは、日常診療が地についたところで周りを変えてきたということで、それがすごいと思うんです。

 網野 それは置かれた立場の違いですから。私の場合は一つの実験をやったということになるんでしょう。近藤さんは理論的な構築をした。完璧と言えるほどの。もちろん泰阜村が集検をやめたことにも理論的な根拠がありますが。

 近藤 89年に集権をやめて、その後のデータはどうですか。胃癌の死亡数とか。

 網野 実は、死亡数だけで言えば減っているんです。ただ、日本字全体の胃癌死亡数も死亡率も減っていますから。

 近藤 それでも泰阜村では、まだまだ高齢化の途中にあるんじゃないですか。とすれば、むしろ増えてもおかしくない。

 網野 集権をやめる前とやめたあとの5年と5年で比較すると明らかに減っているんです。癌で亡くなる人の数は変化ないんですが、その中で胃癌死は減った。死亡構成比でみると全体の6%から2%へと減少している。ただ統計学的に処理すると有意差はありません。

 近藤 要するに、胃癌集権をやめたあとに胃癌の死亡数は減ったけれど、有意差まではなかった?

 網野 そうです。けれども検診を推進する人たちには、これは明らかに検診の有効性を否定するデータと考えていただきたいんです。検診が有効であっても、そのために胃癌死が減っていたのであれば、検診をやめた場合、胃癌死亡は増えないとおかしい。これは、胃癌死亡の減少は検診によるものではないという根拠になる。
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by lumokurago | 2011-07-09 15:43 | Dr.K関連記事

「司法制度を変えない限り世の中は悪くなる」~藤田裁判で最高裁棄却

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 7月7日最高裁は、元都立板橋高校教諭の藤田勝久さんに上告棄却の判決を言い渡した。東京都は2003年に「日の丸・君が代」を強制する通達を出し、それに危機感をもった藤田さんは2004年の卒業式に来賓として出席、式の開始前に保護者らに君が代斉唱時の着席を呼びかけた。「犯罪」に問われるようなことは一切なかったが、都教委は威力業務妨害として藤田さんを訴えた。確定した罰金は20万円。今回の最高裁判決は、表現の自由を著しく制限するもので、一連の「君が代」判決に続き行政の下請け機関と化した司法の姿をさらけ出した。藤田さんは判決後(写真左)、「司法制度を変えない限り世の中は悪くなる。最高裁を一新すべく闘っていきたい」と力強く語った。(佐々木有美) 渡部通信処分撤回を求めて

 レイバーネットより無断転載 (レイバーネットの記事は記事を特定してリンクできないため)

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 この裁判はまったくひどく、生徒、保護者、同僚の教員らの証言を完全に無視した「でっちあげ」です。こんな事実はなかったのです。彼らの証言は偽証だとでも言うのでしょうか??

 私も地裁や高裁に傍聴に行ったことがありますが、傍聴者をも犯人(テロリスト)扱い、人権無視、ひどいとしかいいようがありませんでした。
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by lumokurago | 2011-07-09 09:35 | その他裁判関係